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44、花束に込められたもの


  次に目が覚めた時、すっかり夜が明けていた。


 夜中に一度目覚めて、リオネル様と話したような記憶がある……けど、熱でぼんやりしていたためか内容ははっきり覚えていない。思い出そうとすると、頭がずきんと痛んだので、早々にあきらめた。


 暖炉の炎は熾火になっている。リオネル様は夜中まで部屋にいてくれたのかもしれない。


 まだ体が重だるいとはいえ、起き上がってももう目眩はしなかった。ベッドから抜け出してカーテンを開き、眩しい朝日に目を細める。


 空気を大きく吸い込んだ。


(また、ここに帰ってこられた)


 ティンバー邸の、慣れ親しんだ部屋。窓からの景色も、備え付けの家具も、すべてが懐かしい。


 私は一度目のように朝の身支度をしようとして、違和感に気付いた。


(ん!?)


 私の服が、ひどい有り様だったであろう制服から、男物の寝間着に変わっている。


 リオネル様は独り暮らしだ。先祖代々受け継いだという邸に住んでいるのに、使用人などはいない。


 つまり、この寝間着はリオネル様のものだろう。


 大きすぎる丈の寝間着に、改めて彼が男性なのだと意識する。守られている感じがして安心するのに、ほんのり漂う彼の香りに、やけにドキドキする。


 私は心中穏やかじゃないまま顔を洗って、静かに部屋を抜け出した。


 ティンバー邸の造りはよく知っている。石造りの2階建て。私が今いた客間などは1階にある。


 リオネル様を探して廊下をゆっくり歩いていたら、ちょうど中庭に続くテラスの横を通りかかった。

 硝子の向こうの中庭は、冬だというのに豊かな緑を湛えている。端の方には花も植わっているようだ。


 忙しい中でも毎日リオネル様が世話をしていることを、一度目にここで暮らしていた私はよく知っていた。


 この前見た、完璧に整えられた王宮の庭とは比べものにならないささやかな庭。けれど私は、こちらの方が親しみやすく、好きだと思う。


「アメリア?」


 声をかけられて、振り向く。いつの間にか、そこにリオネル様が立っていた。


 私は無意識のうちに、服の裾を引っ張った。


「おはよう」


「おはようございます。昨日はありがとうございました」


 お礼を言うと、リオネル様は無言で近付いてきて私の顔を覗き込んだ。


「まだ顔色が良くないな」


「昨日より、調子はいいですよ……」


 距離が近すぎて、現在進行形で倒れそうだけれど。


「本調子でないのなら休んでくれ。歩けないなら運ぼうか」


 リオネル様がまた一歩近付く。


「あああ歩けますっ!」


 私を抱き上げようとする腕から紙一重で逃れて、そう大声で主張した。

 あの雨の夜は甘えてしまったけれど、あれは緊急事態だったから。普段からあんなことをできる訳がない。


 結局、リオネル様は歩けると主張する私に付き添って、部屋まで一緒に歩いてくれた。


「服のことだが」


 リオネル様が咳払いをして、口を開く。


「シスターに手伝いを頼んだ。私がするわけにはいかないだろう。一緒に着替えを持ってきてもらえば良かったが、失念していた。すまない」


「……そうでしたか」


 真面目な声音に、胸の奥が少し温かくなる。わざわざ弁明する必要なんてないのに。この人はそういうところで誠実だと思う。


 そんな会話をしつつ、私たちは部屋へと戻った。


 家の中を歩いただけなのに軽く息が上がって、随分と疲労していた。

 ベッドに腰掛けた私は、呼吸を整える。


「丸一日眠っていたんだ。まだ無理に動かない方がいい」


「え……!?」


 意識が朦朧として全く記憶にないけれど、私はそんなに長く眠っていたのか。


「すみません、ご迷惑をおかけして!」


「そもそも、巻き込んだのはこちらだ。……君にも、きちんと話をしておかなければいけないな」


 リオネル様が厳しい眼差しを向ける。

 真剣な話の気配に、私は背筋を伸ばして彼を見つめ返した。


 リオネル様が口を開く。


 それと同時に、私のお腹が盛大に鳴った。


(空気読んで!!)


 慌ててお腹を押さえたけど、もう遅い。

 リオネル様は真っ赤になる私を見て、小さく笑った。


「……まずは朝食にしよう。食べられそうか?」


「はい……」


 恥ずかしすぎてリオネル様の顔を直視できない。私は俯く。


「用意してくる。少し待っていてくれ」


 そう言って、リオネル様が立ち上がる。


「私も手伝います」


 後に続こうとしたら、大きな手でやんわりと制止される。


 そのまま、彼の手が私の頭を撫でた。大事にされていると、錯覚してしまいそうな優しい手だった。


「病人にそんなことはさせられない」


「リオネル様……」


 とびきり優しい声でそう言われたら、引き下がる他なかった。






 *






 リオネル様が用意してくれた朝食は、パンとポタージュだった。食べやすいものを用意してくれたのかもしれない。


 トレイの隅に白い花束が乗せられているのを見て、私は目を見開いた。


「これ……」


 どきりと、一際大きく鼓動が響いた。


 薄青のリボンで結ばれた花束を手に取る。白く小さな野花は決して華美ではないけれど、清楚で可愛らしい。


 脳裏を過るのは、一度目の入院生活。マリーが持ってきてくれていた、あの花瓶に生けられていた花たち。


 あれは――リオネル様がくれたものだった?


「どうして?」


 花束に顔を埋めるようにしながら、私はリオネル様を見上げた。


 今のリオネル様に確認したって仕方ない。一度目のことはもう確認しようがない。そう思うのに、聞かずにはいられなかった。


「君に似合う。それに、少しでも元気が出ればいいとも思った」


 リオネル様は相変わらずの仏頂面だけど、その声色はとても優しい。


 私のために贈られたあの花束は、一度目の私の心を支えてくれた。挫けそうな時も、孤独な時も、いつも貴方と花束を見て、私は辛い日々を生き抜いた。


 ――貴方はあの時も、今も、私を大切に思ってくれている。


 それを知って、小さな花束を胸に抱えた。目から溢れてしまいそうな気持ちを瞬きで誤魔化して、にこりと笑ってみせる。


「ありがとう、ございます」


「……ああ」


 素っ気ない返事と共に、軽く視線を逸らされる。


「君が喜んでくれたのなら、良かった」


「はい!」


 だから私も、精一杯の気持ちを返す。


 一度目の貴方にも、この気持ちが届けば良かったのに。


「ご飯も、いただきますね」


 ポタージュは薄味で、まだ本調子とはいかない体にはちょうどよかった。


 


 貴方の優しさに、また私は貴方を好きになる。



 

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