19、貴方と過ごす収穫祭
秋の終わり、王都では収穫祭が開かれる。
広場に出店が立ち並び、各地の伝統料理が振る舞われ、中にはアクセサリーなどの工芸品を売る店も出る。観光客も多く訪れる一大イベントだ。
この期間は学園も休みになり、多くの学生は友人や恋人、家族と祭りに出かける。特に友人以上恋人未満の男女にとっては、デートに誘う口実にうってつけのイベントという意味を持つ。
そのため、少し前から学園内はそわそわする学生たちで溢れ返っている。そこかしこに甘い雰囲気、もしくは誘う相手がいなくて嘆き悲しむ怨嗟の声が漂っている。
なのに。
「ごめんアメリア! 先帰るねっ」
この時期、ロレッタは毎年忙しそうだった。
普段なら授業の後、少しみんなでおしゃべりしてからのんびり帰る。けれど、ここ数日のロレッタは教本などを急いで鞄に詰め込むと、挨拶もそこそこに教室を文字通り飛び出していってしまう。
「また明日ね!」
バンっと勢いよく閉まったドアに向けて叫んだけど、声が届いたかはわからない。
「あいつ、ほんっと忙しないなー」
ルパートはロレッタが出ていったドアを眺めながら、座っていた椅子を後ろに傾け、斜めにしてぐらぐらと揺れている。
「まあ、収穫祭があるから商家は忙しいよね」
ブレディが言いながら、ルパートの椅子の背を押して真っ直ぐに戻させた。
ロレッタの家は、魔法道具の開発、販売などで有名なランドール商会を営んでいる。収穫祭を控えたこの時期は当然忙しく、彼女も家業の手伝いに駆り出されているらしい。
「それはわかってるけどさー」
ルパートは収穫祭の話で盛り上がっているクラスメイトたちを見て、苦々しい顔をしている。
「寂しいね?」
「はあ!? そそそんなことあるわけねーだろっ。ロレッタのことなんか考えてねーし!」
ニヤニヤしているブレディに、ルパートが顔を真っ赤にして食って掛かった。語るに落ちるとはこのことである。
賑やかな二人を眺めていた私は、ふとロレッタが座っていた机の下に、ペンケースが落ちているのを見つけた。彼女がいつも持ち歩いているものに似ている。
手を伸ばして拾いあげた。
「ロレッタのかな?」
確認するために、そっと箱を開ける。白い羽に柊の細工がされた美しい意匠のペンは、ロレッタが普段使っているものに間違いないだろう。
「そうだね。届けた方がいいかな」
ブレディの言葉に、私はちらりとルパートの様子を伺った。ルパートが届けに行けばロレッタと話す口実になるかな? と思ったけれど、ルパートは未だに顔を赤くしてブレディを睨んでいる。
(今お節介したら私も怒られそう……)
そう思い、自分で届けることにして、鞄にペンケースをしまった。
「私、帰りにロレッタの家に寄って届けてくるよ」
「うん、お願い。また教会でね」
ブレディに見送られて、私は席を立った。
*
ロレッタの家は王城や貴族街にほど近い一等地にある。大通りを歩くと、収穫祭の準備が着々と進められているのがよくわかった。
花のリースで彩られた街灯。あちこちに飾られたカボチャの置物。色とりどりのガーランドが通りを横断するように吊られている。
人通りもいつもよりも多く、王都全体が活気付いているようだった。
広場にさしかかった所で、あるものを見つけて足を止める。そこに飾られている一際目立つ花冠と荷車や、収穫祭のために組まれた観覧用の木造の塔――ではなく、黒いローブをまとった集団だった。
より具体的に言うなら、彼らの先頭に立ち、指示を出しているであろう長身の男、だ。その姿を認識して、心臓が跳ねる。
(リオネル様)
心の中で呼び掛ける。
若くしてあれだけ多くの部下がいるなんて。彼の仕事人間ぶりを改めて目の当たりにして、圧倒された。
人々は王宮魔法使いたちの邪魔をしないよう、遠巻きに眺めている。だから広場の真ん中だけ穴が空いたように、人がいない空間が生まれていた。
ここからだと遠くて声は聞こえない。けれど、身振り手振りから、収穫祭当日の打ち合わせをしているのだろうと思われた。
収穫祭では毎年王宮魔法使いたちも警備に駆り出される。だから私は一度目の時、夫とお祭りを見て回ったことがなかった。
――今思うと、寂しい。
何とはなしに魔法使いたちを眺めていたら、ふいにリオネル様がこちらを見た。
広場には大勢の人がいるのに、その視線は真っ直ぐに私を貫く。
「あ……」
息を呑んだ。
少し話しただけの少女の顔など、忘れてしまっているかもしれないと思っていた。おまけにこの雑踏だ、人ひとりを見つけることは簡単じゃない。
なのに、どうして。
距離があるから、表情はうまく読み取れない。けれど不思議と、いつもの氷のような雰囲気は薄れているように感じられた。
ぺこりと頭を下げる。リオネル様はそれに応えるように、軽く手を上げて合図をくれた。
「!」
次の瞬間には、その視線は魔法使いたちの元に戻ってしまったけれど、小さな仕草がたまらなく――
(嬉しい)
咄嗟に手で口を覆った。
唇の端が緩んでしまうのは隠せても、ロレッタの家に向かう足取りの軽さは隠せない。
ふわふわした気持ちのまま、私は広場から伸びる通りの一つに入る。そうすれば、目的地はもうすぐそこだ。
ロレッタの家は貴族街の手前に建つお屋敷で、家だけで私が暮らす教会よりもずっと広い。その他に門扉付きの庭、ちょっとした離れ、広場に面した店舗などが敷地内にあるものだから、私からすれば貴族とあまり変わらないんじゃないか? とさえ思う。
前にも来たことがあるけど、立派な門構えにドアベルを鳴らすのを躊躇してしまう。
(いきます)
まごまごしていても始まらない。意を決してドアベルを鳴らした。お手伝いさんが出たので、ロレッタの友人で忘れ物を届けに来た旨を伝える。
すると応接室のような場所に通され、お茶まで出されてしまった。ロレッタにペンケースを渡してくれればそれで良かったんだけど。
少しして、制服から私服に着替えたロレッタが応接室に来てくれた。
「アメリアありがとう~!」
場違いさに居心地の悪い思いをしていた私は、友人の登場にほっと胸を撫で下ろした。
「ごめんね、忙しいのに」
そう言いながら、鞄から忘れ物を取り出してロレッタに渡す。
「ごめんはこっちの台詞。収穫祭の前だし、商人はやること多くて」
笑いながらそう呟いたロレッタの顔に、ほんの僅かに影が差している。
(もしかして、ロレッタも本当は友達と……ルパートと、収穫祭に行きたいのかな)
彼女の表情が、先ほど寂しいと思った自分と重なる。
お節介と思われるかもしれないけど、友達だから、放っておくことはできなかった。
「ロレッタ、ほんとは誰かと行きたいんじゃないの?」
あえて誰とは言わない。多分この方が、意地っ張りなところがある友人には響きやすいだろう。
「そりゃ行けたら嬉しいけど……でも、家の仕事もしなきゃいけないから」
ロレッタはまた苦笑いで躱そうとする。
そういう彼女だから、何とかしてあげたいと思うのだ。
「あのね、ロレッタ。当日、私がお店を手伝うっていうのはどうかな? そうすれば少しくらいは出かける時間が作れないかな?」
私の提案に、ロレッタは予想外のことを言われた、とばかりに目を丸くした。
「え、でもアメリアだって」
「いいの。私の好きな人は、一緒にお祭りに行けるような相手じゃないから」
「アメリア……」
ロレッタが眉を下げる。
最後の一押しとばかりに、優しく彼女の手を取った。
揺れる瞳が、私を見つめた。
「……甘えちゃって、いいの?」
「もちろん。いつもロレッタにはお世話になってるから」
にっこりと笑顔を浮かべれば、ロレッタもつられて笑ってくれた。
「ありがと。アメリア、ほんとにありがとう!」
この顔が見られただけで、提案した価値はあったなと思う。
「どういたしまして」
ロレッタは少し考え込むように視線を落とした後、顔を上げる。期待に満ちた顔で。
「ねえアメリア。せっかくだし、収穫祭の前の日はうちに泊まってってよ」
「えっ!?」
突然のお誘いに、私はびっくりしてしまう。
「だめ? ちゃんとお礼したいし、前の夜からずっと一緒に過ごせたらきっと楽しいもの」
「ロレッタ……」
首を少し傾げてそう言うロレッタの瞳は、まっすぐに私を見つめている。
お礼をしたいと思ってくれたのもそうだけど、収穫祭の間、長く一緒に過ごしたいと思ってくれる心が何よりも嬉しかった。
私はひとつ息を吸う。胸のあたりがじんわりとあたたかい。
「わかった。よろしくね!」
「やった!」
こうして、今年の収穫祭の予定は決まった。
――この結果、まさかリオネル様と収穫祭で一緒に過ごすことになるなんて、私は想像もしていなかった。




