36、特別な想い
「よくやった。って言いたいところだが……」
魔法防御術のトビアス先生は、私を見て大きく息を吐いた。
「無茶しすぎだぞ。結果的に無事だったから良かったようなもんだ」
言いながら、ぐっと近づいて私の顔を覗き込む。
イルゼ様が襲撃された翌日、登校してすぐにトビアス先生に呼び出された。トビアス先生の研究室の中は魔法に関する本で溢れていて、先生がいかに魔法に関心が高いかを物語っている――なんてしみじみと思う暇もないくらい、お小言の嵐を受けている。
「すみません」
私は素直に頭を下げる。自分でも無茶をした自覚はあるし、特別優秀でもない一生徒がでしゃばるような事件ではないのはわかっている。
そう反省はしているけど、後悔はしていない。
「いや、謝って欲しいわけじゃなくてだなぁ……」
トビアス先生は苦笑いを浮かべながらやれやれ、と頭を掻いた。
「ちゃんと人を頼れよってことだ」
先生の言葉に、リオネル様を思い出す。
ほんのりと心が温かくなった。
「はい。気を付けます」
「で、アメリアが言ってた人質の件なんだが」
先生は言いにくそうに一度言葉を切った。自然と、私は背筋を伸ばす。
「現時点では、学園内ではあいつらの協力者は見つかっていない。犯人たちも口を割らないそうだ」
「そう、ですか」
私は肩を落とした。
捕まった時のことと、犯人から盗み聞きした内容は昨日のうちにすべて先生に打ち明けている。
見張り役の生徒のことを思い出す。
彼もまた、何か事情があって手を染めているように見えた。
――事情があったとしても、王族襲撃の罪は重い。
(罪は罪だし、ちゃんと償わなきゃいけない、けど)
せめて、実行犯が消えたことで、彼のように人質をとられた誰かがこれ以上巻き込まれなければ良いと思う。
「ま、あとは大人に任せとけ。危ないから、もう首をつっこむんじゃないぞ?」
トビアス先生がへらっと笑った。相手を安心させるような、力強くて優しい笑顔。こういうところが人気の秘訣なのだろうなと思った。
そこで、お小言はおしまいになった。
トビアス先生の研究室を出た私は、真っ直ぐにみんなのところへは帰らず、すぐ隣にある研究室の前に立った。
「ハミル先生。少し聞きたいことがあります」
呼び掛けながらノックをする。
少し間があって、扉がほんの少しだけ開いた。そこから覗いたハミル先生の顔は、半分……いや、四分の一しか見えない。扉で縦が半分にされ、目深に被ったフードで横が半分にされている。自分の研究室にいるというのに、フードは被りっぱなしらしい。
「こんにちは、ハミル先生。先生が昨日仰っていた『星』って、魔法を補助してくれる何か、ではないですか?」
私は挨拶もそこそこに切り出した。
事件の時、リオネル様が助太刀してくれる前に、私の周囲で光が煌めいて、それから魔法の威力が一気に上がったことがあった。
まるで星のように見えた光が、ハミル先生が言っていた『星』じゃないかと考えたのだ。
ハミル先生はすぐに答えを返さず、沈黙している。即扉を閉められ門前払い、なんてことも想定していたので、そうならなくて良かったと一安心する。
「……馬に蹴られる趣味は、ないんですが……」
ハミル先生は生ぬるい目で私を見下ろしている。
(馬に蹴られる?)
なぜ突然馬の話が出るのか、さっぱり読めない。疑問だらけの視線を向ける私を見て、ハミル先生は長く息を吐いた。
「あれは……精霊の加護、です」
「加護、ですか」
日常生活ではあまり使わないその単語を、自分でも口にしてみる。
加護。
それは私の身に起きたことにぴったりな言葉だと感じた。精霊の助力と考えれば、急に魔法の威力が上がった理由もわかる。
「あなたの近くに……精霊に愛された、『愛し子』がいるんですよ……。その人物が、あなたを……」
ハミル先生の言葉が一度そこで途切れた。
私は黙って続きを待ったけど、ハミル先生は口を開かなかった。そのままゆっくりと先生の四分の一の顔が、更に小さくなる。
私が反応できずにいる間に、バタンと扉が閉められた。
「え!? ちょっと先生!」
「……面と向かって話すようなことじゃないので……扉を閉めさせて下さい……」
ハミル先生の声は消え入りそうなくらい小さかった。扉越しだから、だけが理由じゃないだろう。
(そんなに言いにくいこと?)
少し、不安になる。
余程言いにくいのか、先生はなかなか次の言葉を言ってくれない。ただ廊下で待つ時間が、とても長く感じる。
ハミル先生が2、3回深呼吸をする音が聞こえた。
「言いますよ……覚悟は、いいですか……」
「はい」
強い眼差しで、閉まった扉を見つめる。
「あなたを……………………、特別に、想っている証です……」
一拍どころか三拍くらい置いて、先生が言った。
「特別に、想う?」
それって、わざわざ扉を閉めて話す必要があることなのだろうか。
疑問には思ったけど、口には出さないでおく。
「好意というか……あ、愛というか……」
先生の声が上擦っている。
「愛」
もちろん、言葉やその意味は知っている。でも、いまひとつぴんとこない。
教会育ちの自分には縁遠いものだと思っていたそれを、誰かが私に向けている――
(よく、わからない)
というのが、私の素直な気持ちだった。親がいない私は、誰かに特別に愛されたことなんか、ないから。
「そう、ですか。教えてくれてありがとうございます」
何と答えたらいいかわからなくて、素っ気ない返答になってしまった。
研究室からはそれっきり、返事がなくなった。
*
教室に戻ると、ブレディと話し込んでいたロレッタが私に気付いて、大きく手を振ってくれた。
遅れてブレディも笑顔を見せてくれる。
「おはよー! トビアス先生に呼び出されたんだって?」
「おはようロレッタ。うん、昨日のことであれこれ言われた」
「だよね、私たちもアメリアが倒れてる間に散々言われた。ねぇ?」
ロレッタがげんなりした顔でブレディに話題を振る。
「うん。でも、間違ったことはしてないから大半はスルーしたよ」
ロレッタとは対称的に、幼なじみは爽やかな笑顔でそんなことを言っている。
「出たわー、エセ優等生。このメンタルの強さを見習いたいわ」
ロレッタが肩をすくめつつぼやいた直後に、ルパートが教室の入り口に現れた。彼の赤髪はとても目立つから、どこにいてもすぐにわかる。
「あ、ルパートおはよう。昨日はありがとう」
私がお礼を言ったら、ルパートは不思議そうな顔をした。
「なんのことだ?」
「あれ。昨日、倒れた私を医務室まで運んでくれたのって、ルパートじゃないの?」
私の発言に、3人はみんなそれぞれ違った反応をした。
ルパートは心当たりがないといった様子できょとんとし、ブレディは何故か不機嫌そうだし、ロレッタは待ってました! とばかりに目をキラキラ輝かせつつ、身を乗り出してきた。
「あのね、アメリア。落ち着いて聞いてね」
ロレッタが私の手を取った。
「運んだのは、リオネル様なのよ。あ、お姫様抱っこでね」
衝撃的な一言に、私は硬直した。




