表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/70

55、水と星と


 離れの中に侵入者がいないことを確認した後、私たちは玄関ホールに戻ってきた。


「さて、まずはみんなを治療しないと。アメリアさん、少し手伝ってもらえますか?」


 エリック様が私を手招きした。ホールの床は負傷者で溢れている。


「王宮に治癒術士はいないんですか?」


「いますけど、早く治してあげたいじゃないですか」


 エリック様はそう言って笑顔を浮かべた。比較的軽症な騎士や王宮魔法使いが、負傷者を担いでエリック様の近くに連れてきてくれる。


「じゃ、アメリアさん。杖を構えて、魔力を集中してください」


 エリック様の指示に従い、私は杖に魔力を集める。こつんと、彼の剣が私の杖先に触れた。


(あ……)


 あたたかくて優しい水の気配が漂う。杖と剣を通して、私とエリック様の中を水が巡るような、不思議な感覚。

 同じ水属性同士だからだろうか、魔力が自然と溶け合い、ひとつの大きな力に組み上げられていく。


「いきますよ」


 エリック様が祈るようにゆっくりと剣を掲げる。

 その先端から光輝く水――命が生まれ、周囲に雨のように降り注ぐ。そんな幻を見た。


 倒れ伏した人々の傷が瞬く間に癒え、苦しげだった呼吸と表情が和らぐ。


(綺麗……!)


 そんな感想がまず出てきた。


「治癒魔法のコツは、優しい心と平穏への祈りです。君ならきっと会得できますよ」


 あまり具体的ではないアドバイスだけど、今の私にはその感覚がわかる。エリック様と魔法を使った時の感触は、私の中にはっきりと残されていた。


 エリック様は離れに取り残された人を治療してくると言って、この場を後にした。


「リオネル様、引き継がせて頂きます!」


 彼と入れ替わるように衛兵の応援が次々と到着し、リオネル様が拘束していた侵入者たちを個別に拘束し、連行していく。


 意識のある侵入者は、誰も彼もがリオネル様を憎々しげに睨み付ける。彼は侮蔑の視線を、ただ黙って受け入れていた。


「リオネル様……」


 私は彼の隣に立った。傷付いているであろう人に、これくらいしかできないことがもどかしい。


「首尾はどうですか?」


 左右に護衛を伴い、煤でドレスが汚れることも厭わず、イルゼ様がゆっくりと歩いてくる。


「騒ぎは鎮圧しました」


 リオネル様が報告すると、イルゼ様はゆっくりと頷いた。


「こちらでも、報告は受けています。――彼らはハーバー公爵の手引きで侵入したようです」


 リオネル様の表情が険しくなる。公爵ということは、かなりの大物なのだろう。


「向こうは、よほど焦っているようですね」


 イルゼ様はそう言って、私に優しい眼差しを向けた。


「アメリアが『星』を受け継いだことに気付いているのでしょう」


「ええ。お互い、悠長にしている時間はありませんね」


 ふたりは頷きあって、それからこちらを見た。


「アメリアさんは、あなたに宿る『星』についてどれだけ理解されていますか?」


 イルゼ様の質問は、私が魔法を使った時の『星』のことだと、すぐにわかった。


「精霊の加護で、ブレディが私を愛してくれている証だと、学園の先生に言われました」


 震える声で、答える。

 イルゼ様は胸元のペンダントを外し、手のひらに乗せた。青い魔石の中に、キラキラと星の光が宿っている。


 王族である証の、星。


 私ははっとした。


「まさか、この星の加護って……」


「ええ。わたくしたち王族が代々受け継ぐ、エヴァレット王国の王位継承者の証、そのものですわ」


 イルゼ様が目を閉じると、彼女を取り囲むように眩い輝きが生まれる。その光は私のものと似ているけど、ずっと強く煌めいている。


「これはね、王本人を守るだけでなく、王が心から大切にする存在に譲渡することもできるのです。本来は配偶者に半分だけ受け継がせ、お守り代わりにします」


(ブレディが、そんなに大切なものを私に……)


 改めて、彼の想いの深さを知った。リオネル様が立ち位置を変え、私から一歩、距離を取る。


「本当に想う相手であれば、全て譲渡することも可能だ」 


 そう言うリオネル様の声は固い。


 もしも、私がブレディから『星』をすべて受けとれば――


「ブレディから、王位継承権を無くせる?」


 言葉にしてから、自分の発言の重みを痛感する。胸が締め上げられるようだった。イルゼ様は私を見つめ、それからゆっくりと肯定する。


「理論上は、そうなりますわ。大切なものですから、一度譲渡したものは取り戻せませんし、王家の血筋ではない者がこの魔石に触れても、星は現れません」


 イルゼ様は手にしていた魔石を私に握らせる。途端に神秘的な星の光は消え、ただの青い石と化す。


「さっきリオネル様が言いかけたのは、このことですか?」


「ああ。ブレディを救える可能性があるのは、君だけだ」


 私は目を閉じて、一度呼吸を整えた。

 自分に、そんな力があるとは到底思えない。

 ブレディが想う妹『リア』は私のことではなく、リアーナ王女のことなのだから。


(でも……)


 杖をぎゅっと握る。魔石をイルゼ様に返し、私はひとつ深呼吸をする。


(ブレディのためにできることがあるなら、やりたい)


 ブレディが私を見ていなくても構わない。私にとっても、リオネル様にとっても、彼は大切な存在だから。

 躊躇う理由なんて、ひとつもない。


「やります。どうすればいいかはわからないけど……ブレディと話してみます」


 決意を込めてリオネル様を見つめる。


「ああ。頼んだ」


 リオネル様が私の肩に手を乗せた。

 いつの間にか、こんな距離感が当たり前のようになっている。


「しかし、お兄さまが見つからないことにはどうしようもありませんね……」


 イルゼ様が呟く。


「はい……」


 ブレディは、どこにいるのだろう。

 一度目も、今回も、ブレディは一度も姿を現していない。王都のどこかにいることは間違いない。一度目は手紙、二度目はマフラーが、届いているから。


(どこにいるの)


 幼なじみが行きそうなところを思い浮かべようと、目を閉じる。きっと、この場で彼のことを一番わかっているのは、私のはずだから。


 目蓋の裏に、星が瞬いた。この星が精霊を通してブレディと繋がっているのなら――


(ブレディの居場所を、教えて)


 精霊に祈る。

 ダメ元だった。ハミル先生は「精霊は教えてくれなかった」と言っていた。私よりもずっと、ブレディの方が精霊に愛されているはず。精霊が私に味方してくれることはないかもしれない。でも。


(ブレディを助けたいの!)


 心の中で叫んだ瞬間、ぱっと星の光が弾けた。白い光の中に、ぼんやりと石造りの建物が浮かぶ。

 王都を見下ろす高台。鎖で封じられた見張り塔。私とブレディが子供の頃に遊んでいた、あの場所は――


「旧街壁……」


 口に出す。リオネル様とイルゼ様が、弾かれたように私を見た。


「私とブレディの、思い出の場所。そこかもしれません」


 根拠なんてない。でも、リオネル様は何も聞かずに頷いてくれた。


「私がアメリアと共に行きます」


「わかりました。わたくしはエリックを待ってから追いかけます」


「はい!」


 私とリオネル様は、急いで城を飛び出した。


 陽が、少しだけ西に傾き始めていた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ