23、違わない
真っ先に反応したのはリオネル様だった。
彼は誰よりも早く、迷いなく、音の発生源――広場の北側に向かって走っていく。
その姿を目で追った瞬間、すぐに彼が動いた理由を悟った。
「マリー! ミーナ!!」
広場の北、観覧用に建てられた簡素な木造の塔の上に、ふたりの姿があった。
先ほどの突風で柱の1本が折れてしまったらしく、二人がいる足場が斜めに傾いている。何とか手すりに捕まって耐えている状態だ。
ふたりとも膝が震えており、今にも滑り落ちてしまいそうだった。
(もう一度風が吹いたら――)
最悪の想像に、さっと血の気が引いた。
いてもたってもいられなくなり、私はその場を店員さんに任せてリオネル様を追った。
「お姉ちゃん!」
走る私を見つけたミーナが、泣きそうな声で呼び掛けてくる。
私は咄嗟に杖を取り出した。落下の瞬間に防御魔法をピンポイントでかけられれば、ふたりを助けることができるはず。
以前の私だったら、自信がもてずにまごついていたかもしれない。だけど、今は違う。人生をやり直せるのはきっと一度だけ。もう誰も、何も、失いたくない……!
近寄りながら魔法をかけるタイミングを見計らっていた時、リオネル様が私の気配に気付いたのか、振り向く。
「来たのか」
素っ気ない一言。私はまっすぐ、リオネル様を見つめ返した。氷のように冷静な瞳に、驚きの感情がほんの僅かに滲んでいる。
「はい。私の大切な人たちだから、協力させて下さい。ふたりが落下しそうになったら、防御魔法で衝撃を緩和させられると思います」
「わかった。ただし、無茶はするな。私は塔を魔法で支えて、ふたりが落下せずに降りれるようにしよう。万が一の時は、君がふたりを助けるんだ」
「はい!」
私の返事を聞いてから、リオネル様が地属性の魔法を詠唱した。
彼の祈りに応えるように、建物に絡み付いていた蔦たちが音もなく急成長を始めた。育った蔦たちは傾いた観覧塔へ、その太い枝をするりと伸ばす。
間近で行使される大規模な魔法に、広場で事態を見守っていた人々が息を飲む。
蔦は四方から観覧塔に巻き付き、これ以上崩れないようにしっかりと支えてくれている。
風が吹いてもびくともしない。周囲から歓声があがった。
「梯子まで、移動できそう?」
私はなるべく優しくふたりに声をかける。
それで落ち着きを取り戻したのか、ミーナは指示に従って足を少しだけ動かそうとした。塔は傾いたままだから、無理に動くとバランスを崩して転落してしまいそうだ。
私はいつでも魔法を発動できるように、杖を構えてじっと待つ。
「だ、だめ! 落っこちちゃいそう……」
「わかった。少しだけ耐えてくれ」
リオネル様はもう一度地属性の詠唱を行う。最初の蔦の魔法は維持したままだ。
その技量も魔力量も規格外。広場の人々も、王宮魔法使いたちも、詠唱をするリオネル様へ羨望の眼差しを向けている。
(本当に、すごい人――)
知っていたつもりだったけど、改めてその事実を確認する。
リオネル様は新たに蔦を伸ばし、網の目状に編み込んでいく。蔦のネットが十分に成長したところで、ふたりの足元にそれを伸ばした。
「移れそうか?」
マリーの目がネットを確認し、それから不安げにこちらを見た。
大丈夫、という思いを込めて私がはっきり頷くと、マリーは頷き返し、一度深呼吸をしてからネットに向かって飛び移った。
不自然な格好で着地したマリーを、蔦はたわむことで優しく受け止めてくれる。
ミーナは怖いのか、まだ私たちとネットを順に見て、不安そうな表情を浮かべた。
「大丈夫。絶対、助けるからね」
私が優しく声をかけると、ミーナは小さく頷く。彼女の瞳が蔦のネットを捉え、姿勢を整えたその瞬間、再び強風がうなりを上げて襲いかかった。
リオネル様が支える塔はびくともしない。けれど――
「きゃっ!」
幼い少女は風に煽られてバランスを崩し、手すりを離してしまった。ネットの外側へ、ミーナの体が落ちていく。
広場に人々の悲鳴が満ちる。
風の音も悲鳴も、やけに遠く感じた。
「ミーナっ!!」
無我夢中で、私は準備していた魔法を放った。広場に金色の光が満ち、ミーナの体を覆う。
全力で魔法を維持する私の隣で、リオネル様も杖を振るう。一陣の風が吹き抜け、強い上昇気流を生み出した。
ミーナの落下速度がほんの僅かに減速する。防御魔法を纏ったまま、風に支えられた少女は石畳に着地した。
「大丈夫!?」
魔法を解除した私が駆け寄って声をかけると、ミーナは目を丸くしていた。
「あたし、落っこちたのに平気……」
「うん。ティンバー様がね、助けてくれたんだよ」
私はミーナの小さな手を取ってぎゅっと握りしめた。どこにも怪我がないことを確認し、安堵のため息を漏らす。
「それは違う。君の魔法がなければ、彼女は怪我をしていただろう」
足音がして振り向くと、リオネル様がすぐ背後に立っていた。
「アメリア。よくやった」
短い言葉。けれど、それを言った人の表情は、いつになく温かみがあるように見えた。
蔦から降りたマリーも、彼の近くに控えている。
「いいえ、リオネル様のおかげです。ありがとうございました……!」
私とマリーは深く頭を下げた。
「お兄ちゃんありがとう! お姉ちゃんも!」
隣でミーナが私の真似をして、私とリオネル様に一回ずつ頭を下げている。
「無事ならいい」
リオネル様は素っ気ない言葉と態度なのに、柔らかな表情でミーナを見つめている。
(冷たいって思われがちだけど、本当は責任感が強くて優しい人、なんだよね)
そういうところが、また好きだなと思う。
広場を去っていくマリーたちの背中を見送りながら、私は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
(本当に、無事で良かった)
リオネル様がいなければ、どうなっていたかわからない。
その立役者は、蔦で繋ぎ止められた観覧塔を下から見上げていた。
リオネル様の部下たちが近寄ってきて、半壊した塔を魔法で少しずつ分解していく。
ある程度分解され、倒壊の危険がなくなったところで、リオネル様は蔦の魔法を解除した。
あれだけの魔法を使っても、呼吸ひとつ乱していない。
「それで」
リオネル様が振り向き、私に視線を投げてきた。凪いでいて、すべてを見透かすような瞳だった。
「君はさっき何を言いかけた?」
「えっ!?」
予想外の一言に、私はすっとんきょうな声を上げてしまう。
「……お、覚えてたんですか……」
そんな些細なことを、覚えてくれていた。嬉しさもあって、鼓動が加速する。
「覚えている。それで?」
リオネル様に淡々と詰問され、尋問を受けているような緊張感が漂う。
あのままの勢いで言ってしまえればよかったのに、改めて誘うとなるとかなりハードルが高い。
頭も心臓も爆発寸前だった。指先まで、体のすべてが熱い。
なんて誘ったらいいか全然わからなくて、でもリオネル様がじっとこちらを見ているから引くに引けない。
何か、言わなきゃ――
真っ白な頭で、言葉をひねり出す。
「わっ、私と……ワルツして下さいっ」
柔らかな風が、私と彼の間を抜けていく。
「……ダンスか?」
「あ、違っ……いや、違わない、です」
しどろもどろに答える。リオネル様は頷いた。
「分かった」
自分の大失態に意識がもっていかれていて、彼の言葉を飲み込むまでに数秒の時間が必要だった。
(ダンス……わかった……!? わかったって言った!?)
心の中で何度か反芻する。ようやく意味を飲み込めた頃にはもう、リオネル様は王宮魔法使いたちと一緒にこちらに背を向け、塔の片付けを始めていた。
その後ろ姿を見ながら。
(一緒に、踊れる……!)
事実を噛み締めて、私の心臓は高鳴りっぱなしだった。




