34、その笑顔を
※リオネル視点です
肩を支えていた少女が、膝から崩れるように倒れる。私は咄嗟に、力のないその体を抱き留めてしまった。
(……軽いな)
出会った時から無茶ばかりするアメリアは、力強いようでいて、時にこんなにも弱い一面を見せる。まるで野に咲く花のようだと思った。
前に会った時、彼女を冷たくあしらってしまった。言葉は厳しかったかもしれないが、間違ったことを言ったとは思っていない。
アメリアの本来の立ち位置は、平穏に暮らすただの少女なのだ。
イルゼや私に関わり、その幸せを潰して欲しくないと思っているのに――彼女は、そんなものを軽々と飛び越えて、今、私の腕の中にいる。
だから、目が離せない。
汗で額に張り付いた前髪を、梳かして耳にかけてやる。あちこちボロボロで、手首や首筋には絞められた跡まである。
そっと触れて、治癒魔法をかけた。痛みは治せる。だが、痛々しい痕跡や、そんな扱いを受けた彼女の心の傷は治せない。
知らず知らずのうちに、彼女を抱く腕に力が籠る。
部下のうち一人が、こちらに向かって走ってきた。
「状況は?」
「東棟屋上にいた生徒1名と、北棟で先ほどの攻撃を行った1名を拘束しました。他に協力者がいないか、これから確認します」
部下の報告に、私は無言で頷いた。
「あ、あの……」
イルゼの隣にいた金髪をポニーテールにした少女が、おずおずと声を上げる。
「旧校舎に、もう一人います。友達が抑えてくれているはずです」
「わかった」
私が目配せすると、部下はすぐ旧校舎の方向へと向かった。少女はほっと息を吐く。
私は改めてアメリアを抱き上げた。彼女の体にほとんど魔力が残っていない。それが意識消失の原因だ。
こうして触れていれば魔力を分け与えられるから、回復が早まるだろう。
そのまま歩き出そうとして――
「あのっ!」
先程の少女は、また声をかけてきた。
「なにか?」
私が視線をやっても、少女は退かなかった。逆に強い意識を込めた翠の瞳で見返される。声は震えているのに。
「アメリアを、どうするつもりですか」
彼女の両手はぎゅっと握られている。
なるほど、アメリアを心配していたらしい。学園の生徒のようだし、友人なのかもしれない。
「医務室に連れていくだけだ」
言い残して、返事は聞かずに歩き出す。
「申し訳ありません。リオネルは怖い顔で態度も悪いですけど、悪気はないのです。どうか広い心と温かい眼差しで見守って下さいね」
背後で猫を被ったイルゼがそんな風に説明していて、げんなりする。
私はアメリアを抱いたまま、大股で、早歩きで歩いた。
だというのに、イルゼは小走りでわざわざ私に追い付き、横から顔を覗き込んでくる。
「あらあら。役得ですね?」
「これは治療と荷物の運搬です」
私の姿を見ると、誰もがぎょっとした顔をして道を譲ってくれる。声をかけてくる者はイルゼ以外いない。
「まあ。目覚めたらアメリアさんに告げ口しちゃいましょうか。こんなに酷い男なんですよって」
イルゼがくすくすと笑う。
「好きにしてください」
「もうっ、つまらないですわ。逆に愛おしげにアメリアさんを眺めていました、って言ってしまいますよ? そしたらアメリアさん、どんな顔をするかしら?」
……。
私の主は心底面倒臭いと思う。
「捏造はしないで下さい」
覗き込んでこようとするイルゼから、ふいと視線を逸らした。
下らない話をしている間に、医務室にたどり着いた。担当の教員に事情を話し、イルゼがいることを理由に貴族用の個室を借り、ベッドにアメリアを寝かせた。
「ん……」
寒そうに体を丸めたのを見て、備え付けのブランケットをかけようとして、ふと手を止めた。
至近距離に彼女の顔がある。あどけない寝顔を見て、何か声をかけてやりたいという衝動に駆られた。
(アメリア……)
胸の奥がざわつく。
何か言いたいのに、気の利いた言葉など思い浮かぶ気がしなくて、諦めて素直にブランケットをかける。
「ムッツリさんですね」
ぼそっとイルゼが言った言葉は、聞こえないふりをした。
ベッド横の椅子に腰掛け、まだ魔力が足りないであろうアメリアの手を握り、魔力を分け与える。
「じゃ、わたくしは反対の手を」
反対側の椅子に座り、イルゼはにっこりと笑ってみせた。
「アメリアさんは、頑張りやさんですね」
「……はい」
「だからわたくし、彼女と過ごす時間が好きなのです。明るくて、眩しくて」
何と返事をしたものか迷い、結局私は沈黙を選んだ。その結界、しばらく無言が続くことになった。
そもそも、私とイルゼはあまり話をしない。しても仕事に関わる話がほとんどで、雑談なんてほとんどしたことがないと言ってもいい。
だというのに、何故か今日は沈黙していることが気になった。アメリアがいるのに、イルゼが何も言わずに静かだからかもしれない。
ふと、教会で3人で過ごしたあの時の光景が甦った。あの空間は悪くなかった、と思う。
「どうしたら、アメリアは無茶をしなくなると思いますか」
そんなことを聞いたら、イルゼはわざとらしい大きさのため息をついてみせた。
「貴方が守ってさしあげればいいのではありませんか?」
この人に聞いた私が愚かだったかもしれない。私はイルゼから視線を外し、眠るアメリアをじっと見つめた。
*
こんこんと、扉がノックされた。
顔を上げたイルゼを視線で制し、警戒しながら扉を開ける。
そこには先ほども見かけたポニーテールの少女と、鮮やかな赤髪の少年が立っていた。
「アメリアは大丈夫ですか?」
「あいつ、今日は色々大変だったから心配でさ……」
ふたりともそわそわしながら、部屋の中を気にしている。
「まあ。アメリアさんのお友達なのですね」
イルゼはアメリアの手を離し、立ち上がって軽く会釈をする。
「もう魔力はそれなりに戻りましたし、私たちは席を外しましょう」
私もアメリアを解放した。きっと彼女も、友人たちに付き添ってもらった方が安心するだろう。
「ええ、そうですね」
私とイルゼが個室を出て、代わりに友人ふたりが入る。彼らがゆっくり話ができるように、私はイルゼを連れて医務室を出た。
廊下に人気はない。
それを丁寧に確認してから、イルゼは笑みを見せた。
「リオネル、あなたも見ましたよね? アメリアさんを護る『星』を」
イルゼのライラックの瞳が、蠱惑的に輝いている。
「……はい」
「あの子こそ、わたくしたちが探していた子ですね」
淡々と言うイルゼの顔を直視できなくて、私は床に視線を落とした。
「きっと、役に立つでしょう。……なんて言うと、あなたを怒らせてしまうかしら?」
挑戦的な質問にも、私の心は波立たない。
ただ少しだけ、アメリアのことが気になった。
「怒りはしません。ただ、彼女は貴女を慕っている。利用されたと知れば悲しむでしょう」
半ば強引に任命されたこととはいえ、イルゼのお友達係として楽しそうに話していた彼女の姿が脳裏に過る。
その笑顔を曇らせたくないと思う。
「頭が硬いですよ、リオネル。利用するのではなくて、協力するのです。それに」
イルゼはそこで一度、言葉を切った。その後に彼女が浮かべた表情に、私は目を瞪った。
「わたくし、アメリアさんとは本当のお友達になりたいと思っていますから」
イルゼは少しだけ、寂しそうに医務室を見たのだ。
その視線には、打算だけでは説明できないあたたかさが宿っているようにも見えた――




