49、冬の面影
※リオネル視点です
アメリアと暮らすことにも、随分と慣れてきた。
彼女は「お仕事、忙しそうですから」と率先して家事を行ってくれるから、正直言ってとても助かっている。
何よりも――一緒に馬車で家に帰るのに、中に入ると彼女が「おかえりなさい。お疲れさまでした」と言ってくれる。優しい声と、笑顔。それに、不思議な安堵感を覚えていた。
この生活に慣れてしまうと、もう元には戻れないのではないか。
そんな懸念さえ生まれ始めていた、とある日のこと。
学園にアメリアを迎えに来た私は、校門のところで見覚えのある生徒2人の姿を見つけた。
「リオネル様!」
金髪をポニーテールにした少女、ロレッタが私の姿を認め、近寄ってきた。隣にいた男子生徒――ルパートも、彼女の後に続く。
ロレッタの表情は固かった。快活なこの少女にしては珍しい。
「少し、お時間いいでしょうか?」
無言で頷くと、ロレッタはほっと息を吐いた。
「3日後に、アメリアの誕生日があるんです。それで、その……」
彼女は言いにくそうにもじもじしている。
なかなか次を言わないロレッタを、ルパートがちらっと見た。
「アメリアの誕生日パーティーをしたいんです。護衛のためにリオネル様にも出席して欲しいんですが、いいですよね?」
ルパートの真っ直ぐな言葉に、ロレッタが目をいっぱいに見開いた。
「ちょっと! もう少し言葉を選んでよ! 相手は王宮魔法使いなのよ!?」
「それで伝わらなかったら意味ないだろ?」
ふたりは目の前でにらみ合いを始める。
「わかった」
私が言うと、ロレッタとルパートはぴたりと言葉を止めて、こちらを見た。
「いいんですか? ありがとうございます!」
「あいつには内緒ですよ! サプライズで驚かせるんですから」
笑顔で語るふたりに、アメリアは良い友人に恵まれたなと思う。エリックにも見習ってもらいたいものだ。
「何か用意するものはあるか?」
軽い気持ちで聞いたそれに、ロレッタの瞳がきらりと輝いた。
「それはもちろん、アレですよ」
ロレッタがぐっと拳を握る。
「リオネル様からのプレゼントですっ!」
*
翌日。
アメリアを学園まで送ってから登城したが、始業時間まではまだ少し時間があった。
執務室の定位置に座り、昨日のロレッタの言葉を反芻する。
プレゼントという言葉は当然知っている。
だが、その単語が指す物は多岐に渡る。以前アメリアに花束を渡したことはあったが、誕生日にそれではいささか味気ない。
アメリアのことを思い浮かべる。
危険に巻き込まれ、取り巻く環境が変わり、幼なじみが行方不明になった彼女の心痛は大きいだろう。その心が少しでも軽くなるように、誕生日くらいは喜ばせてやりたい――
とはいえ、女性に喜ばれるプレゼントなどわからない。本人に欲しいものを聞くのが一番正解だろうが、ロレッタたちに内緒と言われているので、それもできない。
「おはよー。お、リオネル早いね」
扉が開き、エリックがのんびりした足取りで入ってきた。続いてイルゼが入室し、エリックは扉を恭しく閉めた。
彼は礼儀作法や女性の扱いを叩き込まれているであろう、名門ハーバー公爵家の生まれだ。イルゼのために椅子を引く動作なども、ほとんど無意識でやっているだろう。適当なようでいて、ちゃんと女性のエスコートができる男なのだ。
(エリックならば、どうするだろうか)
エリックは私が個人的なことを相談できる相手で、かつ真っ当なアドバイスをくれそうな人物ではある。……相談したら確実に面白がられるだろうとわかっているが、背に腹は変えられない。
「エリック。お前なら婚約者の誕生日に何を贈る?」
私が聞いたら、エリックは一瞬だけ虚を突かれたように目を丸くした。好奇心にまみれた青い瞳がじっと私を見返してくる。
「婚約者じゃなくて、まだ有力候補だけどね。イルゼ様聞きました? リオネルにもかわいいところがあるんですね!」
「ええ、もちろん聞きましたわ。ふふ、どの女性にお贈りになるのでしょうね?」
主従揃ってニヤニヤしている。私は眉をひそめた。
致し方ない状況だったとはいえ、やはりエリックに聞いたのは失敗だったかもしれない。
「僕なら、僕の瞳の色と同じ宝石がついた指輪かな。で、それを彼女の左の薬指に嵌めてあげる」
(独占欲が重すぎる)
反射的にエリックを睨みそうになる。
とはいえ、意見を求めておいて文句をつけることはできないので、口にはしなかった。
「ロマンチックですわね。わたくしなら、瞳の色のドレスでも嬉しいと思います」
イルゼが頬に手を添えてうっとりと呟く。
(アメリアは、ドレスや宝石は喜ばないだろうな)
困り顔を浮かべ、恐縮しながら返してくる未来しか見えない。そもそもアメリアとは恋愛関係ではないし、そうなる予定もない。ついでに、パーティーの主体はあくまでもロレッタとルパートで、私はおまけのようなものだ。友人たちの集まりに水を差すつもりはない。
「まあ。不満そうな顔ですね」
「彼女は、高価な物で喜ぶような人じゃありません」
私が言うと、イルゼはくすっと笑った。先程までのからかいまじりの笑みとは違う。柔らかくてあたたかい。
「それが答えですわよ?」
「何を贈りたいか、何を貰ったら嬉しいか、なんて、当人同士にしかわからないものだよ」
イルゼとエリックに畳み掛けられて、私は口を閉ざした。
アメリアならば、何を貰ったら喜んでくれるだろうか。脳裏に浮かぶのは、花束を贈った時のこと。痛みを堪えるような、寂しげな笑顔だった。
どうして、そんな顔を――
「いいことを考えましたわ」
ぱちん、とイルゼが手を打った。その音で、思考の世界から現実に引き戻される。
「リオネル、今日は仕事を休みなさい。それで贈るのに相応しいプレゼントを探すのです。休日も働いているのだし、たまには休む時間を作らなければいけません」
「しかし……」
「これは王太女命令です。いいですわね?」
イルゼはにっこり笑う。こうなった時のイルゼは絶対に命令を撤回しない。
「イルゼ様さすがです! 僕も着いてったほうがいい?」
「断る」
私は顔をしかめながら立ち上がった。笑顔で手を振るエリックに、感謝しているような憎たらしいような、不思議な気持ちを抱いた。
*
王都は今日も賑やかだ。
私は市場にある店を梯子していた。
結局、贈るものの結論は出ていない。どんな仕事よりも難しい問題だった。
並んだ商品を見ながら、アメリアの姿を思い描く。
柔らかな真珠色の髪に、冬空と同じ色の瞳。彼女の色彩は冬そのものを現しているかのようだ。華やかで美しいものよりも、楚々としているものの方が彼女には向いているだろう。
ふと、覗いていたアクセサリー店に並べられていた髪留めに目を引かれた。銀色の地金に、青い花を模した飾りがついている。乳白色の小さな珠が花の周りに散りばめられていて、決して派手ではないが可愛らしい。そんな髪留めだった。
その雰囲気が、アメリアとよく似ていた。
髪留め以外の選択肢はもうありえない。そんな思いで、手に取った。
「これを貰おう」
男の私が購入したからか、店主が気を利かせてプレゼント用にラッピングまでしてくれた。
商品を受け取って、しっかりと抱える。
(ラッピングされてしまったから、私がつけてやるのは無理だな……いや、何を考えているんだ)
慌てて馬鹿げた考えを打ち消した。エリックの思考に引きずられている。
私とアメリアは私的な関係ではないし、過度に接触すべきではない。すべてが終わったら、彼女は教会へ、元通りの平穏な暮らしへ戻る。そして私やイルゼとの接点はなくなるべきだ。
それに、
(私が想う女性は――)
髪留めを、そっと握る。
彼女はもういない。わかっているのに、時折こうして彼女の面影がちらついてしまう。
深く息を吐いて、気持ちを切り替える。
イルゼの命令は果たした。仕事に戻るべく、私は城への道を早歩きで進み始める。
その日、冬空は雲に覆われていて、青い色はどこにも見つけられなかった。




