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26、封蝋された気持ち


 夢のような収穫祭から、数日後。

 教会に、またリオネル様が訪れていた。見覚えのある、可愛らしい手紙を携えて。


 私はリオネル様を教会に招き入れながら、内心ドキドキしていた。彼の姿を見ると、収穫祭で踊ったことがありありと甦る。


 ……だというのに、リオネル様はといえば、悔しいくらいいつも通りだった。


「君宛てだ」


 いつもの食堂にたどり着くと、彼はイルゼ様からの手紙を手渡してくれた。


「君に話があるそうだ。私には内緒だと厳命されているから、返事は手紙を書いてくれ」


 リオネル様には内緒。何となく、彼が知ったら頭を抱えるような内容なんだろうなと察してしまった。


 封蝋を開けると、中には見覚えのある丸文字が綴られていた。



『ごきげんよう。先日の収穫祭は楽しかったですね。ところで、アメリアさんがリオネルと踊っていたのを見てしまいました。あんな朴念仁のエスコートで大丈夫でしたか? 意地悪はされていませんか?』



 あの会場にイルゼ様もいたのだから当然といえば当然だけど、ばっちり見られていたらしい。

  

(うん、これはリオネル様には見せられない……)


 リオネル様のことを思いながらも、彼のことを見ないように手紙に視線を落とし続けた。返事には、とてもいい夜でしたって書こう。絶対。


 収穫祭の日、イルゼ様も誰かと踊っていたことを思い出す。あの相手が、イルゼ様の想い人なんだろうか。


 そんなことを思いながら、手紙の続きを読む。



『本題に入りますね。もう明日にでも公表されることと思いますが、来週、エインズワース魔法学園に視察に行く予定があります。アメリアさんは平民クラスなのですよね? 貴族クラスだけを見て回る予定になっていますが、わがままを言って平民クラスも見に行くつもりでいます』



(あれ? 私、イルゼ様に学園に通ってるなんて言ったっけ? それに何か、ひっかかるような……)


 なんだろう。言おうとしたことが直前で思い出せなくなるような、不快なもどかしさを覚えた。


 しかし、そんな些細な疑問は、次の一文を見た私の中から搔き消える。



『アメリアさんを見かけたら手を振りますから、振り返していただけると嬉しいです。あ、リオネルには内緒ですよ。平民クラスに行くと言ったら、わたくしも貴女も怒られてしまいますから』



(えぇ……手を振る!?)


 内緒とのことなので、叫びそうになった言葉をどうにかこうにか飲み込んだ。


 けれど驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになったところは、リオネル様にばっちり目撃されている。


「どうかしたか?」


 リオネル様の目は誤魔化せない。


「い、いえ……」


 椅子に座り直して、私は首を横に振る。


「殿下がまた無茶なことを要求したのか? それなら、私からお断りしておこう」


「だだだ大丈夫、です……」


 としか言えなかった。

 言ったら最後、リオネル様はお城に帰ってからイルゼ様と火花を散らすに違いないから。


「急いでお返事を用意しますね」


 私は羽ペンとインク壺を引き出しから出し、返信用にと同封されていた紙を机に広げた。


 それをじっとリオネル様が見下ろしてくる。眼差しの圧力に、記す文字が震えそうになる。

 気になるけど集中して、間違えないように、慎重に――


「君は」


「はい!?」


 突然声をかけられて、私の声が裏返る。

 幸い、手紙にインクが飛び散ったりインク壺を倒してしまったりはせずに済んで、ほっと安堵する。


「……そんなに驚かせるつもりはなかったんだが」


「すみません、緊張してしまって」


 想い人に見つめられるというのは、どうしたって緊張するんです。

 とは言えないので、理由は誤魔化す。


「やはり、私は威圧感があるか」


 王太女殿下にお手紙なんて恐れ多いし、などと解釈してくれればいいのに、リオネル様はそんなことを言い出した。


(威圧感があるの、気にしてるのかな?)


 イルゼ様付きという仕事上、周囲を緊張させる雰囲気を持っているのは重要なことだろう。

 否定も肯定もできずに困っていると、リオネル様はふいに廊下に面した扉に向かって歩き出した。


「私がいると集中できないようだし、出ていよう。終わったら呼んでくれ」


「あ……」


 気遣いは嬉しいけれど、もう少し一緒にいたい。

 それを去っていく背中に伝えることができないまま、彼を見送る。


 ドアノブに手を掛けたリオネル様が、ふいに私の方を振り向いた。


「君は、綺麗な字を書くのだなと思った」


 そんな言葉を残して、リオネル様は部屋を出ていく。

 ばたん、と扉が完全に閉じてから、私は椅子の背もたれに体を預ける。


(びっっっくりしたああ……)


 心臓の高鳴りが止まらない。これは緊張なのか、それとももっと別の感情なのか。


 両者の区別は難しい。


(なにあれずるい。ずるい……)


 この部屋に居座られなくて良かったと、心から思った。居座られていたら多分、秘めた気持ちなんて全部筒抜けになっていた。


 彼が出ていった扉に視線をやる。きっと扉の向こう側で、いつも通り直立不動で私を待っているに違いない。真剣に。物音一つ立てず。緊張してしまう私のために。


 そんなの、単純な私にとっては。


(嬉しい……!)


 赤く染まる頬に手をやりながら、返信を再開する。その筆はリオネル様が出ていく前よりも、遅々として進まなかった。


(日記ならさらさらっと書けるのに。その日に見聞きしたことを挙げて……)


 なんて心の中でぼやいた瞬間。


「……!!」


 唐突に、先程引っかかった理由を思い出した。


(イルゼ様の魔法学園視察……襲撃される事件が起きる!)


 思い出したそれを皮切りに、次々と一度目の人生の記憶が甦ってくる。


 秋の終わり。王子派の学生による襲撃。

 犯人の魔法が暴走して、それで――


(イルゼ様はリオネル様が守って無事だった……けど確か、何人か学生に死傷者が出たって)


 被害者は私のクラスメイトではなかった。けど、学園内ですれ違ったことがあるかもしれない人が犠牲になったと知り、病室で胸を痛めたことを思い出す。

 

 ぞわりと背筋が寒くなる。

 

 もしかして、このままだと、二度目のこの世界でも事件が起こる……?


(思い出して)


 返信のことは一端横に置いておき、必死に過去の記憶を探る。


「王子派は、確か……イルゼ様のお兄さんを王にしたい人たち、だっけ」


 一度目の時、リオネル様からちらりと聞いたことがあった。


 彼らの目的は一つ。失脚した第一王子殿下を、王太子にすること。そのためにお世継ぎのイルゼ様を弑そうとしている。

 イルゼ様を排除すれば、幽閉はされたが継承権を失っていない兄王子に王位が転がり込んでくる。そういう目論見らしい。


(だから、イルゼ様は今も狙われている)


 初めて会った時の襲撃を思い出す。確か男たちは、イルゼ様を『姫』と呼び、正体を知っているような口振りだった。


 きっと今後も、同じように狙われる。

 今回は、学園で誰かが被害に遭うのだ。


(止めなきゃ)


 少しのことで運命は変わる。変えられる。


 イルゼ様を守りたい。それに、もしも今回、事件に巻き込まれる学生がブレディやロレッタやルパートに変わってしまったら――そう思ったら、居ても立ってもいられなかった。



 

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