29、おまじない
「話、戻していい?」
と、私は咳払いをひとつする。
「みんなに相談したいことがあるの」
私は当初の目的を忘れてはいなかった。……一瞬忘れかけていたのはご愛敬。
「それって、あんまり他人に聞かれたくない話?」
「まあ、そうかな」
それを聞いたブレディは、さっとテーブルの周囲に防音魔法をかけてくれる。
鮮やかな手並みに、ロレッタがぱちぱちと拍手をした。
「さすが主席、超かっこいい! 万年落第候補のルパートも見習いなさい?」
「ほっとけ」
ルパートが拗ねたようにそっぽを向いた。
「あのね。みんななら、学園内で要人を狙う時どうする?」
私がそう言った瞬間、それまでいちゃついていたロレッタとルパートが急に口を閉じた。
しんと、静寂が落ちる。空気が重い。みんなの視線が、私に集中している。
(切り出し方が急すぎた……?)
と、一瞬焦ってしまう。
「え、なんだよ、恋敵の王太女を消したいとかそういう?」
口火を切ったのはルパートだった。
「はあ? バカね、アメリアがそんなことするわけないでしょ」
無惨にも、彼の意見はロレッタに一蹴された。
「そりゃ俺だってアメリアがそんなことするとは思ってないけどさー。王太女が恋敵だとしたら、アメリア勝ち目なくね? 相手は超絶美少女らしいし」
なんだろう。ルパートの発言は正論なのに、素直に納得したくないんですけど。
「リアが言いたいのは逆なんじゃないかな」
いつも通りの大騒ぎにとんぼ返りしたロレッタとルパートと違い、ブレディは静かに私を見つめていた。
無に近い表情。とある日の帰り道を思い出させて、私は少し居心地が悪くなる。
「もし視察に来たイルゼ殿下を狙う者が学園内にいたら、どんな手段をとってくるかを聞きたいんじゃないの?」
ブレディに心の中をぴたりと言い当てられて、深々と頷いた。やっぱり、この幼なじみはすごく頼りになる。
「は? なんで突然そんなことを考えてるんだよ?」
「えっ……それはその、将来は警護の仕事に就くのもいいかなーって思って。ほら、私防御魔法だけは得意だから」
視線が泳いでいる自覚は、ある。
「ほうほう。警護って、例えばリオネル・ティンバーの部下になって王太女殿下の護衛するとか? 部下になればお近づきになれるもんね?」
ロレッタの一言に、みんなはあー、なるほど、という顔をした。
「ま、まあそんな感じ……かな……」
私は口ごもりながら誤魔化す。
これで、今以上に根掘り葉掘り探られることはないだろう。ロレッタの恋愛脳に、ちょっと救われた気持ちだった。
「俺からも少しいいかな」
ブレディが礼儀正しく挙手をする。
「発言を許可しましょう」
芝居がかった調子でロレッタが言う。ブレディは小さく笑っていた。
「ありがと、ロレッタ議長。実は先週、殿下の視察について話をしている生徒を見かけたんだよ」
「先週? 殿下の視察が発表されたのって昨日のはず……あっ、もしかしてそいつらが情報を掴んでて、殿下に何かしてやろうと企んでるとかそういうことっ!?」
ロレッタがばんっと机を叩いて立ち上がる。
「えー? それって親が貴族だから王太女の予定を知ってたとかじゃねーの?」
「王太女の予定をぺらぺら喋るバカがどこにいるのよ。これは……視察の日に何か起こるかもしれないわね」
イルゼ殿下は命を狙われている実積があるため、そう易々と視察の予定を知ることなど出来ないはずだ。
誰かが、情報を流さなければ。
(イルゼ様の側には、王子派がいるのかも……)
その王子派が王太女を害そうとして、学生を取り込んでいる。もしくはその学生は貴族で、親が貴族派なのかもしれない。
「でもさ、それって俺らの手に負えることじゃなくね? 俺ら全員平民だし。学生だし」
ルパートの指摘は最もだと思う。
(けど、そうやって立ち止まっていたら……)
多分、一度目と同じことが起きる。
私はローブの裾をぎゅっと握った。
「その怪しい生徒のこと、先生にはもう伝えてあるよ。だけど万が一ってこともある。先生や殿下が連れてくる護衛役とは別に、俺たちも警戒しておくに越したことはないんじゃないかな。ね、リア」
「うん。私もそう言いたかったの」
ブレディが私の心配を汲み取ってくれたから、心がすっと軽くなる。
(……でも)
一度目のこの時期、まだブレディは学園にいたはずだ。もしブレディの行動が大きく変わっていなければ、きっと彼は同じように先生に伝えていたはず。
それでも、生徒に被害が出てしまっているという事実が、重い。
私たちが未来を変えなければ。
「リオネル様たちはきっと王太女殿下を守ってくれる。けど……」
私はそこで言葉を切る。一度目で起こったことをストレートに告げるのは、少し怖かった。
「何かが起こったら、学園の生徒に被害がおよぶ可能性だってあると思うの。誰かが怪我したり、……死んじゃったり、とか」
静まり返った空気の中で、ルパートとロレッタがはっと息を飲む音だけが、はっきりと聞こえた。
「そっか。私たち自身の身を守るためにも必要なことかもしれないわね」
「確かに。備えておくのは大事だもんな」
二人が頷き合うのを見て、私はほっとしていた。
先生に任せておけば? って言われてしまうとそれまでだと思っていたけど、杞憂に終わったようだ。
「そーだなぁ」
ルパートがぐるりと周囲を見渡した。
「俺なら、講義棟の上にある屋上から中庭を狙うかな」
言いながら、自信ありげに胸を張る。
「なんでわかるのよ」
「いやだってさ、魔法で攻撃するなら高所に位置取りした方が有利じゃん。それに」
ルパートは立ち上がって、私たちを見下ろす。
「上からなら、相手の動きもよく見えるし」
そういえば、ルパートは猟師の家の子だったっけ、と思い出す。
「それに直接狙いにいったらリオネルに絶対阻止されて返り討ちじゃん? 殿下もかなりの使い手らしいし、事を起こす前に絶対捕まる。だったら、高所からの一撃に懸けたほうがマシじゃね?」
「うわぁ、なんかルパートが真っ当なことしか言わなくて怖い。明日は雪が降りそう」
ロレッタが茶化す。
「うるせーな! 俺だってやるときはやるんですー」
精霊は自然を好むため、学園の敷地内には木が多く植わっている。それこそ道を覆い隠すような勢いで。
もしルパートのいう通り高所からの攻撃を狙ってくるなら、確実に狙えるのは中庭だけだろう。
「中庭に面した講義棟はいくつかあるけど、そのうち犯人が使いそうな建物は……」
私はルパートに倣ってじっくりと中庭を観察する。カフェテリアは中庭の片隅にあるので、様子を探るにはちょうどいい場所だ。
中庭は文字通り学園の真ん中にあって、南の正門と直結している。それを囲む北棟が平民クラス、東棟が貴族クラス、西棟が図書室などの共用スペースになっている。
「東棟か北棟ね」
そう意見したのはロレッタだ。
「王太女殿下が狙われたなんてことがあれば、学園の門は即座に封鎖される。逃げるとき、南の正門を正面突破するより、北か東の裏口に向かった方が逃げきれる確率は高いんじゃないかしら」
「へー、お前も案外色々考えてるのな」
「商人にとって経路の確保は死活問題ですから」
ルパートに対して得意げなロレッタが微笑ましい。
「西棟は? 西にも裏口があるよね?」
私の質問に、ブレディが首を横に振る。
「西棟は階段が一ヶ所だけだから、逃げるには向かないんじゃないかな」
「そうそう。それにイルゼ殿下って平民人気高いじゃない? だから犯人の生徒は貴族だと思うのよね」
ロレッタは東棟を睨んだ。
「なら平民クラスの北棟も候補から外していいかな。北棟に貴族がいたら目立ちすぎるから」
確認するように呟いた私は、ブレディが真剣な表情で北棟を眺めていることに気付いた。
「ブレディ?」
「うん、それでいいんじゃないかな……」
珍しくブレディの言葉の歯切れが悪い。
「よーし、だいたい絞り込めたか?」
「そうね。ダメで元々だし、当日はみんなで東棟の屋上で張り込みしましょ!」
ブレディの様子が気になったけど、ルパートの言葉にロレッタが呼応して結論が出てしまう。
ブレディは頷いてから、私に視線を向けた。
「ああ、リアは中庭で待機してて」
彼の一言に、私はショックを受ける。
「なんで? 私もみんなと一緒に…」
「いやいや、危ねーだろ。お前、防御魔法しか使い物にならないじゃん」
ルパートに痛いところを突かれて、俯いた。
「そうよ。私たちに任せておいて」
「こういう時だけなんでふたりは共謀するのかなぁ」
「そりゃ、アメリアは大事な友達だし。ねー?」
「おうよ」
ふたりは息ぴったりだった。
「でも、私が言い出したことだよ」
私の友達は、みんな優秀なのだ。
主席のブレディは言うまでもない。ロレッタは炎属性を中心に攻撃魔法が得意だし、ルパートだって万年落第候補生とはいえ妨害系の魔法は結構優秀で、おまけにこの中では身体能力に圧倒的に優れている。
私だけが足手まといだ。
「リアは下に残ってて。きっと君の魔法なら、イルゼ殿下を守るのに役立つから」
そうブレディに優しく諭されてしまっては、反論できない。
「……わかった」
内心モヤモヤしながらも、頷いた。
「俺からも、もう一度トビアス先生に危険性を伝えてみるから。きっと何も起こらない。大丈夫だよ」
私の不安を見透かしたように、ブレディが言った。
「そうそう。ていうか多分犯人なんてリオネルが瞬殺するっしょ」
「だよねー。あのリオネル様だもんね。学生なんかじゃ太刀打ちできないし、無理寄りの無理」
ロレッタとルパートの軽口に私は笑ってみせたけど、内心穏やかではいられなかった。
(襲撃は、起こる。もしその時にみんなが傷付いたら……)
結果的に、みんなを巻き込む形になってしまった。
一度目ではここにいるみんなは無事だったけど、今、私が行動を変えてしまった。その結果、みんなが傷付く結果になったら……きっと、後悔する。
(どうしよう……)
何よりも、自分の力不足が憎かった。
*
帰り道の間も、ずっと悶々としていた。
いつも通り、学園からの帰り道はブレディと二人きりになる。
今日みたいに私が考え事をしたい時、ブレディは空気を読んで話しかけてこないことが多い。その気遣いにいつも甘えてしまう。
今日はみんなにも頼ってしまった。
みんなに相談すればいいと気付いた時は、正直言って高揚していたと思う。これで全部上手くいくって、みんなとなら出来るって、そんな万能感に支配されていた。
(みんなを巻き込んで……なにやってるの、私)
決まってしまったことを今さら覆すことはできないのに。
ため息と共に、茜色の空を見上げる。
夕暮れの路地はしんと静まり返っていて、ただ私とブレディの靴音だけが響いていた。
(もし、リオネル様くらい力があれば)
無い物ねだりだけど、そう思わずにはいられなかった。
「リア」
ブレディが数歩先から私を振り返る。
「どうせリアのことだから、みんなを巻き込んだかも……って悩んでるんでしょ」
幼なじみはこちらの心を読んだかのように、ぴたりと言い当ててみせた。私の顔に、自然と苦笑いが浮かぶ。
「ブレディに隠し事はできないね」
「リアの兄貴分だから、これくらい当然だよ」
明るい声色で喋るブレディの顔が、逆光でよく見えない。
「ねえ、リア」
ブレディが近付いてくる。どこで止まるのかなと思っていたら、彼は吐息が感じられるほどに近付いてきて。
お互いの心臓の音も、聞こえてしまいそうだった。
今までにない距離感に、私は硬直する。緊張しているのにブレディは顔が綺麗だなとか、睫長いなとか、そんなどうでもいいことばかりが気になってしまう。
「俺はリアを――守る。だから、そんな顔しないで」
「そんな、顔って」
「不安そうな顔。リアには笑っていて欲しいから」
ふわりと風が動いた。
更にブレディと私の距離が近付き、気付いたら私の顔はブレディの胸の前にあって。
「ブレディ?」
彼はいつの間に、こんなに大きくなっていたのだろう。子供の頃は背丈がほとんど一緒だったのに。
「リアに、おまじない」
私の背に回った彼の腕が、そっと優しく私を抱き寄せた。
「君を、星が守ってくれますように」
「……!?」
包容は一瞬だけ。
ぱっとブレディが離れる。
私と数歩分の距離に戻った彼の表情は、やっぱり見えない。
「帰ろっか」
いつもの調子で言って、ブレディはくるりと背を向けて歩き出す。
(えっ………………え??)
私はといえば、突然のことに動揺して、しばらくその場を動けなかった。
教会な帰った後もブレディはいつも通りで、私は彼の行動の理由をすっかり聞きそびれてしまった。




