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37、魔法使いと宝石箱


(は、話しかけられない……)


 私は壁に張り付くように縮こまりながら、王城へ向かう馬車に揺られていた。

 

 お貴族様が乗るような立派な仕立ての馬車だから、平民が乗る辻馬車とは比べものにならない乗り心地の良さだ。

 ふかふかクッションに感謝しつつ、ほんの少しだけ顔を上げて、同席する人を盗み見る。


 リオネル様は対角線上の席に座っていて、厳しい目で窓の外を眺めていた。


 狭い馬車の中で可能な限り距離を取るスタイルが、私たちの今の関係性をしっかり反映している。


 


 今日はイルゼ様とお話をするお約束の日。

 リオネル様は宣言通り、教会まで迎えに来てくれた。


 ……のだけれど、そこから馬車に乗り込み今に至るまで、私たちは気まずい沈黙に支配されていた。


 この前の、ロレッタの言葉が頭の中でまだ鳴り響いている。


(あんなこと聞いちゃったから、どんな顔して話したらいいかわからないよ……)


 リオネル様はただ、倒れた私を運んでくれただけ。そこに何かの意図がある訳がない。お姫様抱っこだって、倒れている人を持ち上げるには一番手っ取り早い方法だったから、というだけだろう。


 そう言い聞かせても、勝手に熱くなってしまう頬を止めることができない。


 噛み殺したつもりだったため息がひとつ、静寂の中に生まれてしまう。


 耳聡いリオネル様が、視線をこちらへと移した。


「緊張しているのか?」


 その声はあまりにもいつも通りだった。やっぱり、お姫様抱っこだーなんて意識してるのは私とロレッタだけだった……。


「はい」


 だから私も、何てことないように顔を上げられる。


「イルゼ様は友人としての関わりを望んでいる。難しいかもしれないが、自然体でいた方が喜ばれるだろう」


 リオネル様のちょっと的外れなアドバイスに、私は思わず微笑む。


 リオネル様が眉をひそめた。


(案外、こういう心の機微には疎いのかな)


 最強魔法使い様の弱点を見つけたみたいで、ほんの少しだけ可愛いなと思ってしまう。


 素直に「貴方を意識しているから緊張している」なんて言えるはずもない。


 彼は私に対して線引きをしている。どこまで踏み込んでいいかわからないけど、この感情は確実に踏み込みすぎの部類。バレてしまえば、いつかのようにきっと拒絶される。


 だから私は、逃げを打った。


「城に行くのは楽しみですけど、粗相をしてしまわないか少しだけ不安もあります」


「初めてなら、そうなるのも無理はない」


 リオネル様が頷き、座席に座り直す。


 動いた拍子に黒髪がさらりと揺れる。組まれた足さや姿勢の端正さに、ついつい見惚れてしまう。


「あまり気負い過ぎなくていい。私がついている」


「はい。ありがとうございます」


 私は笑顔を浮かべた。リオネル様が側にいてくれるなら、とても安心できる。


 ふと気付くと、リオネル様の瞳は、まっすぐに私の首筋へと向けられていた。


「もう大丈夫か?」


 そこは、もう痛みはないけど跡が残ってしまっていた。ストールで隠したものを見透かすような視線に、思わず首をすくめた。


「痛くはないです」


 彼の手がそっと首に伸び、ストールに触れそうになった。どきっと鼓動が跳ねる。

 けれど触れることはなく、引っ込められた手は握り拳を作った。


 私の負傷を悔やむような動作に、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。貴方は、何も悪くないのに。


 リオネル様の手をとって、拳を開かせたいと――そんなことを思う。それを許さない彼の線引きが、どうしようもなく苦しい。


「あの時は、ありがとうございました」


 私にできるのは深々と頭を下げ、差し障りない言葉を重ねることだけ。


「倒れた私を運んで下さったと聞きました。……いつもお世話になりっぱなしですね」


「構わない。むしろ、巻き込んでいるのはこちらだ」


 ぶっきらぼうな言葉は、やっぱり私を優しく突き放す。


(……隣にいたいのに)


 それは、ささやかなのに分不相応な願いだった。


「まだ犯人の仲間が学園内に潜んでいる可能性がある。十分に気を付けろ」


「はい。結局、襲撃犯は平民だったのですよね?」


 リオネル様は無言で頷いた。


「1名は家業を潰すぞと脅されていたようだった。残りのものは自分の意思だ」


「そう、ですか……」


 やるせない気持ちがこみ上げた。

 やはり自分の意思ではなく従わされていた人もいたのだ。そして、平民の中にもイルゼ様を良く思わない人たちがいた。


 重苦しい空気から逃れるように、私たちは揃って外の景色に目をやる。


 大通りを行き交う人々は活気で溢れていた。


 エヴァレット王国は豊かで住みやすいと言われている。平民だって、素質があれば学園に通える。リオネル様のように地位も得られる。

 国王陛下も、イルゼ様も、平民の暮らしに寄り添った政治をしてくれるから。そんな噂を聞いたことがある。


「想っても、それが通じるとは限らない」


 ぽつりと落ちた言葉に、私はまたリオネル様に視線を戻した。彼はまだ、窓の外を眺め続けている。

 やけに実感が伴ったその言葉が、胸に刺さる。まるで、貴方も誰かに片想いをしているみたいだと思った。


「……寂しいですね」


 報われない想いを抱えて、それでも進むのは。


「ああ」


 その返答がどんな気持ちで発されたものなのか。私にはわからない。


 でも、今の私にできることがあるとしたら、一つしかない。


「今日は、イルゼ殿下に楽しんで頂けるように努めます」


 明るく宣言してみたら、リオネル様はこちらを見て少しだけ表情を緩めた。


「そうしてくれ」


 その柔らかな表情に、目を奪われる。


 こうやって話して、顔が見られるだけでもすごく特別なことのように感じられた。


 私はこの恋を、宝石箱のように心の奥深くに隠す。――貴方にだけは、気付かれないように。


 窓の外からうっすら見えていたお城の尖塔は、もうかなり近くなってきていた。




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