40、幻想の終わり
ブレディ視点になります
俺は学園で過ごす、なんてことのないひとときが好きだった。
「で、ルパートはまーた赤点取ったんだってね」
「うっせ。魔法生物学は9割いけてるし」
今日も今日とて、ルパートとロレッタは騒がしい。
リアと、ルパートと、ロレッタと、俺。
昼食はこの4人で取ることが多い。というか、ほとんど毎日そうだ。
入学当初はリアさえいればいいと思っていたけど――友達がいるというのは、案外楽しいものだった。
「ルパートっていつも魔法生物学は点数いいよね? 私はすごく苦手だから羨ましい」
「アメリア、羨ましがっちゃダメなとこよ。だってルパートの両親は猟師なんだから」
ロレッタがぴしゃりと言い放ち、ルパートはそっぽを向く。
ルパートは魔法生物を狩って素材を集める猟師で、それをロレッタの家、ランドール商会に卸している。
だからこのふたりは幼なじみ同士だった。俺とリアみたいに。
「そうそう。親の跡継ぐつもりだし、魔法生物学だけできればオッケーなんだよ」
「なんて余裕ぶってて、単位足りなくて卒業できなかったりしたらどうする?」
俺がにこやかに指摘すると、ルパートがびしりと固まった。
「図星? ルパート大丈夫なの?」
リアが眉を寄せている。
「えっ、あー……」
ルパートの目線が泳ぐ。最終的にそれは、縋るような目になって俺へと向けられた。
「ブレディさ……今度勉強教えて」
「ぶっ!」
ロレッタが大笑いしている。隣のリアは口許こそ隠しているが、肩が小刻みに震えていた。
「いいよ。代わりに対価をもらうけど」
俺はにやっとして、開いた掌を上にしてルパートに向けた。
「うえっ!? お、お友達価格、あるよな!?」
ルパートは制服のポケットをごそごそと漁り、その中から取り出したものを俺の掌に乗せた。
紐で口を閉じられた、小さな布袋。開けると飴が10個ほど入っていた。
冗談のつもりだったのに。友人の気持ちに、心が揺れ動く。
「……わかった。じゃあ、今度時間作るよ」
「助かる。やっぱ持つべきものは友だな!」
調子のいいルパートの笑顔に、俺も笑みを返す。飴はまたいつか頂こうと思って、袋の口を閉じて、ポケットにしまった。
「あ、いいなー。私も勉強教えて欲しい。何なら対価になる?」
「私もっ! 精霊学がどうしても苦手で。対価はうちの商品でもいい?」
リアとロレッタがずいっと身を乗り出してくる。
「別にいらないよ。みんなで勉強しようか」
「俺の時と対応違いすぎねーか!?」
ルパートがばんっと机を叩く。
「ルパートは魔法生物学以外の全部を教えてもらわなきゃいけないんだから、手がかかるでしょ」
「ぐっ……」
ロレッタの痛烈な指摘にルパートが机に突っ伏して押し黙ったので、リアが今度こそ笑顔になった。
リアが、楽しそうに過ごしている。
その光景を、胸に刻み込んだ。
こんな時間が、いつまでも続けばいいと思った。
願いは儚くて、それでいてこんなにも眩しい。
*
帰り道でロレッタと別れてから、俺とリアはまた旧街壁に登っていた。俺が寄りたいと言って、リアを付き合わせたのだ。
「ここ、好きだね」
リアがパラペットの凹んだ部分に腰を下ろす。昔は街の防衛に使われていたであろうそれは、ちょうど今の彼女が座るのにぴったりな高さをしていた。
前に来たのは少しぎくしゃくしてしまった時だったっけ、と思い出す。
「思い出の場所だからね」
少しの間、お互いに何も言わずに城を眺めていた。
季節はいつの間にか秋から冬へと移り変わっている。薄青の空は高く広がり、もう少しすれば真っ白な雪がちらつくようになるのだろう。
「ブレディは、将来何になるか考えてる?」
リアから飛んできた質問が予想外で、俺は返答に詰まった。
「今日さ、ルパートは親の跡を継ぐって言ってたじゃない。ロレッタも商人になるだろうし」
リアは城を眺めながら、どこか遠い目をしていた。雪と同じ色の髪が風になびく。不思議なことに、今日の彼女は大人の女性の雰囲気を纏っている。
「私は、どうしようか悩んでる。今までは何したいとか、選べる状況じゃなかったから」
その言葉に、引っ掛かりを覚えた。
(選べる状況じゃない、ってどういうことだ……?)
まるで、自由がなかったかのような言い方だった。
けれどリアがそこに触れることはなかった。答えを求めるように、青い瞳は静かに俺だけを映している。
「警護の仕事じゃなかったの?」
からかってみたら、リアの顔がわかりやすく赤くなった。
「そ、そのことは忘れて」
「わかった」
ひとしきり妹分の反応を楽しんでから、俺は考える。自分が何をしたいのかを。
空を見て、町を見て、城を見た。
俺は最後にリアを見て、答えを知った。
「何も」
「え?」
「何もしたいことがない。リアと一緒。選べる状況じゃなかったから、考えたこともなかった」
「ブレディ……」
リアが向けた瞳は俺を貫いて、ここじゃない――遠くにいる別の誰かを映している。そんな気がした。
「じゃあさ、一緒に探そうよ」
リアの発言の意図が掴めなくて、返答が一瞬遅れる。
「一緒の進路ってこと?」
「違うよ。お互いに似合いそうな職業を考えてみるとか、そういうこと」
「なるほど。リアは警護、向いてると思うよ」
「もう! それは忘れてってば!」
彼女の膨れっ面に、俺は表情を緩めた。
あれこれとお互いに職業を提案しながら、俺たちは高台をゆっくりと降りていく。
リアと語る将来の展望は夢に溢れていて、俺にもそんな未来が来るのではないかと――期待してしまうほどだった。
「ブレディの成績なら何でも選べそうだよね」
リアはどこか誇らしげだ。
平和な会話の最中、ふと意識が薄暗い路地に吸い寄せられた。
(あれは……)
彼女は多分、気付いていない。
数人の男たちがこちらを見ていた。最初は気のせいかと思った。けれど、俺が目を向けるとふいと視線を外す。俺がリアと話を始めて彼女を見れば、またこちらの様子を伺い始める。
(俺を……いや、リアを見ている?)
良くない予感がした。
「リア、あそこの本屋に寄ってもいい?」
「もちろん」
リアを促し、たまたま目に入ってきた本屋に入る。中に入って扉を閉めてしまえば、男たちの視線は遮られる。あとは適当に理由をつけて、裏口から出してもらえればいい。
「ブレディは本当に勉強熱心だよね」
「え?」
のんびりとしたリアの声で我に返る。
「難しそうな魔道書ばっかり」
彼女は本棚をしげしげと眺めている。適当に入っただけだったのだが、リアの言う通り魔道書ばかりを扱っている本屋らしく、分厚く魔力を感じる本がところ狭しと並べられていた。
すぐに出て『何かがあった』と悟らせるのも嫌なので、彼女と一緒に適当に見て回ることにした。
店内を半周ほどまわる。気が急いて、ずらりと陳列された本のタイトルなんか、少しも読んでいなかった。
「リア、そろそろ」
声をかけた瞬間、リアがはっと息を呑む。
「こんにちは……リオネル様」
彼女の唇からその名がこぼれた瞬間、今度は俺が息を呑む番になった。ぞくりと悪寒が走る。
振り向くと、そこには黒色に身を包んだ魔法使いの姿がある。リアの挨拶に応えた男は、強い眼差しを向けてきた。
俺へと、真っ直ぐに。
いつも通りといえば、いつも通りなのかもしれない。なにせ相手は氷剣の魔法使いと噂される男なのだから。
だがその瞳は、俺の虚像を暴き、責めている。そう感じた。
思わず制服の裾を握る。ポケットに入れっぱなしだった飴の固い感触がした。
「……もう、出よう」
魔法使いから逃げるように、俺は戸惑う彼女の手を引いて外に飛び出した。
あの本屋に入った理由なんか、すっかり頭から抜けていた。俺は彼女の手を引いて、ただただひたすらに教会への道を目指す。
「ブレディ?」
俺に捕まっている少女が、不安げに声をあげた。
本当は、わかっている。急いで帰ったところで無駄だ。
もう、俺の幻想――穏やかで幸せな日々は、壊れてしまったのだから。




