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28、片想い


 また数日が経ち、冬の気配が強まっていた。空気は張りつめるようで、風が吹くとより一層冷たい。


 エインズワース魔法学園に通いながら、私はどこで事件が起こるかを考えていた。


 一度目の人生では伝聞だったので、事件の詳細についてほとんど知らない。もっと聞いておけば良かったと今さら後悔する。


 学園内ではもう既に、来週のイルゼ様の視察の話が駆け巡っていた。

 お近づきになれるかなーなどと軽口を叩いた男子生徒が、女子生徒からバッシングされたりしている。

 まあ、ロレッタとルパートのことなんだけど。


「おーい、アメリアさーん? もしもーし?」


 犯人は検討もつかないけど、襲撃場所はある程度絞り込めている。


 学生が複数巻き込まれていることから、現場は往復の道中ではなく学園内。それに、学生が多くいる場所だろうとわかる。


 私の目は、無意識に中庭を見つめていた。多くの学生たちが友人と連れ立って歩いている。


「ぜんぜん聞こえてないっぽくね?」


 例えばここ――学生が昼休みに集うカフェテリアは貴賓室がある。もしイルゼ様が利用するとしても一般の生徒と完全にスペースが分かれる形になるから、候補から外れる。


(あとは、教員棟や旧校舎も考えにくいかな)


 頭の中で候補地を消していく。


 逆に怪しいのは学生が多い場所。授業中の講義室や魔法実習室、図書室とか――


「リア、そろそろ戻ってきて?」


 目の前でひらひらと手を振られ、はっと我に返った。


(あ、そういえばブレディたちとお昼を食べたんだっけ)


 場所はカフェテリアの屋外席。その一番端っこで、私はブレディ、ロレッタ、ルパートと一緒に食後のおしゃべり中だった。


「ごめん、考え事してた」


「最近ぼーっとしてるよね、アメリア。なにがそんなに気になるのよ?」


 ロレッタの質問が直球すぎて清々しい。


 これまでの数日はなんでもないよーと誤魔化していたけど、いい加減ひとりで悶々と悩むのも限界に来ていた。自覚はある。


「わかった。恋煩いね」


 普段は鋭いロレッタも、今日ばかりは憶測を外している。


「お前っていつもそればっかだな。もっと色々あるだろ」


 ルパートがやれやれ、とわざとらしく肩をすくめた。


「色々って何よ?」


「え? そりゃー飯のこととかー」


「俺は勉強のことだと思う。もうすぐ試験だし」


 男性陣から飛び出してきた回答がすごく彼ららしくて、私は吹き出した。


「あんたたち……それは自分が考えることでしょうが。アメリアが考えそうなことよ」


「飯」


「勉強」


 ルパートは大真面目な顔で、ブレディは半笑いだ。


「うん、ふたりに聞いた私がバカだったわ」


 なんてロレッタは怒っているけど、彼らとのやり取りを通して、ひとつ気付いたことがあった。


「……自分ひとりで考えてても、同じような発想しか出てこないよね」


 当たり前のことだけど、つい忘れがちになってしまうことだと思う。

 同じテーブルにつくみんなを、ぐるりと見回した。


「そうだね。俺は困ってるならどんどん相談したらいいと思うよ」


 そう言うブレディは優しい兄の顔をしている。


「ブレディ……」


 本当にこの幼なじみは頼りになると、改めて思った。


(事件が起こることは伏せて、みんなに意見を聞いてみてもいいかも)


 そんな風に思わせてくれる大事なみんなを、より一層守りたいと思った。


 だから、私は決断する。


「じゃあ、ちょっとみんなに聞きたいんだけど……」


 どこから話を切りだそう。ループのことは言及しないで、襲撃事件のことだけ話すのはなかなか難易度が高い。


 なんて言葉を選んでいたら、視界の端に黒い影がちらついた。


 何の気もなしにそちらを見て、ぎょっとする。


(リオネル様……!)


 魔法防御術のトビアス先生と話しながら、リオネル様が中庭を歩いているのが見えた。


 息がつかえたように、上手く呼吸ができなくなる。


 視察の下見だろうか。ふたりはあちこちを確認するように、立ち止まっては視線を巡らせている。


 こちらに気付いている様子はない。とはいえ真っ直ぐに向かってくるから、気付かれるのは時間の問題だろう。


「あれ? あの人ってこの前アメリアが踊ってた人じゃない?」


 ロレッタは鋭いし、記憶力もいい。この局面ではそれを発揮しないで欲しかった……。


「あー、そうかも。黒いし」


「え、覚えてる特徴そこ……?」


 ロレッタがルパートの発言にドン引きしている。まあ、黒いことを特徴にあげたくなるルパートの気持ちは、なんとなく共感できる。


「踊ってたし、じっくり見る暇なんかなかったんだよ!」


 友人たちの笑い声を尻目に、私はひとり悶々としていた。


 知り合いなのだ、ちょっと駆け寄って挨拶するくらいは許されるはずだと思いたい。


 けど、浮き足立った心を過ったのは、先日の別れ際のやり取りだった。


(……近付くなって)


 もちろんその台詞は、イルゼ様とのことだとわかってはいる。平民の私が勘違いしないように線引きをしただけだって。


 けれど、あの時の拒むような彼の背中が、氷を飲み込んだように胸に残っている。


 会いたい。でも、傷付きたくない。揺れる天秤に臆病風が吹いて、私の勇気を急速に萎ませていく。


「ごめんロレッタ、ちょっと匿って」


「えぇ!?」


 席を立ち、ロレッタの側にしゃがみこむ。ここならテーブルとロレッタで死角になり、向こうからは私が見えない。


 私の意図を察したのか、ブレディがロレッタの側に少し寄ってくれた。死角が増えたので、ふたりがかなり接近しても私には気付かないはずだ。


(なに、やってるんだろ)


 冷静になると、自分がやっていることがひどく滑稽に思えた。あんなに会いたいと思っていたのに、隠れたりなんかして。


「……もう行ったよ」


 ややあって、ブレディがそう声をかけてくれた。


「ありがと」


 お礼を言って立ち上がる。ブレディは返事の代わりにふわりと微笑んだ。


「アメリアどうしたの? この前はあんなにいい感じだったのに」


「う、うん。ちょっとね」


 私とリオネル様の間にあったことを上手く伝えられる気がしなくて、苦笑いで誤魔化す。


「あいつ、どっかで見たことあるんだよなー」


 ルパートがリオネル様が消えた方向を睨み付けながら唸っている。


「それはそうでしょ。だって彼、リオネル・ティンバー様だよ」


 さらっとネタバラシしてきたのはブレディだった。


「えっ、そうなの!?」


 ロレッタがびっくりしすぎたのか椅子からガタっと立ち上がる。


「あの王太女殿下のお気に入りの!?」


「お気に入り……」


 そう言われているのを知ったら、イルゼ様はすごく嫌がりそうだなと思った。


 信頼関係はありそうだから、あくまでもビジネスライクな関係性なんだろう。今までのやり取りから、そう推測している。


「アメリア、そんないい男捕まえちゃってこのこの~やるじゃない!」


 ロレッタが私の頬を拳でぐりぐりしてくる。ちょっと痛い。


「ご、誤解だって。捕まえてないし。私たちぜんぜんそんな感じじゃないから」


 彼女の攻撃から逃れつつ、大きく首を横に振る。


 リオネル様の名誉のために否定はしておいたけど、ロレッタとルパートは全然聞いていない。


「なんかあいつ、冷徹、冷酷、絶対零度! って感じだな」


「珍しくルパートと意見が合ったわね。氷剣の魔法使いとか呼ばれてるの、納得だわ」


 ロレッタがおおげさに両腕を抱いて寒いよー、というポーズを取った。


「氷なんて、そんなに冷たい人じゃない。……はずだよ」


 一見すると近寄りがたいし、『氷剣の魔法使い』なんてあだ名する気持ちはわからないでもない。でも実際は少し厳しいだけで、中身はすごく……。


 そっとざわつく胸に手をやった。今の私には、彼が優しい人だと、そう言いきることができない。


 何となく、秋風のように寂しい気持ちになった。


「リアは大丈夫? リオネル様と知り合いなの?」


 ブレディの目は、いつになく真剣そうに見えた。


「知り合いというか……その……」


 この関係性を何と表現していいかわからなくて言い淀む。


 ループ前の夫。

 『お友達』の部下。


 どちらも正しい私たちの関係性だけど、何かが違う。


 ふと思い出すのは、イルゼ様の手紙に返事を書いた時のこと。あの場の甘酸っぱくてくすぐったい空気に、ふさわしい言葉は――


(私の、片思い相手)


 結局のところ、それが私の心に一番近い表現だ。


 たった今避けた相手にそれはないだろうと呆れてしまうけれど、どんなに傷付いても、避けても、簡単には捨てられない大事な気持ちだ。


「アメリアは素直だなぁ~」


 ロレッタが隠し事が苦手な私の顔を覗き込む。


「リア、顔赤いよ。熱でもあるんじゃない?」


 さも心配してますよみたいな言い方のブレディだけど、顔がにやついている。わざとやってるんだろう。


「ブレディはちょっと黙ってて」


 きつめに言って幼なじみを睨む。


「あー! わかった。わかっちゃいましたよ俺。お前、あいつが好きなんだろ!!」


「ルパートばっっっっか! 大声でそんなこといわないの!」


 ルパートよりも大きな声でロレッタが叫ぶものだから、カフェテリアにいた生徒たちの視線がこちらに集中する。


「ふ、ふたりとも静かにして……」


 注目を集めている私の顔は真っ赤で、テーブルから視線が上げられない。


 視線の大半は好意的というか、「あのリオネル・ティンバーに恋してるとか剛の者だなあ」といった類いの生暖かい視線だったけれど、居たたまれなくて今すぐここから消え去りたい気持ちだった。




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