51、雪と贈り物(後編)
「ね、アメリア」
料理もケーキも食べてお腹いっぱいになった後、ロレッタがぽんと私の肩を叩いた。
「はいこれ」
振り向いた私の手に、ロレッタがリボンで巻かれた箱を手渡してくれる。
「誕生日プレゼントよ!」
「わ、ありがとう! 開けてもいい?」
「もちろん、どうぞ~」
ロレッタは満面の笑みだ。リボンを解いて箱を開けると、中にはシルク製のネグリジェが入っていた。
「こ、これは……っ!」
「そうそう。約束のアレよ」
恐る恐る広げてみた。表に白いレース、裏地に薄紫の布が使われている。フリル付きの裾は広めで、丈は膝下くらいはある。とても可愛い。
「リオネル様の家で使ってね?」
ロレッタに耳打ちされ、私の頬に熱が集まる。
「むっ、無理に決まってるでしょ!!」
思わず大声を出してしまった。
決して布面積が少ない訳ではない。けれど、こんな薄着になるなんて無理だ。
(見られたらどうするの……!)
そんなこちらの乙女心を知らず、リオネル様が私の声に気付いて振り向いた。私は素早くネグリジェを畳んで箱の中に仕舞い込む。これを見られたら、きっともうあの家では暮らせない。
幸いにも、リオネル様は何も追及してはこなかった。
「お姉ちゃん、あたしたちからだよ! これどーぞ!」
教会のみんなを代表して、ミーナが可愛らしい小袋を持っている。受け取ると、花の香りが鼻をくすぐった。
「サシェだよー! みんなでお花を集めたんだ」
「ありがとう、ミーナ」
ミーナの頭を撫でながら、私はマリーたちに笑顔を向けた。
「俺からはこれな。猟師がよく使うお守り」
ルパートは手の中に持っていたものを押し付けると、さっと距離を取った。
手の中に残されていたのは、青い魔石がついた小さなストラップだった。ルパートのご家族――優秀な猟師が使っているようなお守りなら、きっとご利益あるだろう。
「ルパート、ありがとう。大事にするね」
「おう。ま、本命はこのあとだろ?」
ルパートがにやっと笑う。全員の視線がリオネル様へと向いた。まるで、示し合わせたかのように。
「アメリア」
「は、はい」
改めて名前を呼ばれて、私は背筋を伸ばしてリオネル様と向き合った。
彼の手に、青い包装紙に包まれた小さな箱がある。
「誕生日、おめでとう」
彼の唇からゆっくりと言葉が紡がれる。まさかリオネル様までプレゼントをくれるなんて思っていなかったから、心臓が止まってしまいそうになる。
箱を受け取った拍子に指先が僅かに触れあって、また全身に緊張が走る。
「ありがとうございます……」
箱の中に入っていたのは、青い花の髪飾りだった。
花の周囲を飾る白い石も可愛らしく、持ち上げると葉の部分が揺れ動いて、しゃらりと綺麗な音を立てた。
(かわいい……)
私は一目で気に入ってしまった。
「つけてもいいですか?」
「もちろん」
リオネル様が頷いたので、私は早速つけさせてもらう。食堂には姿見がないから、自分ではどうかわからないけど――
「アメリア、かわいいー!」
ロレッタが歓声をあげたので、着られている状態ではないようでほっとした。
「似合っている」
リオネル様が聞き逃してしまいそうなほどの小声で呟いた。どきりと、鼓動が大きく跳ねる。冬だというのに、顔が熱くてたまらない。
恥ずかしがる私を、みんなが暖かい目で見守ってくれる。
みんなに祝福されて、私は幸せな誕生日を過ごした――
*
パーティーが終わり、私とリオネル様が馬車に乗り込む頃には、雪がちらついていた。教会の前にうっすらと降り積もり、純白の道を作っている。
18年前、私が教会に捨てられていたのも、こんな雪の日だったと聞いている。
「滑りやすいから気を付けろ」
「はい」
ちょっとした気遣いに心が舞い上がる。私は慎重に歩き、リオネル様と共に馬車に乗り込んだ。
しんしんと雪が降り積もる中を、馬車はゆっくりと進んでいく。
「楽しめたか?」
リオネル様は、穏やかな顔をしていた。
「とても。それに、みんなに会えて嬉しかったです」
ほとんど無意識に、私は彼から貰った髪飾りに触れた。今日のことはきっと、ずっと忘れない。
「なら、よかった」
心からそう思っているとわかる、感情の籠った声だった。
薄く笑みを浮かべるリオネル様は、時々とても残酷だなと思う。
(優しいから、近付きたくなっちゃう)
自覚したばかりの欲が、体の中で叫んでいる。いつかきっと、抑えきれなくなって声に出てしまう日が来てしまう。
リオネル様は、窓の外に舞う雪を眺めている。
(貴方が他の人を見ていても、私はリオネル様のことが……)
――告げたとき、傷付くことになるとわかっていても。
この生活が終わるときに、この気持ちを告げよう。私はこっそり決意した。
馬車が緩やかに止まる。いつの間にか、ティンバー邸にたどり着いていた。
雪の上に降り立った私は、玄関に小さな布袋が置いてあることに気がついた。濡れないようにという配慮なのか、ほとんど扉にくっついているような位置だ。
「確認する」
リオネル様が手で私を制し、布袋に近付いていった。
玄関近くの足跡はリオネル様がいま付けたものしかないから、袋はかなり前からあったのかもしれない。
布袋を持ち上げたリオネル様は、すぐに私のところに戻ってきた。
「君宛てだ」
そう告げて、布袋を手渡してくれた。リオネル様はどこか固い顔をしている。
袋の結び目に、小さな紙が挟まっていた。
『リアへ 誕生日おめでとう』
(ブレディ)
見慣れた筆跡とあだ名に、何かがせり上がってきて喉が詰まる。
袋の中身は、水色のマフラーだった。私はそれを抱き締めて、俯く。
(そんなの……直接言ってよ……)
どうして今になって。こんな形で。声にできない文句が心の中に反響する。
雪が落ちては溶けて、私の髪を濡らしていく。
離れていても、忘れない。
そんなところがブレディらしいとも思ってしまう。一度目と、同じ――
凍りついたように動けずにいた私のすぐ隣、リオネル様が一歩近付いてきた。
「冷えるぞ」
ばさりと、頭上が彼のマントに覆われた。思わず顔を上げると、至近距離で目が合う。
「会えなくても祝いたいと、そう考えてくれたんだと思えばいい」
リオネル様が抑揚のない声で言う。そんなに不満そうな顔をしていただろうか。私はマントの下で小さくなる。
「……はい」
私はマフラーを抱く腕に力を籠めた。
「ありがとう、ブレディ」
この雪の王都のどこかにいる、あなたに届きますように。
そんな祈りと、言葉にならないもやもやを抱えて、私は白が舞う空を見上げた。




