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47、幸せになれるように


「リオネル様。ありがとうございます」


 この生活が始まってから、何度目かわからないお礼を口にする。本当に、彼には頭が上がらない。

 

 リオネル様の自宅に保護されてから、数日。


 今、私は制服姿で、杖と鞄を持って馬車に乗っている。体調がすっかり良くなったので、今日から学園に通うことになったのだ。


 馬車で対面しているリオネル様は、窓の外に向けていた視線を私に移動させる。


 王宮魔法使いにわざわざ護衛してもらって登校するなんてとんでもない贅沢だし、忙しいリオネル様を煩わせることに気が引ける思いもある。


 それでも、学園に行けることは嬉しかった。


「仕事だ。礼を言われるようなことじゃない。本音を言えば、家にいて欲しかったが……」


 リオネル様は苦い顔をした。


 ここ数日は私のことで休みを取っていた彼も、本来はお城で仕事がある。イルゼ様の臣下かつ王宮魔法使いでもあるリオネル様は、本来ものすごく多忙な身の上。王子派絡みとはいえ、そう何日も王宮を空けられない。


 私が学園に行くことで、リオネル様も家を空け、仕事ができるということになる。一石二鳥だった。


「魔法防御術のトビアスと精霊学のハミルには事情を話してある。何か困ればふたりに相談していい。学園内では必ず友人と行動してくれ」


「はい」


 私が学園に行くために色々と手回しをしてくれているリオネル様は、やはり優しい人だと思う。それが例え仕事のためだとしても、ロレッタの言うことを突っぱねるという選択肢もあったはずだから。


「帰りも迎えにくるから待っていてくれ。ハミルに付き添うように言ってある。くれぐれも、ひとりで敷地内から出ないように」


「わかりました」


 守ろうとしてくれるリオネル様の姿勢に、胸があたたかくなる。


 私の返答を聞いて、リオネル様は眉を寄せた。


「口うるさいとは思わないのか?」


「思いませんよ。どうしてそう思うんですか?」


 逆に質問したら、リオネル様の眉間の皺が深くなった。


「イルゼによく口うるさい小姑みたいだと言われる」


 ぶすっとしたリオネル様が言い出したことが可笑しすぎて、私は吹き出しそうになるのを懸命に堪えた。






 *






 久々の学園は楽しかった。

 ロレッタとルパートと他愛ない話をして、みんなで授業を受ける。


 空いているルパートの隣の席に、ほんの少しだけ寂しさを覚えた。


(ブレディ……どこにいるんだろう)


 手がかりは、何もない。


 表向きは病欠ということになっているらしく、わいわいと談笑しているクラスメイトのほとんどは、ブレディのことを「はやく良くなるといいね」なんて言っていた。


 ブレディの失踪を知っているロレッタたちは、空いた時間であちこち探してくれているみたいだった。私も参加したいけど、保護されている身では外出もままならないのが歯がゆかった。


 


 放課後は約束通り、ハミル先生の研究室を訪ねた。てっきり研究室の中で迎えを待つのかな、なんて思っていたけど、彼はいつぞやの時と同じく中庭で精霊と戯れることを選んだ。


「やはり……太陽の下は、いいですね……」


 差し込む夕陽を浴びながら地面に転がるハミル先生を見て、私は苦笑した。苔先生なんて呼ばれているのに、意外な発言だ。


「リオネルとの生活は……大変では、ないですか……? あいつは昔から、面倒な男でした……」


 先生の言葉は、予想外のものだった。


「お知り合いなんですか?」


 冷静に考えれば当たり前だった。

数いる教師の中で、あえてリオネル様がハミル先生とトビアス先生を名指しするのだから。


「学園に在籍していた時、トビアスと、僕と、彼は……同級生でした……。それ以来の、付き合いです……」


「お友達なんですね」


 何気なくそう言ったら、すごく嫌な顔をされた。


「あいつは、昔から理屈っぽくて……顔も怖いし、勉強しろとうるさかった……」


(想像できるかもしれない)


 学生時代も今とそう変わらないらしいリオネル様に、思わずくすりと笑みを浮かべてしまう。


 空を見ていたハミル先生が、笑い声を聞いて私に視線を移した。意外そうに眉を上げている。


「面倒なんて、そんなことないですよ。優しいし、すごく頼りになります」


「そう、ですか……」


 彼は少し、なにかを考えこんでいるようだった。


「ふふ、あいつにも……ついに春が来たのですね……」


「え!? 誤解です!!」


 私は食い気味に否定する。

 ハミル先生は少しだけフードを上げて、微笑ましいものを見るような目で見てきた。本当に誤解なのに。


 会話が途切れたタイミングで、先生はまたあの時みたいに精霊との対話モードに入った。

 手持ちぶさたになってしまった私は、精霊の気配を感じつつ、なんとなく空を見上げる。


 青から紫、オレンジ、赤と移り変わっていく色彩。紫はブレディの瞳を連想させ、いつもこのくらいの時間にふたりで帰り道を歩いていたなと思い出す。


 ほんの数日前のことのはずなのに、平穏な日常はひどく遠い。


「ブレディさんのこと……考えていましたか……? 急に、いなくなってしまいましたから……」


 寝転んだままの姿勢で、ハミル先生は私に向かって話しかけてきた。

 笑顔は引っ込み、真剣な表情に変わっている。


「先生は、ブレディが欠席している理由を知ってるんですね」


「ええ、まあ……教師ですから……」


 本当のことを、マリーから聞いているのかもしれない。


「ブレディ、どこにいるんだろうって思ってました」


「精霊たちに、聞ければ……良かったんですけど……」


 先生は夜側の空を見上げた。


 日の光はまだ十分に明るい。星はそこにあるのに、まだ姿を現していない。


「そんなことができるんですか?」


「できませんでした……。何かのヒントになれば、と思って……聞いてはみたのですが……」


 語るハミル先生の顔は、どこか悲しげに見えた。


「ブレディさんの方が、僕よりも……精霊に愛されていますから……。精霊たちは、彼が隠したがっていることを……教えてくれません……」


 先生の言葉に、私ははっとした。以前、彼が言っていたことを思い出す。


「先生が言っていた愛し子って、ブレディのこと……?」


 それなら、納得がいく。

 平民のブレディが魔法に長けている理由は、精霊から特別に想われた『愛し子』だから。


「…………………………そう、です……」


 先生は長考の末に、小さく呟いた。


「言うつもりは……なかったのに、バレて……しまいましたね……」


「はい、気付きました。ブレディは、すごく私を大事にしてくれているってことも」


 ハミル先生が語った、愛し子は私を特別に愛しているという話。愛し子がブレディならすとんと納得ができる。


 先生はフードで顔を隠すのは諦めたのか、私から背を向けるように寝返りを打った。


「人前で……よく堂々と言えますね……」


(先生がちょっと、いやかなり恥ずかしがり屋なだけな気がします)


 私は心の中だけで突っ込みを入れた。


「ブレディは幼なじみで、家族ですから」


 ハミル先生は顔だけをこちらに向けた。凪いだ表情だった。


「精霊たちに愛されている分、彼は……背負うものも大きい……。それがわかるから……応援したいと、思っています……」


 不思議な言い方だと思った。まるで、先生が個人的にブレディを応援してみる、みたいな――


 私が考えている間に、ハミル先生は緩慢な動きで立ち上がった。


「ほら、お迎えが……来たみたいですよ……」


 ハミル先生が杖で示した先、リオネル様が早足で歩いてくるのが見えた。


「リオネル様!」


 私は彼に向かって歩み寄る。


「僕はね。ブレディさんが……幸せになれるように、応援していますよ……ずっと」


 ハミル先生の声が聞こえて、私は振り向いた。

けれど、先生は微笑むばかりで、もう一度言葉を発しようとはしなかった。



 

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