54、共闘
正直言って、私は混乱していた。
リオネル様について廊下を駆け抜けながら、考えを整理する。
ブレディの正体がブラッドリー王子で、このまま王子派が暴れまわっていたら、いつかブレディは『排除』されてしまう――
信じがたいことだけど、語られた言葉が真実だと補強してくれる現実は、いくつもあった。
ブレディが教会に来たのは、今から10年ほど前。イルゼ様の暗殺未遂が起きてすぐのことだったのだろう。
教会に来たばかりのブレディは、とても大人しかったし、自分の身の回りのことを何もできなかった。一方で勉強はできるし、ひとつひとつの所作が美しかった。
当時は特に何も思わなかったけど――王子様であれば、当然のことだ。
そしてそれを隠されていたことも……悲しいけど、わかりたいと思った。みんな、私とブレディを想ってしてくれたことだから。
(リオネル様も)
私はずっと、彼はなんでもそつなくこなせる人間だと思い込んでいた。私の前で弱みを見せなかっただけで、本当は傷付き、悩んだこともたくさんあるはずだ。ブレディの件のように。
貴方のために、私にできること。
今この時点ではきっと、ブレディを救うことに他ならない。
杖を握る手に力が籠る。
王宮内とは思えない喧騒が少しずつ近付き、私たちは王宮の離れにある玄関ホールにたどり着いた。
「これは……」
凄惨な光景に、思わず息を飲む。
広いホールのあちこちに、衛兵や侵入者と思われる人間が倒れている。うめき声、焦げ臭い臭い、天井や壁の破片、そこは、惨状に満ちていた。
まだ無事な騎士や王宮魔法使いが、群がる侵入者たちと交戦していた。
戦闘が続くホールの中央で、銀髪の騎士が流れるような動きで剣を振るっている。
「加勢する」
「エリック様!」
私とリオネル様はほとんど同時に叫んだ。
交戦中のエリック様の背中を狙って剣を振り下ろした男を、リオネル様の風魔法が吹き飛ばす。壁に激突した男は、ずるずると力なく崩れ落ちた。
「リオネル遅いよー」
彼の軽口はスルーし、リオネル様は次の詠唱に入る。そこに斬りかかってきた相手の剣を、エリック様が割り込んで受け止めた。
リオネル様の魔法が発動し、中距離で隙を伺っていた敵を数人まとめて薙ぎ払う。
「近接はお前に任せる」
「言うの今なの、遅くないかな!?」
敵の剣を難なく跳ね上げながら、エリック様が叫ぶ。
エリック様は相手が取り落とした剣を素早く足で押さえ、不安定な姿勢のまま剣の背を相手に叩きつけて気絶させる。
後方にいた敵の魔法使いたちが、炎の玉をいくつも投げつけてきた。狙いは、交戦中の騎士や王宮魔法使いたち。それぞれ目の前の敵に忙しく、遠距離攻撃に対処する余裕はなさそうだ。
(させない!)
私は彼らの前に光の盾を生み出す。
魔法の出力を上げると、周囲で星が煌めいて力を貸してくれる。強度を増した光の盾はびくともせず、ほんの少し熱を伝えたのみで、炎を霧散させた。
それぞれ目の前の敵に対峙していた彼らの顔から、緊張が和らいだ。私も、ひとつ息を吐いた。まだ、立ち止まるわけにはいかないけれど。
「アメリア、無理はしなくていい」
リオネル様は私に視線をやりつつ、先ほど攻撃してきた魔法使いたちを光の魔法で絡め取る。
「はい。大丈夫です」
「ならいい」
そう言い残し、ホールの真ん中、エリック様の隣へと走っていく。
「王子殿下はここにいるんだろう!」
斬りかかってきた侵入者の剣を、エリック様は軽く受け止める。金属がぶつかり合う甲高い音がホールに満ちた。
「それは答えられないよ。……ごめんね」
鍔迫り合いの最中、リオネル様が生み出した氷の剣が敵の足元を正確に狙った。思わず立ち位置をずらそうと姿勢を崩した相手に、エリック様が渾身の一撃を叩き込む。
エリック様は細身の貴公子に見えて、案外力押しな戦い方だ。
「剣を引け。ブラッドリー殿下は、このようなことを望まない」
リオネル様が風魔法を放ちながら叫ぶ。風は一直線に敵に向かい、押し流すけど、それでも侵入者は止まらない。
「お前のような裏切り者に何がわかる!」
(リオネル様……)
その言葉に、私はさっとリオネル様を見た。
きっとそれは、最も言われたくない言葉だろう。
彼の広い背中は、全く動揺を見せない。
リオネル様は相方に一方的に視線を投げてから、次の詠唱に入る。
「人遣い荒いんだからっ」
エリック様は文句を言いつつも、リオネル様を狙う敵をまとめて引き付け始める。魔法の詠唱を阻止しようとする敵はエリック様の剣に盾に阻まれ、リオネル様までたどり着けずにいる。
エリック様の剣が一閃し、リオネル様の近くから敵が散った。
「終わりだ」
リオネル様が杖を振るう。
どこからともなく伸びてきた蔦が残ったすべての侵入者に等しく絡み付き、自由を奪い、宙吊りにする。逃げ出そうともがいても、蔦は容赦なく体を締め上げる。
それが決着になった。
この場にいる、動ける侵入者は全員捕らえられ、私は杖を下ろす。
「何人か、離れの奥に逃がしちゃった。きっと王子を探してる。ここにはいないのにね」
エリック様の報告に、リオネル様は表情を引き締めた。
「リアーナ殿下は?」
「大丈夫。部屋にいるよ」
「わかった。では、敵を追うぞ」
ふたりは走って離れの中へと向かう。私も咄嗟にその後を追った。
中も荒れに荒れていた。廊下に衛兵が倒れており、激しい戦いの跡が壁に、床に、刻まれている。メイドたち、非戦闘員は、開け放たれた部屋の隅で震えていた。
ガシャンと、どこからかガラスが割れるような音が響く。
「上だね」
エリック様が言うが早いか、リオネル様が方向を変えて階段を駆け登った。上階もすっかり荒らされている。
ふたりは、とある部屋の前で足を止めた。鍵付きの部屋のようだけど、扉ごと無惨に破壊されている。
「逃げられたか」
ふたりに続いて部屋の中に入る。他の部屋と趣が違うことは、すぐにわかった。面積が広く、高価そうな調度品が並べられ、テラスへ続く窓ガラスが割られている。
リオネル様はテラスまで歩いていって、そこから下を覗き込んだ。首を横に振ったので、結果が芳しくないことがわかった。
「王子の不在、バレちゃったかな」
「恐らく」
教会から姿を消したブラッドリー王子が、幽閉されているはずの王宮の離れにもいない。
それが知られてしまった今、きっと王子派は王都中をひっくり返してでも『ブレディ』を探すだろう。
(先に、彼らがブレディを見つけてしまったら……)
最悪の想像に、目の前が暗くなる。ふらついた私を、リオネル様が力強く支えてくれた。




