35、いやです
目を開けた時、至近距離にロレッタとルパートの顔があって、私は心底驚いた。
「アメリア、大丈夫……?」
今にも泣きそうなロレッタの顔を見て、魔力の枯渇で倒れてしまったことを思い出した。
割って入ったはいいものの、結局リオネル様に手助けしてもらった挙げ句に倒れてしまうなんて……不甲斐ないなと思う。
「私は平気。ロレッタこそ大丈夫? イルゼ様は?」
「みんな無事だぞ。アメリアのおかげだって」
ルパートの言葉に、心から安堵した。
「良かった」
「良くないわよ! もう、なんであんな無茶するの!」
涙をいっぱいに貯めたロレッタに怒られてしまった。私は、震えているロレッタの手をやさしく握る。
「心配かけて、ごめんね……」
ロレッタの目尻から雫が一筋こぼれ落ちる。
恥ずかしがり屋な彼女はあわてて立ち上がり、私に背を向けた。
「そ、そうだ。あの人もアメリアが目覚めるの待ってるんじゃない?」
「確かに。ちょっと呼んでこようぜ」
ルパートも立ち上がった。
「あの人?」
心当たりがなくて、首をかしげる。
ロレッタとルパートは顔を見合わせて、それからふたり揃ってにやりと笑みを浮かべた。
「リオネル様よ」
ロレッタの口から紡がれたその名前を聞いて、ぎゅっと心臓が捕まれたみたいに苦しくなる。
(リオネル様に、どう接していいかわからない)
そう思うのに、同時にとても会いたいとも思う。
――手を貸す。
かけられた言葉が、とても心強くて嬉かったから。
「じゃ、また後で」
複雑な乙女心をもて余す私を置き去りにして、ルパートは外に出ていった。
「あのね」
それに続こうとしたロレッタが、ぴたりと足を止めた。ひとりごとみたいに、小さく呟く。
「あの人、怖いし近寄りがたいけど……」
ロレッタが振り向いて私を見た。
「案外いい人なのかも、って思ったわ」
一息でそれだけ言い残して、ぱたんと扉が閉まった。
*
ベッドから起き上がると、ほんの少しだけ視界が回った。
目を閉じていると、だんだん良くなってくる。ベッドに腰かけるようにして、その時を待った。
扉がノックされる。
どきっと心臓が跳ねる。緊張するけど、嫌ではない。
「はい」
返事をすると、扉がやけにゆっくりと開いた。入ってきたのは、想像通りの人だった。
近寄りがたくて威圧感があって、誰よりも厳しく私の背中を押してくれる人。
「もういいのか」
短い問いに、しっかりと頷いた。
「はい。色々と、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
いつかの時のように頭を下げる。リオネル様は近くの椅子に座り、私をじっと見つめた。
「いや。……ありがとう」
予想外のことを言われて、思わずリオネル様の顔をまじまじと見つめてしまった。
「君がいなければ、イルゼ様はともかく周囲の生徒に被害が及んでいただろう。助かった」
私たちがやったことには、ちゃんと意味があった。行動を肯定されて、気持ちがふわりと浮かび上がる。
「私は、当たり前のことをしただけですから」
個室にある唯一の窓から風が吹き込んで、薄手のカーテンが揺れる。涼しい風が心地いい。
ふう、とため息がひとつ、聞こえた。
「……君は、無茶ばかりするな」
リオネル様が紡いだその言葉。
(ですよね……)
心当たりしかない。この二度目の人生で初めて会った時も、暴漢相手に立ち向かうなんて無茶をしていた。
彼は怒っているわけではなさそうだった。口角が下がり、瞳にはどこか切なげな光が宿っている。
(心配、してくれてるのかな)
心の裏側がくすぐられているような感覚だった。自然と笑みが浮かぶ。リオネル様が息を呑む音が、僅かに聞こえる。
「私はただ、後悔したくなかったんです。自分にできることがあるなら、それで友達が助かるなら、私はまた無茶をすると思います」
せっかく与えられた二度目なのだ。
私の手の届く範囲のものを守りたいと思う。
もう二度と、大切なものを失わないように。
そんな決意と共にリオネル様を見た。また「わきまえろ」と言われてしまうかもしれないと思ったけど、リオネル様は微笑んだだけだった。
――笑った。
はっと息を呑む。
(なんで……?)
花を見る時のように、あたたかくて優しい顔をしていた。
今まで一度も、リオネル様のそんな顔を見たことがなかった。
心臓はめちゃくちゃに打ちまくるし、表情は嬉しさでへにゃりと崩れてしまいそう。布団の中でぎゅっと拳を握って耐えるけど、取り繕うこともできないくらい、貴方が好きだと全身が叫んでいる。
「何かあれば、私を頼れ」
「……!」
その一言に呼吸を忘れた私はまた、貴方を好きになってしまう。
頼れと言ってくれる、貴方の心がとても嬉しかった。
リオネル様はすごく誠実だし、決して安易な慰めをしない。だからこそ、言われた言葉は真実だとわかる。
わかる、けど。
「……いや、です」
私は唇を震わせて、彼の発言を突っぱねてしまった。自分でも、拗ねた子供のようだと思った。
リオネル様は微笑みを消して、真剣な眼差しをこちらに向ける。
私は俯いた。
さっきのくすぐったい熱は、すっとどこかへ消えてしまった。
素直ないい子にしていればリオネル様は頼らせてくれる。安心できるし、私がリオネル様と話す大義名分も作れる。彼がくれる優しさにただ、甘えていればいい。
実際、一度目の私はそうしていただろう。波風立てずにリオネル様と一緒にいるだけで幸せだと思っていたから。
でも、今の私の心は都合のいい子であることを、拒否した。
「ティンバー様は収穫祭で『これ以上を望むな』って言いました」
自分で線引きしておいて、近付いてくるなんてずるい。そんな気持ちを込めて、リオネル様を軽く睨む。
「それに、この前教会で話したこと、覚えていますか?」
「……ああ」
リオネル様も覚えがあったみたいで、一瞬だけ表情を歪める。
「あの時、貴方が仰ったことは間違っていないと思います。でも」
一度、言葉を切ってリオネル様を見つめた。
「私は悲しかったし、傷付きました」
私は自分の心を言葉にして紡ぐ。貴方と真っ直ぐに向き合いたいから。
静けさが満ちた。
窓から差し込む光が、私と彼の間に落ちている。秋風が少し肌寒い。
リオネルはただ黙って私を見つめていた。言葉を探すように口を開いては、閉じる。
「あの時の言葉を」
何度目かの時、リオネル様の唇は静かに言葉を乗せた。
「撤回はしない。君は我々に関わらず、平穏に生きていける方が幸せだろう」
リオネル様の視線は私の首に向けられていた。
私も、もう痛まないそこにそっと手をやる。もしかしたら、跡が残っているのかもしれない。
(そっか)
その瞳を見ていて、気付いた。
この人が私を遠ざけようとするのは、イルゼ様を取り巻くものに巻き込まないようにしてくれているからなんだって。
「だが、君を傷付けることは私の本意ではない。……すまなかった」
初めて会ったあの時のように、リオネル様は綺麗な角度で頭を下げる。
――自分を大事にしろ。
その言葉が、今も聞こえる。
二度目になっても、貴方の根っこは変わらない。
貴方の心を知って、私の心に沈んだ氷にあたたかい風が当たり、ゆるやかに溶け始める。
「はい。私こそ、ティンバー様の気遣いを理解せずに無茶をして、すみませんでした」
私も頭を下げる。
頭を上げると、もう一度視線が交わった。
「リオネルでいい。君に名字で呼ばれるのは、何故か落ち着かない」
「!」
私は目を見開いた。
「それに、無茶をする時は本当に私を頼ってくれ」
「いいんですか? 期待しちゃいますよ?」
私が思わず追撃したら、リオネル様は珍しくわかりやすく困った顔をしていた。
「ごめんなさい。ちゃんとわかってます。無茶をする時だけなんですよね」
貴方が守りたいと思ってくれている私を、私も守りたい。守らなきゃいけない。
私は、今日一番の笑顔を浮かべた。
リオネル様はそれを見て、ふいと目を逸らした。
その頬は、ほんの僅かに赤く染まっていた。




