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45、私の願うこと


「君に、話しておかなければならないことがある」


 食事を片付けた後、リオネル様はまた私の部屋に戻ってきて、真剣な顔でそう告げた。


 ベッドの上で起き上がっていた私は、ぴんと背筋を正した。部屋の中の空気が張りつめる。


「君は、何者かに狙われている」


 リオネル様の口から放たれた言葉は、単刀直入に事実を示している。

 ショックは、受けなかった。


「……はい。わかっています。以前から、私個人が狙われていたんですよね?」


 おもむろに私が告げた答えに、リオネル様は目を瞪った。


「知っていたのか」


「……はい。気付いてしまいました」


 今までの出来事を思い返す。


「追いかけてきた男たちが、私を人質だと言いました。それから、学園でイルゼ様を襲おうとした生徒たちも……」


「待て」


 リオネル様が、私の言葉を遮った。その顔は強張っている。


「その先は言わなくていい。君は『何も知らない、巻き込まれただけの被害者』だからだ」


 リオネル様はゆっくりと言った。まるで、私に言い聞かせるみたいだと思った。部屋の空気が張りつめる。


(巻き込まれただけの被害者――ここが今の線引き、かな)


 私を人質にしたがっているのは王子派の人間だ。誰に対する人質なのかはわからないけど、この件を深く知ろうとすれば、私は王位争いに関わることになる。


 そうなったらきっともう、引き返せない。


 リオネル様は伝えないことで、一般人の私を守ろうとしてくれている。それが、胸にちくりとした痛みをもたらした。


 決して巻き込んではくれないのだ。


 私は彼の意図を汲んで、静かに頷く。


「この問題が解決するまで、君の身柄は私が預かる。シスターも承知だ」


「教会には、しばらく戻れないということですね」


 自分で言ったくせに、寂しいと思った。教会のみんなの顔が、浮かんでは消える。


「ああ。以前から教会を部下に見張らせていたが、結局君を守ることはできなかった。……巻き込んで、すまなかった」


 その言葉に、私は教会の近くにいたリオネル様の部下たちを思い出す。あの人たちが私を知っていたのは、私が護衛対象だったからなのだと、ようやくわかった。


「謝らないでください」


 私は首を横に振って、リオネル様を見つめた。


「謝らなきゃいけないのも、お礼をいわなきゃいけないのも、私です。迷惑をかけてごめんなさい。助けてくれて、ありがとうございます」


「……構わない。君を守れてよかった」


 黒い双眸と、少しの間、視線が交わった。

 リオネル様は柔らかい表情を浮かべる。その言葉に、勘違いしてしまいそうだった。


「怖くはないか?」


 そう問われて、私はきょとんとしてしまう。それから自分の内面を振り返って、怖いなんて、少しも思っていないことに気付いた。


「あの夜は怖かったですけど、今は大丈夫です」


 普通の女の子だったら、怯えて震えている場面かもしれない。でも、好きな人が、私の隣にいてくれる。そう思ったら、不安や恐怖なんて消えてなくなってしまった。


 私は微笑む。


「あなたが守ってくれるから」


 気持ちは秘密。でも、これくらいの言及は許されるだろう。


 それっきり、気まずいような、恥ずかしいような、形容しにくい空気が漂って会話が途切れた。

 聞こえるのは暖炉の薪が立てるパチパチという音だけ。


(リオネル様)


 沈黙の中で、私は目の前にいる想い人の名前を呟く。


 あの夜に守ってくれたこと。

 この家に連れてきて、熱を出した私を甲斐甲斐しいと言ってもいいくらい世話してくれていること。


 その行動の理由なんて、わかりきっている。


(――仕事だから)


 リオネル様やイルゼ様の敵である、王子派が私を狙っているから。ただの町娘である私を巻き込んだと、そう責任を感じているから。


 だから伝えない。巻き込まない。優しくして手元に置くだけで、事件が終われば手を離せるようにしている。一方的に守るだけ。


 恋ではなかった一度目の結婚生活と、なにも変わらない――


「……っ」


 私は唇を噛んで、心の痛みを飲み込む。

 わかりきっていると言いながら、傷付いている自分がひどく滑稽だった。


 一度目と同じように、与えられる優しさを黙って享受すれば楽なのに、二度目の私にはそれができない。


 同情や責任感じゃ、ちっとも足りない。満たされない。


 サイドテーブルに置かれた花瓶に視線をやった。

 白い野花が慎ましく咲いている。私のために、用意された花。


 そっと目を伏せた。


 白く穢れない花を見て、私は自分の綺麗じゃない心に気が付いてしまう。


 君に似合うと、そう言った彼の心が同情や責任感じゃなくて、本心であって欲しいと願っていたのだ。


 貴方の、心からの『特別』が欲しい。

 貴方に、好きだと思われたい。

 少しでもいい。

 貴方を、助けられる私でありたい。

 貴方が、ただ守らなくても大丈夫な存在になりたい。


 そんな自分の欲望に、気付いてしまった。


「少し、疲れてしまったので休ませて下さい」


 一方的に言って、私はベッドに横になった。

 本当でもあり、嘘でもあった。


「わかった。何かあれば呼んでくれ」


 リオネル様はそう言い残して、立ち上がった。

 すぐに出ていくかと思ったけれど、リオネル様はそのまま足を止め、立ち尽くしている。


 何か、あるのだろうか。

 心当たりがない。


「あの?」


 私がおずおずと声をかけると、リオネル様ははっとしたように私から視線を外す。


「……また来る」


 彼の声は、揺れている。

 その瞳が、その声が、どこか寂しそうに感じられた。


 リオネル様は何かを振り払うようにぱっと背を向けて、部屋を出ていった。




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