46、貴方がいない日
いつの間にか、私はうとうとしていたらしい。
控えめに響くノックの音で、目が覚めた。
「はい」
リオネル様だろうか。まだ重い身を起こし、わずかな緊張と共に返事をする。
「アメリアっ!」
扉を弾き飛ばすような勢いで入ってきたのは予想外の人で、私は目を見開いた。
その人は私のベッドに大股で近付いてきた。私が口を開く前に、強く抱きしめられる。ぎゅうっと容赦のない抱擁が、苦しくも嬉しい。
「もう! 心配したんだからっ」
「ロレッタ……」
胸に込み上げるものがあった。私にしがみついて離れないロレッタの背中を、ぽんぽんと優しく叩く。
「よお、生きてるか?」
扉の近くに、赤髪の少年が立っている。その両手は布袋で埋まっていた。
「ルパート。うん、もう大丈夫」
ふたりの姿に、私は大きく息をついた。
実際には数日ぶりだけど、ずいぶん久しぶりに会ったような気がする。
「二人とも、どうしてここに?」
「リオネルがさ、わざわざ学園に部下をやって俺たちに伝えてくれたんだよ。アメリアをうちで預かってるから、会いに来てくれって」
ルパートの話に、心臓がどきりと跳ねた。
「そう、なんだ……」
わざわざ友人に声をかけてくれた。その気遣いに心があたたかくなる。
「嬉しそうじゃん」
ルパートがニヤニヤしている。顔に出ていたのかな。恥ずかしすぎる。
「なんで。なんで、アメリアが狙われるの?」
鼻声のロレッタが私の形を確かめるように背中に手を這わせる。くすぐったくて、私は身動ぎした。
「それ、リオネル様から聞いたの?」
「ついさっきな。まー、聞き出すまでにかなり時間かかったけど」
ルパートの顔に疲労が滲んでいる。
「聞き出せたことにびっくりだよ……」
リオネル様は他の人間を巻き込むことを良しとしないはずだ。だから、あえて二人に話すことはないと思っていた。
「それはロレッタがさー」
そうルパートが口にしかけた瞬間、ロレッタは私をぱっと離して彼の方を振り向いた。
「ちょっと! それは言わなくていいの!」
「え、聞きたい。教えて」
私がお願いすると、ロレッタはまた私に体を向けた。
「……ぜったい、笑わないでよ?」
恥ずかしそうにもじもじしているロレッタの言葉に、私は真剣な顔で頷いた。
「ここに来たらね、リオネル様が『アメリアは事情があってしばらく学園には通えない』なんて言い出したの。理由を教えてって聞いたのに、言えないの一点張りだったから、私……」
そこまで言ってから、ロレッタの目線が泳ぐ。
「まさか監禁ですか? って聞いちゃったの」
「え?」
私は目が点になった。
「ぶっ!」
ルパートは吹き出した。
「監禁! 監禁ってなんだよ、何回聞いてもその発想が面白すぎて笑うしかねえ」
ケラケラと楽しそうにしているルパートに、目をつり上げたロレッタが足音を響かせながら詰めよった。
「笑わないでって言ったでしょ!!」
「俺、承諾してないし」
ルパートは笑い続けている。ロレッタはぷるぷると体を震わせた。
「だ、だってよくあるでしょ? 権力のある男が、嫉妬とか保護欲で好きな女の子を監禁しちゃうシチュエーション」
「そうなの?」
「普通ねーよ」
私とルパートのリアクションは一致しなかった。
「そもそも、私とリオネル様はそんな関係性じゃないんだってば」
訂正したけど、ため息をつくロレッタも肩をすくめているルパートも、多分聞いていなかった。
「そのロレッタの発言で、リオネルめちゃくちゃ機嫌悪そうになってさー」
仕事でやっていることを監禁扱いされたら、気分を害するのは当たり前だと思う……。
「結局、アメリアを学園に行かせてくれるってことになった」
ルパートの発言に、私は最初、耳を疑った。
「行っても、いいの?」
「うん。監禁がよっぽど嫌だったのかしら。リオネル様はね、そのために私たちに事情を教えてくれたのよ」
ロレッタがルパートが持っていた布袋を引ったくって、こちらに向かってくる。
「アメリアは悪いやつに狙われているから、守らなきゃいけない。登下校はリオネル様の付き添いで、学園の中では私たちとずっと行動を共にするって条件なら、いいって」
はい、とロレッタが布袋を渡してくれる。
開けると、中には教会におきっぱなしだったはずの私の着替えや小物が入っていた。
「これ……」
「リオネル様に頼まれて、取りにいってきたの。ま、私は彼シャツもいいと思うけど!」
ロレッタがウインクする。
みんなの優しさに、視界が歪んだ。今にも流れ落ちてしまいそうなくらい、目が潤んでいる。
「ありがとう……」
「うぇっ!? や、やめろよそういうの……大したことじゃないだろ……」
ルパートがぷいっとそっぽを向く。
「あらあら~女の涙に弱いピュア男くんかな?」
ロレッタがルパートの顔を覗き込もうとしたので、また彼は違う方向に顔を向けた。それを再度ロレッタが回り込んで追いかける。
さっきまで怒っていたロレッタは、すっかりいつもの調子に戻っていた。
(ふたりとも、楽しそう)
学園で過ごしている時みたいに賑やかで、明るい。
――ここにいない、ただ一人を除いて。
みんな同じ気持ちだったのか、不意に部屋の中がしんとした。息をするのも憚られるような空気で満ちる。
嫌な予感が急速に膨れあがる。
私は深呼吸をひとつして、お腹に力をいれた。覚悟を、決める。
「ブレディは、来てないの?」
努めて明るく言ったつもりだった。
けれど、ロレッタもルパートも暗い顔で、お互い無言で目配せするだけ。
そのふたりの様子で、私は気付いてしまった。
二度目の人生になってからずっと恐れていたことが、ついに起こってしまったと。
「……あのね、落ち着いて聞いてね」
ロレッタが震えた声で前置きを口にする。
「ブレディは、学園に来てないの。……教会にも、帰ってきてないって」
しんと、部屋に静寂が満ちる。
ブレディは、またいなくなってしまった。
私が彼のことを知る前に。
自分がブレディのことを何も知らないのだと、私はまた痛感する。
「そう、なんだ」
私はただぽつりと呟いて、視線を落とした。頬の内側を噛んで、震えそうになる声を抑える。
知っていたと、ふたりには言えなかった。実際にブレディがいなくなったと聞くと、胸がぎゅっと捕まれたように苦しくなる。
(ブレディ……)
私は、幼なじみの名前を、声にならない声で呟いた。




