55、水と星と
離れの中に侵入者がいないことを確認した後、私たちは玄関ホールに戻ってきた。
「さて、まずはみんなを治療しないと。アメリアさん、少し手伝ってもらえますか?」
エリック様が私を手招きした。ホールの床は負傷者で溢れている。
「王宮に治癒術士はいないんですか?」
「いますけど、早く治してあげたいじゃないですか」
エリック様はそう言って笑顔を浮かべた。比較的軽症な騎士や王宮魔法使いが、負傷者を担いでエリック様の近くに連れてきてくれる。
「じゃ、アメリアさん。杖を構えて、魔力を集中してください」
エリック様の指示に従い、私は杖に魔力を集める。こつんと、彼の剣が私の杖先に触れた。
(あ……)
あたたかくて優しい水の気配が漂う。杖と剣を通して、私とエリック様の中を水が巡るような、不思議な感覚。
同じ水属性同士だからだろうか、魔力が自然と溶け合い、ひとつの大きな力に組み上げられていく。
「いきますよ」
エリック様が祈るようにゆっくりと剣を掲げる。
その先端から光輝く水――命が生まれ、周囲に雨のように降り注ぐ。そんな幻を見た。
倒れ伏した人々の傷が瞬く間に癒え、苦しげだった呼吸と表情が和らぐ。
(綺麗……!)
そんな感想がまず出てきた。
「治癒魔法のコツは、優しい心と平穏への祈りです。君ならきっと会得できますよ」
あまり具体的ではないアドバイスだけど、今の私にはその感覚がわかる。エリック様と魔法を使った時の感触は、私の中にはっきりと残されていた。
エリック様は離れに取り残された人を治療してくると言って、この場を後にした。
「リオネル様、引き継がせて頂きます!」
彼と入れ替わるように衛兵の応援が次々と到着し、リオネル様が拘束していた侵入者たちを個別に拘束し、連行していく。
意識のある侵入者は、誰も彼もがリオネル様を憎々しげに睨み付ける。彼は侮蔑の視線を、ただ黙って受け入れていた。
「リオネル様……」
私は彼の隣に立った。傷付いているであろう人に、これくらいしかできないことがもどかしい。
「首尾はどうですか?」
左右に護衛を伴い、煤でドレスが汚れることも厭わず、イルゼ様がゆっくりと歩いてくる。
「騒ぎは鎮圧しました」
リオネル様が報告すると、イルゼ様はゆっくりと頷いた。
「こちらでも、報告は受けています。――彼らはハーバー公爵の手引きで侵入したようです」
リオネル様の表情が険しくなる。公爵ということは、かなりの大物なのだろう。
「向こうは、よほど焦っているようですね」
イルゼ様はそう言って、私に優しい眼差しを向けた。
「アメリアが『星』を受け継いだことに気付いているのでしょう」
「ええ。お互い、悠長にしている時間はありませんね」
ふたりは頷きあって、それからこちらを見た。
「アメリアさんは、あなたに宿る『星』についてどれだけ理解されていますか?」
イルゼ様の質問は、私が魔法を使った時の『星』のことだと、すぐにわかった。
「精霊の加護で、ブレディが私を愛してくれている証だと、学園の先生に言われました」
震える声で、答える。
イルゼ様は胸元のペンダントを外し、手のひらに乗せた。青い魔石の中に、キラキラと星の光が宿っている。
王族である証の、星。
私ははっとした。
「まさか、この星の加護って……」
「ええ。わたくしたち王族が代々受け継ぐ、エヴァレット王国の王位継承者の証、そのものですわ」
イルゼ様が目を閉じると、彼女を取り囲むように眩い輝きが生まれる。その光は私のものと似ているけど、ずっと強く煌めいている。
「これはね、王本人を守るだけでなく、王が心から大切にする存在に譲渡することもできるのです。本来は配偶者に半分だけ受け継がせ、お守り代わりにします」
(ブレディが、そんなに大切なものを私に……)
改めて、彼の想いの深さを知った。リオネル様が立ち位置を変え、私から一歩、距離を取る。
「本当に想う相手であれば、全て譲渡することも可能だ」
そう言うリオネル様の声は固い。
もしも、私がブレディから『星』をすべて受けとれば――
「ブレディから、王位継承権を無くせる?」
言葉にしてから、自分の発言の重みを痛感する。胸が締め上げられるようだった。イルゼ様は私を見つめ、それからゆっくりと肯定する。
「理論上は、そうなりますわ。大切なものですから、一度譲渡したものは取り戻せませんし、王家の血筋ではない者がこの魔石に触れても、星は現れません」
イルゼ様は手にしていた魔石を私に握らせる。途端に神秘的な星の光は消え、ただの青い石と化す。
「さっきリオネル様が言いかけたのは、このことですか?」
「ああ。ブレディを救える可能性があるのは、君だけだ」
私は目を閉じて、一度呼吸を整えた。
自分に、そんな力があるとは到底思えない。
ブレディが想う妹『リア』は私のことではなく、リアーナ王女のことなのだから。
(でも……)
杖をぎゅっと握る。魔石をイルゼ様に返し、私はひとつ深呼吸をする。
(ブレディのためにできることがあるなら、やりたい)
ブレディが私を見ていなくても構わない。私にとっても、リオネル様にとっても、彼は大切な存在だから。
躊躇う理由なんて、ひとつもない。
「やります。どうすればいいかはわからないけど……ブレディと話してみます」
決意を込めてリオネル様を見つめる。
「ああ。頼んだ」
リオネル様が私の肩に手を乗せた。
いつの間にか、こんな距離感が当たり前のようになっている。
「しかし、お兄さまが見つからないことにはどうしようもありませんね……」
イルゼ様が呟く。
「はい……」
ブレディは、どこにいるのだろう。
一度目も、今回も、ブレディは一度も姿を現していない。王都のどこかにいることは間違いない。一度目は手紙、二度目はマフラーが、届いているから。
(どこにいるの)
幼なじみが行きそうなところを思い浮かべようと、目を閉じる。きっと、この場で彼のことを一番わかっているのは、私のはずだから。
目蓋の裏に、星が瞬いた。この星が精霊を通してブレディと繋がっているのなら――
(ブレディの居場所を、教えて)
精霊に祈る。
ダメ元だった。ハミル先生は「精霊は教えてくれなかった」と言っていた。私よりもずっと、ブレディの方が精霊に愛されているはず。精霊が私に味方してくれることはないかもしれない。でも。
(ブレディを助けたいの!)
心の中で叫んだ瞬間、ぱっと星の光が弾けた。白い光の中に、ぼんやりと石造りの建物が浮かぶ。
王都を見下ろす高台。鎖で封じられた見張り塔。私とブレディが子供の頃に遊んでいた、あの場所は――
「旧街壁……」
口に出す。リオネル様とイルゼ様が、弾かれたように私を見た。
「私とブレディの、思い出の場所。そこかもしれません」
根拠なんてない。でも、リオネル様は何も聞かずに頷いてくれた。
「私がアメリアと共に行きます」
「わかりました。わたくしはエリックを待ってから追いかけます」
「はい!」
私とリオネル様は、急いで城を飛び出した。
陽が、少しだけ西に傾き始めていた。




