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27、たとえ貴方が


 思い出した記憶に思考を揺さぶられながらも、やっとのことで手紙の返事を完成させ、リオネル様に手渡す。彼は目を通してから、便箋に入れて封蝋でしっかり封印した。


「城に行く日は、私が迎えにくるから教会で待っていてくれ」


 リオネル様の言葉に、私は目を瞪った。


「お忙しいのに、来て頂けるんですか」


「ああ」


 短い肯定に、私は舞い上がりそうになる気持ちをぐっと抑える。


(もしかして、イルゼ様が迎えにいくよう頼んでくれたのかな……?)


 ひとりでお城を訪ねていくのにはかなり勇気が必要だなと思っていたので、リオネル様の申し出はとてもありがたい。


「では、また来る」


「ありがとうございます」


 リオネル様を見送るために、彼と一緒に外に出る。私たちの間に言葉はないけれど、ほんの少しだけ軟らかな、そう、一度目の結婚生活と似た空気を感じられて胸がいっばいになる。


 結婚していた時もこうやって、出勤していく彼を見送るのが日課だったから。


(それに、また会える)


 絶たれてしまったと思った繋がりを、今は確かに感じられる。それだけで不思議なくらい心が弾むのだから、現金なものだ。


 再会した後は他人みたいに接されたと、ひどく落ち込んでいたのに。


 教会前の広場には、何人か人が歩いていた。けれど誰も私たちには気を留めていない。それぞれ自分の目的地へ向かって歩いていく。


「あの……ティンバー様」


 人々に聞かれないように小声で、私はリオネル様に声をかける。


「前回ここで私と殿下が襲われたのは、殿下が狙われていたのですよね?」


 彼の雰囲気が剣呑なものに変わる。それが答えだろうと、私は当たりをつけた。


「殿下が心配ですから、あまり視察などに出歩かない方がいいのでは……と思うのです」


 イルゼ様を守り、事件を阻止するために、私が真っ先に考えたのはリオネル様を頼ることだった。


 二度目の人生とはいえ、私自身には特別な力なんてない。どうすれば事件を止められるかなんて、一市民である私には検討もつかない。


 でもリオネル様なら、止めることができる。


 そう判断して声をかけたのだけれど、リオネル様はぴりぴりした空気を崩さない。


「視察するのは、殿下ご自身の願いだ。私たちはお諌めすることができない」


 それに、とリオネル様は付け加える。


「言った筈だ。身分をわきまえろ。……必要以上に、あの方に近付くな」


 無感情に告げられた言葉。


 空気が凍る。

 心の奥底を、なにかが貫いた。


 

 近付くな。


 

 その言葉がどうしてか、私の耳に残響となってこだまする。


 冷たく言い放ったリオネル様は、私の返事も聞かずに背を向け、早足で歩き出す。


 その態度がまるで、自分がリオネル様に「近付くな」と言われたかのように思えてしまう。

 イルゼ様とのことだってわかっているのに、開いていく距離が埋められない。


(だって、イルゼ様がいなければ、)


 心の中で、伝えることができない気持ちを叫ぶ。


 ――私はどうやって、貴方に会えばいい?


「……」


 申し訳ありませんと、言ったつもりだった。

 こんなの、いつも通りだ。彼は不器用で言葉がきつくて、誤解されがちだけど、本当は、すごく……。


 けれど唇は全く動かない。何かを言われるのが怖い。もう一度拒絶の言葉を言われたら――私はもう、今度こそバラバラに砕け散って立ち直れない。


 そんな気がした。


 彼はそのまま振り向かずに去っていく。


 本当は、なんだというのだろう。 

 続く言葉はきっと、今はなんの意味もない。


 何も語らない背中を秋風と共に見送ってから、私はふらふらと教会に戻った。

 閉めた扉にもたれかかり、それでも立っていられずに、崩れるように床に座り込む。


(さっき、優しかったのは……なんだったの?)


 手紙に返事をしていたのはついさっきのことなのに、何年も昔のように感じた。収穫祭で踊ったことなんて、私に都合のいい夢だったと思えるくらい、遠い。


 また迎えに来ると。

 また会おうと。


 そんなものを一言でも言ってくれたら、きっと舞い上がって夢を見ていられた。さっきまでと同じふわふわした幸せな気持ちで、嬉しくて恥ずかしくて、でも嫌じゃなくて。


 あなたの「そういう」ところが好きですと、胸を張って言えたと思う。


 でも、リオネル様はなにも言ってくれなかった。

 ――近付くなと言った。


 そもそも、リオネル様は私との繋がりを望んでいない。

 わかっていたことだ。収穫祭の夜に、踊りながら線引きされていたのだから。


 私が勝手に期待して、勝手に傷付いているだけ。

 バカみたいだと思うのに、心の傷が埋まらない。埋められない。


 膝を抱えて、顔を伏せて。

 どれだけ過ごしていただろうか。


「リア」


 優しい声が上から降り注いで、それから私の隣に座り込んだ人がいた。


 私は顔を上げなかった。


「辛いこと、やめたいならやめてもいいんだよ」


 優しくて、あたたかい。それでいてひどく残酷な言葉だと思った。


(やめても、いい……)


 心の中で呟いてみる。

 やめたら、私はどうなるのだろう。教会の娘として奉仕活動をして、学園に通って、その後は?


 思い浮かぶのは、私に背を向けて去っていく大きな背中ばかりだった。


 彼が見えなくなるまでそこに留まっていた理由なんて、ひとつしかない。



 

 ――私はまだ、貴方に恋をしているから。



 

 私が顔を上げた時、もうそこに人の姿はなかった。


「ブレディ……ありがとう」


 少しぎくしゃくしていても、ちゃんと私を見ていてくれる彼に、心からの感謝を捧げた。


「私ね。まだ、やめたくない」


 学園で、ブレディが一生懸命勉強している。ロレッタとルパートがいつものようにいちゃついていて、それを私はすぐ近くで眺める――そんな何気ない光景が、心に焼き付いて離れない。


 だから私は立ち上がった。


(リオネル様の言うことは、真っ当だった)


 それには何の反論もない。


 今後ずっとイルゼ様が出歩かず隠れ暮らすことなどできないからだ。

 それに、一度目の人生では、イルゼ様は私が死ぬまで壮健だった。今回の学園での事件を含め、すべての襲撃者を撃退してきたのだろう。リオネル様もイルゼ様も、一流の魔法使いなのだから。


 けど、私は周囲の人たちへの影響を無視したくない。友達を守りたい。

 リオネル様がイルゼ様を守るように、私は私が守りたい人のために動く。


(私は……たとえ貴方がいなくても、やってみせます)


 そう、静かに決意した。




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