50、雪と贈り物(前編)
学園での授業を終えると、リオネル様が迎えに来る。それからロレッタとルパートと別れて、私は馬車に乗り込む。
というのがここ最近のルーチンだった。
わざわざ放課後の時間を割いてまで、私に付き添ってくれるふたりには感謝しかない。
「ありがとう。じゃあ、また明日ね」
リオネル様が来たので、私は友人たちに手を振って、馬車に乗った。
いつも通り、そのまま真っ直ぐ帰るものだと思っていた私は――
「お邪魔しまーす」
「よろしくお願いします。あ、ルパートもっと詰めてくれる?」
「へーい」
なぜか馬車に乗り込んできたロレッタとルパートに、目を丸くすることになった。
「ちょっとふたりとも?」
一番最後に乗り込んできて、私の隣に座ったリオネル様は何も言わなかった。
そのまま馬車の扉が閉まり、出発してしまう。
「なに? どうなってるの?」
私は正面の席で並んでニヤニヤしている友人たちから、リオネル様へと視線を移す。けれどリオネル様は唇を引き結び、我関せずといった様子で窓の外を眺めている。
「ふっふっふ。それはね、目的地についてからのお楽しみよ」
ロレッタが芝居がかった台詞を放つ。ルパートはうんうんと頷くだけ。誰もこの状況を説明してくれない……。
御者にも折り込み済みなのか、確認することなくいつもの道とは違う方向へと進んでいく。
そのうちに、馬車が進んでいるのがよく知っている道のりだと気付いた。大通りを抜けて、王都の西側へと進路を向ける。
それから少しして、馬車が止まった。
私たち4人が順に降りる。目の前にあるのは、慣れ親しんだ教会だった。
帰るのはもう、10日ぶりになる。
久々の実家がもう懐かしくて、目が潤みそうになった。
「さ、こっちこっち」
ロレッタが私の手を引いて、躊躇うことなく教会の中に入っていく。後ろを振り向くと、ルパートだけじゃなく、リオネル様も着いてきていた。
(ど、どうなってるの?)
彼女に導かれるまま、私は食堂に入った。瞬間、パンパンッと何かが弾ける軽快な音が響く。
「えっ!?」
立ち止まった私の上に、色とりどりの紙吹雪と紙テープが降り注いだ。髪にカラフルな飾りをまとったまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「お姉ちゃん、お誕生日おめでとう!」
ミーナが大きな声で言うのを皮切りに、集まっていた教会なみんなから、次々におめでとう、と声がかかる。
そうだ。
最近色々あってすっかり忘れていたけど――今日は私の18歳の誕生日だった。
「アメリア、おめでとうっ!」
私の一番近くで、ロレッタが笑顔を見せている。ルパートに背中を押されて、私は食堂の真ん中に進み出る。
「アメリア……」
シスター・マリーが、慈愛の微笑みを浮かべて私を待っていた。
「お誕生日おめでとう。いつも、頑張っているみたいですね」
マリーの視線が、入り口のところに立っているリオネル様に向けられている。
ループのこと、一度目の夫のことで悩んでいたのを、マリーは覚えていてくれた。体全体が、あたたかいものに包まれたような心地がした。
「はい……!」
言いながら、目尻に溜まったものを軽く指で掬い取る。
「今日のパーティーはね、お友達が計画してくれたのですよ」
私はぱっと振り返る。ロレッタは笑顔で手を振って、ルパートは赤い顔で目を逸らした。
「ふたりとも、ありがとう……!」
「ほらっ、パーティーなんだから、いっぱい食べて!」
ロレッタが私に空の皿を持たせ、そこに次々と料理を載せてくれた。テーブルの上にはたくさんの料理やケーキが乗っていて、子供たちが楽しそうに取り分けている。
「俺も食べーよっ」
ルパートがお皿から溢れるくらい肉料理ばかりを盛り付けて、ミーナに目を丸くされていた。
「主催なんだからちょっとは遠慮しなさいっ! それに野菜だけ避けるなんて子供過ぎるわ!」
ロレッタがルパートに鋭く指摘して、会場内に笑いが満ちる。
私は、ふとリオネル様のことが気になった。彼はパーティーの喧騒から一歩引いた壁際で、じっと騒ぎの中心を眺めている。
ゆっくりと、リオネル様の隣に移動した。
「リオネル様は、混ざらなくていいんですか? お食事、まだですよね?」
一応聞いてみたら、リオネル様は小さく肩を竦めた。
「それは私の台詞だ。主役が壁の花ではいけないだろう」
「そうですよね……」
同意しつつも、足は動かない。私は華やかな場の中心に立つより、端っこから眺めている方が好きだった。
それに、ここには想う相手がいる。
「ありがとうございます、リオネル様」
「なんの話だ?」
「このパーティーを開いて下さったでしょう?」
リオネル様は首を横に振った。その視線は、会場の中心――ロレッタとルパートに注がれている。
「計画したのはあのふたりだ」
「ふたりにも感謝してますけど、リオネル様が許可してくれなければできなかったでしょう? だから、とても感謝しているんです」
私は頭を下げる。顔を上げた時、リオネル様は微笑んでいた。
「アメリア……」
彼の手が、私へと伸びる。
突然のことに、息を呑む。私の髪に彼の指が触れて――残っていた紙吹雪を、さっと取り除いてくれた。
「ありがとうございます」
「いや、まだだ」
リオネル様はまた髪に触れた。今度は紙吹雪を取るためではなく、慈しむように。優しく撫でてくれる手つきに、胸が高鳴る。
リオネル様は真剣な眼差しで、私を見下ろして――
「あーっ!」
というミーナの声が、食堂に響き渡った。リオネル様はぱっと手を引っ込める。
「黒いお兄ちゃん、ぜんぜん食べてない!」
ミーナの視線は、手ぶらのリオネル様に向けられている。会場の全員が、彼に注目した。
「リオネル様、観念する時が来たみたいですよ」
緊張から解き放たれた私は笑って、思いきってリオネル様の右手を引いた。拒絶されなかったことを口実に、彼を引っ張って会場の真ん中に連れていく。
「さ、リオネル様どうぞ。うちのシェフが作った料理ですから、味には自信ありますよ」
ロレッタがリオネル様に料理が載った皿を押し付ける。
「あ、俺のおすすめはこれです!」
ルパートがそこに更に料理を追加していく。肉ばかりだ。
否が応でもパーティーの中心に巻き込まれることになってしまったリオネル様。その顔にいつもの無表情はなくて、この空気を彼なりに楽しんでいるように、私には見えた。
「あのさ、アメリア」
ルパートが私の制服の裾をちょいちょいと引いた。私はパーティーの中心をそっと抜けて、ルパートと共にまた端っこへ戻る。
「あいつさ、視線ひとつで石化魔法使ってきそうじゃん?」
友人が言っているのはもちろん、今や本日の主役状態になっているリオネル様のことだろう。子供たちがキャッキャと彼のローブの裾に纏わりついていて、それを困ったように見下ろしている。
「石化はちょっと大げさじゃない?」
「いやいやマジで。あのさ、正直最初はアメリアと相性悪いんじゃね? って思った」
ルパートの言葉が予想外で、私は息を呑んだ。
「お前ってさ、どっちかっていうと俺と同じで、考えるより先に突っ走るじゃん。見た目大人しそうなのにさ」
「……うん」
今までのあれこれを考えると、否定はできなかった。
ルパートはにやっと笑う。
「あいつならそういうお前のこと、冷静に追いかけて支えてくれそうじゃん? ……だから、がんばれ」
「……うん、ありがとう」
ルパートらしい応援に、私は熱が集まった頬を隠すように、視線を逸らして頷いた。




