20、お泊まり女子会
収穫祭前日。
私は約束通り、ロレッタの家にお邪魔していた。
「いらっしゃい、アメリアさん。いつもロレッタがお世話になっているようだね。この子ときたら、帰ってくれば君の話ばかりするんだよ」
「父様、余計なこと言わなくていいから」
恰幅が良く、少し接しただけでもロレッタを溺愛しているとわかるお父さん。
「そうそう。今日もアメリアさんが来るからって朝からそわそわしていたんですよ。これからも仲良くしてあげて下さいね」
「母様まで! もう、やめてってば」
優しく控えめで、やっぱりロレッタを大事にしているお母さん。
温かいご家族と一緒に夕食を頂いて、湯浴みをして、寝間着に着替える頃には、緊張なんてすっかり忘れてしまっていた。
ロレッタの部屋はお屋敷の2階にある。当たり前だけど教会の私の部屋よりもずっと広く、ベッドは4人くらい同時に寝られそうなサイズだ。
本棚には商業に関する本がずらっと並んでいる。明るく華やかな一面が目立つけど、陰で人一倍努力しているロレッタらしい。
「おー! アメリア可愛い! 清楚!」
ロレッタは私の頭からつま先まで、じっくりゆっくり眺めてから、黄色い歓声をあげた。
私は生成りの寝間着を着ていた。七分丈のワンピース。袖口に小さなレースがついていて、ゆったりした作りになっている。
対するロレッタが着ているのは、足首まで丈のあるパステルグリーンのネグリジェだ。胸元のリボンと薄い布地が、彼女の女性らしい体つきを引き立てている。
「ロレッタこそ可愛いし、すごく似合ってるよ」
「でしょ? 商人の娘は見た目にも投資するんです。見た目で与える第一印象って結構大事よ?」
ロレッタは胸を張って言い、すぐに私の周りをぐるりと回る。全身をじっくり検分するその目つきは商人のそれだ。
「アメリアの清楚さはそのままに、もっと可愛くできそうかな……。あ、いいこと考えた。次のアメリアの誕生日に、私が選べばいいわね。はい決まり~」
「選ぶってなにを!?」
「そりゃアレよ。ヒラヒラ~、フリフリ~、クラッときちゃう寝間着よ」
「クラッはいらないよ!?」
勝手に脳内に浮かんでしまうとある男性の顔を、あわてて振り払った。見せる予定も全然、全く、これっぽっちも、ないというのに。
無駄に焦る私を、ロレッタは面白そうに眺めている。
「そんな冗談はともかく、座って座って」
ロレッタに勧められるまま、ふかふかなソファに座った。目の前のテーブルにはティーセットと、三段のケーキスタンド。スタンドにはお菓子が並んでいる。
「やっぱさ、女子会にはお菓子が必須でしょ?」
なんて言いながら、ロレッタが焼き菓子を口に放り込んだ。
「うわ、これ美味しい! めちゃくちゃ太りそうだけど」
ぼやきつつ、ロレッタが2枚目に手を伸ばす。私も1枚食べてみたら、バターの風味と適度な甘さが口いっぱいに広がった。おまけに一口サイズで食べやすい。うっかり次々食べてしまう気持ちがわかる気がした。
「今日1日くらいなら大丈夫だよ……多分」
「そうよね、今日だけ今日だけ~」
なんて、お互いに言い聞かせながらお菓子に手を伸ばす。動いた拍子に、ロレッタの肩口から髪が一房さらりとこぼれて、胸のあたりにかかった。
それが何となく普段のロレッタと違って見えて、私は何度か瞬きをした。
「髪、そんなに長かったんだ」
「ん? あー、普段はポニーテールだからそう感じるのかもね」
「下ろすと雰囲気変わるね。大人っぽい」
指摘すると、クッキーを頬張っていたロレッタの顔がほんの少しだけ赤くなる。
「……ここだけの話、私、髪を結うのがすごく苦手で、自分じゃポニーテールしかできないの」
「そうなの? 似合ってるし、好きでやってるんだと思ってた」
ロレッタはお菓子に手を出す手をぴたりと止めた。視線を泳がせて、もじもじしている。
「ほんとはね、もっと大人っぽい髪型にしてみたい気持ちもあるの。でもきっと似合わないし、今さら恥ずかしいし……」
ロレッタの声はしょんぼりと沈んでいる。友人のそんな姿に、いてもたってもいられなくなった。
「似合わないなんて、そんなことない。私がやってみてもいい?」
「え? うん」
手拭いで手についた汚れをさっと落としてから、ふたりでドレッサーの前へ移動する。
ロレッタの豊かな金の髪は、サラサラのストレートだ。私は癖が強い髪質だから、羨ましく思ってしまう。
両サイドの髪をくるくると捻りながら後ろに回し、簡単なハーフアップを作っていく。
「アメリアは髪結うの得意なの?」
「得意というか、子供たちにやってたら自然にね」
子供たちはお姫様みたいにしてとか何とか、とにかく注文が多い。それに対応していたら、自然とできるようになっていた。
「終わったよ。どう?」
ロレッタは首を動かして、自分の髪を確認する。後頭部でふんわりと纏められたハーフアップを目にして、彼女の顔がぱっと輝いた。
「わ……可愛いし大人っぽい。ねえ、これ簡単にできる?」
「もちろん。私の髪でやってみる?」
ロレッタが頷いたので、場所を交代する。
私の髪はちょっと癖があるのでやりにくそうだったけど、彼女は丁寧に時間をかけて、何とか完成させた。
「できたー!」
「おめでとう。あとは自分の髪で練習あるのみだね」
「うん。頑張る」
ロレッタは小さく握り拳を作った。
「そうだ。明日の朝は私が結おうか? ギャップで意中の人がクラッ、としちゃうようなやつ」
先ほどのフレーズを引用したら、途端に友人の顔はリンゴみたいに真っ赤になった。
「アメリアの意地悪」
ロレッタが赤い顔のまま唇を尖らせるので、笑ってしまった。
ふたりでソファに戻って、お茶とお菓子を頂く。
「なんかね」
紅茶を飲んでいたロレッタが、ぽつりと呟く。
「幼なじみって難しい、よね」
カップを持つ手が少し震えていて、紅茶に波紋が生まれている。笑っているような、それでいて悲しんでいるような、色々な気持ちが混ざった笑顔だった。
「ロレッタ……」
跳ねっかえりな彼女が素直に言ってくれるのが予想外で、何と返したものか迷う。
「アメリアはさ、ブレディと何もないって言ってたじゃない? 私たちもそうなの。何もないし、何も変わらない」
ロレッタの言いたいことは、わかるような気がした。
「喧嘩してちょっとぎくしゃくしても、次の日になれば自然に元通りになってるみたいな?」
「そう。気心の知れた友達って言えば聞こえはいいけど、そこから先に進めないのよ」
ロレッタがカップに視線を落とす。
「私は子供の頃からずっと好きだったのに、向こうはちっとも気付いてくれないし」
「うん」
相手の気持ちに気付いていないのはロレッタも一緒だけど、それを指摘するのは野暮なので黙っておく。
「このままずっと気付かれなかったらどうしよう。自分から告白するのも、多分素直になれなくて無理。アメリアだから言えるの」
「ロレッタ……」
その言葉が嬉しくて、僅かにロレッタに体を寄せた。
「ね、どうしたらいいと思う?」
ロレッタがこちらを向いた。綺麗な若草色の瞳が縋るように私を見つめていて、まるで迷子になった子供のようだと思う。
「うーん……」
返答に悩んだ。
何せ花嫁経験があるとはいえ、私の恋愛経験値はほとんど0に等しい。的確なアドバイスができるかはとても不安だけど、いつも明るい友達が悩みを打ち明けてくれたのだ。それにできる限りの応えたいと思う。
悩んで悩んで、ふと思いついた。
「……ダンス」
「え?」
「ダンスだよ。収穫祭の終わりに、楽団の人がワルツを弾いてくれてみんなで踊るでしょ? それに誘うのはどうかな」
それは収穫祭当日、日が落ちた後で開催されるイベントだ。格式高い舞踏会と違って、何か決まりがあるわけでもない。友達や家族と自由に踊って楽しむためのものだから、愛の告白をするより、ずっと簡単に誘える。
そしてもちろん、男女ペアで踊れば物理的な距離が近くなるわけだし、当然相手のことを意識する。
ロレッタみたいな恥ずかしがり屋さんにはうってつけのイベントだと思う。
「ワルツ……」
ロレッタが呟く。それから少し間があった。頭の中で場面の想像しているのかもしれない。
「………………う、うん。そうして、みる」
彼女は俯いたまま、消え入りそうな声で言う。
小さな勇気を振り絞って決断したその様がいじらしくて可愛くて、私はロレッタの手をぎゅっと握った。
彼女は心を落ち着けるように、ひとつ深呼吸をした。
「じゃあさ」
ロレッタがぽつりと言う。
「代わりにアメリアも、ちゃんとお相手の人に会えたらダンスに誘ってね?」
「え!?」
思わぬ反撃にたじろぐ。ロレッタは顔を上げて、にやっと笑った。すっかりいつも通りの彼女に戻っている。
身を引こうとしたけど、手ががっちり捕まれていた。力が強くて簡単には振りほどけず、じりじりと迫る友人から逃げる道がない。形勢は一瞬で逆転されていた。
「そりゃそうよ。アメリアってば、放っておけば『彼は忙しそうだから~』とか何とか言い訳して誘いもしないでしょ」
「うっ……」
図星だ。どこにも否定の余地がない。一度目だって、夫に「収穫祭に一緒に行きたい」なんて我儘、言うことはできなかった。迷惑をかけたくなかった。物わかりの良い妻でいたかった……。
「私に発破をかけてくれたのに、自分はしないのはフェアじゃないでしょ?」
「ロレッタ……」
彼女の言葉に、勇気がもらえた気がした。
せっかく再会できて、接点もできたのだ。彼が仕事中でないのなら、誘いたい。今の私たちはただの知り合いだ、きっと断られてしまうけれど……それでも、万が一の可能性にかけてみたい。
ロレッタは私の目の色が変わったのを見て、うんうんと頷く。
「アメリアには当たって砕けろの精神くらいがちょうどいいんじゃない?」
「砕けたくないよ!?」
この場合の砕けるは、断られるということではないだろうか。
「あ、そっか。じゃあ当たって勝利をもぎ取れ?」
ロレッタの言葉に思わず吹き出してしまった。
「なにそれ」
「いいでしょ。私もアメリアも明日は勝つ! ね?」
先ほどのしおらしさは完全に息を潜め、いつも通りのロレッタに戻っていた。
「うん、わかった」
「約束ね。そうと決まれば、明日の戦いのために、今日はめいっぱい食べてやるっ」
ロレッタが明るく言って、次のお菓子に手を伸ばす。私も同時に同じお菓子に手を伸ばして、指先がぶつかった。それがなんだか可笑しくて、ふたりで笑い合う。
「そういえばさ、アメリア踊れるの?」
「………………。踊れない、かも。やったことないよ」
「だと思った。私、ちょっとならわかるから教えてあげる! はいこっち来て。ここに手を添えて……」
「え、こんなに距離近いの!?」
「近くてドキドキするでしょ~? 基本的には男性側を信じて身を任せれば大丈夫よ」
「わ、わかった……足踏んだらごめん」
「今のうちにいっぱい踏んでおいて。本番で失敗しないようにね」
そんな風にして、賑やかで楽しい夜は更けていく。
明日がほんの少し怖くて、それ以上に楽しみだった。




