21、思いがけないお客様
収穫祭当日。
風は強いけれど、秋らしい爽やかな晴天に恵まれた。
「いらっしゃいませー!」
私はランドール魔法道具店の前に立ち、声を張り上げていた。
店の前にはテーブルが設置され、手持ち式の魔法のランタンから、子供向けのキラキラ光るだけのおもちゃまで、ありとあらゆるものがサンプルとして陳列されている。
行き交う人々に声をかけ、手にとってもらえるようにするのが今日の仕事だ。
「そうそう! いい感じ」
ロレッタが親指を立ててハンドサインを送ってくれた。
彼女は店員さんと共に、商品説明に実演にと忙しそうにし
ている。
私は専門的なことは担当できないので、その辺はロレッタたちに任せきりになってしまう。代わりに、その他もろもろの雑用は私の担当だった。
「アメリア様、結界石が品切れになりそうです。倉庫から商品を取ってきて頂いていいでしょうか?」
店内担当の店員に声をかけられ、快く頷く。倉庫から商品が詰まった木箱を店舗まで運んでくる頃には、全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
「お店って大変だけど楽しいね」
汗を拭いながらロレッタに話しかけると、でしょ?と笑ってくれた。
「学園出たらうちで働くのはどう?」
「お給料たくさんくれるなら考えとく」
軽口を交わしたその時、店内から出てきた裕福そうなお客さんが、たくさんの商品を抱えているのが目に入った。
さっき私が倉庫から運んだ結界石を含めて、そのほとんどが、魔法から身を守る用途に使う護身用の道具だ。
「護身用品の売れ行きがいいのかな?」
何気なく放った言葉で、ロレッタの表情が曇った。
「最近、貴族街の治安が悪くなってるみたいよ?」
「それで護身用の道具が売れてるんだね……。貴族街だから関係ないとはいえ、ちょっと怖いね」
「うん。うちとしては商品が売れて助かるけど、本当なら早く何とかして欲しいよね」
ロレッタはため息と共に、ちらりと広場の中心に目線をやった。そこには王宮魔法使いが何人かいて、広場を警備している。
リオネル様はいない。それを確認して、私もこっそり息を吐き出す。
「そうだ。アメリアもひとつ持ってってよ。今日の報酬代わりにして」
「え、でもお給料も貰っちゃってるのに……」
「いいのいいの。私が作ったやつだし」
ロレッタは言いながら私に近付き、手に小さなものを握らせてきた。片手で握ってちょうど足りるくらいの大きさで、黒くてつるりとした球体だ。
「閃光玉だよ~威力は0だけど、衝撃を与えれば強い光が出るから、不審者から逃げるのに使って」
「うん、ありがとう」
受け取って、ポケットにしまう。小さくて軽いし、いつも持ち歩くようにしようと思った。
「お姉ちゃーん!」
聞き覚えのある声がした。続いて、腰のあたりにがしっと抱きつかれる。
「ミーナ!」
名前を呼ぶと、女の子は私から離れてえへへ、と笑った。
「アメリア。お手伝いは順調ですか?」
ミーナの後ろから、教会の子供たちを連れたシスター・マリーがゆっくり歩いてくる。
「はい、ありがとうございます。みんなで遊びに来てくれたんですね」
私とマリーが話している間に、子供たちはロレッタのところにわらわらと群がっていた。
「ねえねえ、これおもしろーい!」
魔力を籠めると光る杖のおもちゃを握りしめて、ミーナがはしゃいでいる。
「あ、それで良ければ持ってっていいよ」
ロレッタが優しい顔で言って、杖を戻そうとしたミーナを止めている。
「え? でもあたしお金ないよ?」
「いいのいいの。試作品だから、お店の商品じゃないのよ。だから持っていって」
ロレッタの言葉に、ミーナの顔がぱっと明るくなった。
「わーい、ありがとう!」
ミーナは嬉しそうに子供たちの所に持っていって、みんなで順番に杖を振っている。それを、引率のシスターたちが微笑みながら見守っていた。
「ありがとうございます」
マリーが頭を下げる。
「こちらこそ、アメリアを借りちゃってますから」
ロレッタもぺこぺこと頭を下げて、それからふたりで笑いあっていた。
教会のみんなと入れ違いになる形で、ブレディとルパートがふらっとやってきた。ブレディの人目を惹く立ち姿と、ルパートの燃えるような髪は、人混みの中でもよく目立つ。
「おはよう。リア、店員が様になってるんじゃない?」
ブレディは爽やかにそう言ってくれた。
「だといいけどね……結構、知らない人に声かけるのって、恥ずかしいよ」
私は幼なじみに笑顔を見せる。
「おは……っ!」
ルパートはといえば、ロレッタを見て、正確には髪型を見て、石のように固まってしまった。挨拶をしようとしたところだったのか、口が開きっぱなしになっている。
「おはようルパート。今日のロレッタ、どう?」
私がニコニコしながら聞くと、ルパートはガチガチのまま、ぎこちなくロレッタから目を逸らした。
えー、とかあー、とか言って狼狽えている時間が、少し続く。煮え切らない態度に、隣にいるブレディが吹き出した。
「いっ……いいんじゃねーの。その髪」
長考の末に出てきたその言葉に、ロレッタの頬がほんのり色付く。私は硬直している彼女を促すように、肘でつんつんと小突いた。
ロレッタはスカートの裾をぎゅっと握りしめる。
「あ、あのねルパート。アメリアが手伝ってくれてるから、ちょっとだけなら、その……」
(うんうん)
私は仕事に戻りつつ、ロレッタの発言に耳を傾ける。
「お祭り。一緒に、行ってあげてもいいわよ……?」
ロレッタの精一杯のお誘いに、ルパートはまた石化していた。ロレッタも下を向いてそわそわしている。
「……」
沈黙が少し続いてから、ルパートはぎこちなく頷いた。
「じゃ、じゃあ、準備してこいよ。あっちで待ってるから」
そう言い残して、ルパートは返事も待たずに広場の真ん中にある噴水まで全速力で走っていった。
すれ違いざまに、彼の顔がこれ以上ないくらいにやついていたのが、はっきりと見えた。
「おめでとう! よかったね」
私は思わずロレッタの手を取って、ぶんぶんと上下に振った。ブレディも拍手をしながら、微笑ましそうにロレッタを見ている。
「あ、ありがとう……ふたりとも」
ロレッタは恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑ってくれた。
ルパートが去ったのを見計らって、店員さんたちがロレッタのところに駆け寄ってくる。
「やりましたねお嬢様! あとはダンスのお誘いも忘れてはだめですよ?」
「デートに最適なプランはもう考えましたか? 吊り橋効果が期待できるスポットも取り入れるのが良いと思います」
「今時、殿方に任せるだけじゃだめですよお嬢様。男は上手に手玉に取らなくては」
店員たちがアドバイス(?)を次々に繰り出すものだから、私は呆気にとられてしまった。
「もうっ! デートじゃないし余計なことは言わなくていいの!」
ロレッタが顔を赤くして叫ぶと、3人はぴたりと口を閉じる。照れる彼女を、大切なものを慈しむように見つめながら。
「……えっと。準備してくる。アメリア、あとお願いね」
「うん、任せて」
走って家へ向かうロレッタの背に、手を振った。
「まったく、ふたりとも素直じゃないんだから」
一緒に回っていたルパートに置き去りにされたブレディが、そんな風にぼやいた。
「俺ももう少し回ろうかな。リア、頑張ってね」
ブレディは私に声援を残して去っていく。……彼がルパートと一緒にここに来たのは、もしかしたら面倒臭い少年をロレッタの前に連れてくるためだったのかもしれない。
ロレッタがルパートと出掛けたのを見守ってから、私たちは仕事を再開する。
ロレッタがいないので店頭に立つ人数が減り、私もお客さんから話しかけられることが増えた。
正直、学園を卒業した後の事は考えていなかった私は、さっきのロレッタの冗談に対して――
(こういうのも、悪くないかも)
なんて思っていた。
「少しよろしいでしょうか?」
お客さんに声をかけられて、ふと現実に引き戻される。
「あ、はーい」
対応しようと振り向いた私の目の前にいたのは、ライラック色の瞳を持つ、フードを目深に被った少女。
意識が、吸い寄せられるように少女へと向かう。美しい顔立ちをした彼女が、にこっと微笑む。
「イっ……」
咄嗟に名前を呼びかけ、慌てて言葉を飲み込む。
(イルゼ様がなんでここに!?)
心の中で叫びながら、ちらりと彼女の背後に視線をやる。
予想通り、そこには渋い顔をした想い人の姿があった。




