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57、祈り


 私が公爵と対峙するのと同時に、リオネル様も杖を構えた。リオネル様は螺旋階段の前を陣取っているから、公爵を挟み撃ちにする形になる。


「教会の、娘?」


 ハーバー公爵はこちらの姿を認めて、目を見開いた。私を知っているということはやはり、この人は王子派で、私を人質にブレディを脅そうとしていたに違いない。


 私は杖を握り直した。


「公爵。無駄な抵抗はやめて、杖を捨てて下さい」


 リオネル様が地を這うような声で投降を呼び掛ける。


「ブレディは渡しません」


 動けずにいるブレディを庇うように、私は前に立って公爵を睨む。


「なるほど」


 囲まれても、公爵の余裕は崩れない。穏やかな顔も、落ち着いた声色もそのままに、杖を振り上げる。


「では少し、世間知らずのお嬢さんには痛い目を見てもらった方がいいでしょうか」


 言うが早いか、公爵の魔法が発動する。私に向かって飛んできた水の槍を、咄嗟に光の盾で弾く。星を含む全力でなければ、防ぎきれない威力だった。


 視界の端で、リオネル様も同じように3本の槍をガードしているのが見えた。


 続けて仕込み杖の刃が煌めき、私に襲いかかってくる。咄嗟に飛び退いた。切っ先が空気を切り裂く。巻き起こった風に、髪が揺れる。


 血の気が引き、心臓がきゅっと縮む。


 魔法の威力はもちろん、武術の腕もエリック様に引けを取らないんじゃないかと思うくらい、その刃は迷いなく銀の軌跡を描く。


 顔が強張り、背中を汗が滑り落ちる。


「彼女に、触れるな」


 リオネル様の語気は鋭い。言葉と共に、私へと向かう公爵に素早く火球を投げつける。火球は公爵に触れる寸前、突如生まれた水の壁に阻まれた。


 リオネル様は攻撃を風魔法に切り替える。公爵の周囲にだけ強風が吹き荒れ、私たちと彼の間を隔てる。


「仕方がありませんね」


 公爵の杖が地面をトンと叩く。それを中心に巨大な波紋が地面を駆け、塔全体がぐらりと揺れる。バランスを崩して倒れかけた私を、ブレディが抱き寄せて支えてくれた。


 支えられてはじめて、膝が震えていたことに気が付く。


「ありがとう……」


「……うん」


 間近で目が合う。紫の瞳は、切なげに揺れていた。

 

 リアと呼ばれたらどうしようと思っていたから、彼が何も言わなくてほっとする。


「こんな場所でこれだけの魔法を使うのは、自殺行為ではありませんか」


 リオネル様が杖を振るうと、地面の揺れがぴたりと収まる。しかし塔は小刻みに揺れ、床にはあちこち亀裂が入り、ゴゴゴ、と不気味な音が鳴り響いている。


「さすがに、リオネルがいては勝ち目がありませんからね」


 公爵は穏やかに微笑む。


「あなたがあのまま、ブラッドリー殿下にお仕えしてくれていれば良かったのに」


 リオネル様の表情が険しくなる。それを見てから、公爵はもう一度、杖を突いた。


 瞬間、床の大部分が割れるように崩れた。ふわっとした浮遊感の後、重力を感じる。


 塔が、崩れる――


「リオネル様っ! ブレディ!」


 ほとんど悲鳴のような私の声が響く中でも、リオネル様は冷静だった。杖を振るうと、瓦礫と化した足元の崩落がぴたりと止まる。


 地属性の魔法使いにとっては、切り組まれた石造りの建物を支配下に置くのは造作もないことだろう。だけど、これだけの規模の崩落を阻止するのはさすがに負荷が大きい。肩で荒く息をするリオネル様は、いつも以上に険しい顔で公爵を睨んだ。


 公爵がこの場の維持に手一杯なリオネル様に向けて、杖を振り上げる。


「させないっ!!」


 カッと、衝動的な何かが私を突き動かした。


 水を信じる。エリック様の導きに従い、私も水の槍を生み出した。その大きさも速さも、公爵には到底及ばない。


 けれど水の槍は私の思い通りに正確に飛び、リオネル様を狙う公爵の左の肩口を切り裂いた。


 布を引き裂いて滴る赤に、手が思わず震える。


 自分の手で、自分の意思で。

 私が、傷付けた――


 塔がぐらりと揺れる。衝撃で、赤の光景から解き放たれ、我に返った。


 リオネル様が少しずつ、塔の破片を繋げてバランスを取り戻そうとしている。彼が復帰するまで、私がブレディを守らなきゃいけない。


 深呼吸をして、お腹に力を込める。


「……貴女のことを侮っていたようだ」


 公爵が振り向く。彼が振るった杖から無数の光の矢が生まれ、矢じりがすべて私の方を向く。


 気圧され、一歩後ろに下がる。圧倒的な魔法から、目が離せない。


「公爵……! もう、やめてくれ……」


 私の隣で、ブレディが血を吐くような声で呼び掛けた。公爵は柔らかい表情のまま、首をきっぱりと横に振る。


 矢が順に私に向かって放たれた。


 殺すつもりの、本気の一撃。私の周囲で星が瞬き、雨のような矢を防ぐための盾が組み上げられた。矢が盾に刺さり、音もなく崩れて消えていく。


「教会の娘は殺しても構わないでしょう。人質は、リアーナ王女でも構わないのだから」


 ブレディの顔色がさっと変わる。

 

 視界の端で、濃密な魔力がゆらりと立ち上る気配がした。


「――黙れ」


 威圧するような、低い怒声が響く。塔全体がリオネル様の感情に共鳴するように、大きく軋む。


 リオネル様から吹き出した魔力が渦を巻いていた。魔法にすらなっていない純粋な魔力の塊が公爵を直撃し、床に叩き伏せる。


 ひどい揺れの中でも、私はなんとか立ち続けていた。矢が盾にいくつもいくつも突き刺さり、びしりと鈍い音を立ててヒビが入る。


「うっ……」


 維持をしようと全魔力を注いでも、足りない。ヒビが入るたびに心臓が竦み上がる。リオネル様の魔力が私を守ろうと、矢を次々と打ち砕いていく。


 それでも、間に合わない。


(ここまで、なの……)


 いやだと思っても、盾に入るヒビはついに全面を覆うほどになった。ぱりんと絶望的な音を立てながら、盾が四散する。


 輝く破片と共に、光の矢が私に降り注ぐ。杖を構えたまま、私は息を呑んだ。


「アメリアっ!!」


 名前を呼んだのは、ブレディだった。


 リアではなく、アメリア、と。

 目を見開く。


 私を突き飛ばしたブレディは、見たことないくらい優しい顔をしていて――その背を、無数の矢が貫いた。


「あ……」


 掠れた声が漏れる。


 空気が漏れる音。苦痛に歪む顔。飛び散った赤い液体。燃えるように熱いそれが、私の頬を濡らす。心臓が、嫌な音を立てる。


 すべてが、引き伸ばされたようにゆっくりと感じた。


 永遠のような時間の後、彼の体が力なく倒れる。彼の胸元からロケットペンダントが飛び出す。

 動かないブレディを、赤色が染め上げていく――


「ブレディ……!!」


 ブレディが揺れる塔から落ちないよう、私は彼を抱きしめ、鉄柵になんとか掴まった。


(どう、しよう)


 すぐ側にいるのに、呼吸が荒く、弱くなっていくのがわかるのに、私には何もできない。頭が真っ白だ。ただ、零れゆく命が少しでも留まるようにと、傷口をぎゅっと押さえる。


 塔の破片が、次々と飛来して公爵を襲っていた。

 狙いも何もない石の豪雨だ。傷付いた公爵の手から仕込み杖がこぼれ落ち、塔の揺れで弾かれて下へと落ちていく。


 渦を巻いていた魔力は目を開けていられないほどの光を放ち、公爵に殺到する。光が収まった時、公爵は拘束魔法で雁字搦めにされていた。


 塔がまた、揺れた。


「アメリア! ブレディ!」


 リオネル様がこちらに走ってくる。

 ブレディを抱いたまま、呆然として動けずにいる私の代わりに、杖をかざす。治癒魔法の光がそこに宿り、ブレディを照らした。

 

 苦しげだったブレディの呼吸が、少しずつ落ちついていく。


「……これは」


 けれど、杖の光は弱くなり、消えた。リオネル様は顔を歪め、首を横に振る。


「私では、これ以上は無理だ。……水属性の、エリックを呼んでくる」


 イルゼ様とエリック様がこちらに向かっているはずだけど、今どこにいるにせよ、ブレディに残された時間は少ない。間に合うとは、とても思えない。


 咄嗟に私は、エリック様の命の雨を思い出していた。


「私が」


 ほとんど無意識に、私は呟く。


「私が、やってみます」


 杖を、ゆっくりと構えた。

 今まで治癒魔法が使えたことは一度もない。ついさっき、エリック様と感覚を共有したくらいだ。できる保証なんて、どこにもない。


 でも、私がやらなきゃ、ブレディは助からない。


(お願い)


 水の精霊に祈る。

 人を傷つけた私に、この魔法を使う権利なんかないかもしれない。それでも、私は杖にすべての魔力を籠める。


(私は、ブレディを助けたい!)


 半分だけの星が煌めく。

 私の杖の先に、かすかな治癒の光が生まれた。



 

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― 新着の感想 ―
 物語も大詰めに入ってきましたね。  アメリアとリオネル様のイチャイチャをもう少し愛でていたいですが、物語が終わりに向かっている事に寂しさを感じます。  でも、物語の終わりに彼等の幸せが待っていると信…
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