17、『特別』
ロレッタの一言は私にとって青天の霹靂だった。
ブレディに好きな女の子がいて。
それが私。
そんなこと、ふたつとも今まで一度だって考えたことがなかった。
「え? 私じゃないと思うよ」
と、即断言できる。好きな女の子うんぬんはともかく、後者は間違いなく私ではない。
「いやいやいや!」
きっぱり否定したのに、友人はがっつり食いついてくる。その勢いに、思わず体が仰け反ってしまう。
「ブレディと一番仲良しの女子ってアメリアじゃん。クラスのみんなも、あのふたりはいつくっつくんだーってやきもきしてるよ?」
「えぇ? 仲がいいのはそうだけど……」
何せ幼なじみで、同じ教会で暮らしているのだ。登下校も一緒なら、生活も一緒。他のクラスメイトよりはずっと仲がいい自信はある。
でも、それはあくまで家族としての話。
「私たちって恋人というより、兄と妹みたいなものだし」
「それよ!」
ロレッタの声に力が籠る。
「恋愛小説では兄妹みたいな幼なじみだったのに、ちょっとしたきっかけで恋愛関係に発展するのは王道! なのよ!?」
ロレッタは一息で言い切った。強く拳を握っている。
なんだろう、彼女の背景に燃え上がる炎が見えるような気がする……。
「そ、そうなんだ……」
その類の発言は、ここ最近で聞くのは2回目だ。世の中にはそんなに幼なじみ同士の恋が溢れているのだろうか。
ロレッタは恋に恋するというか、恋愛小説に恋しているところがある。
ドキドキとときめきが溢れるロマンスに憧れる乙女なのだ。そういう一面はとても可愛らしいと思うけれど、そのテンションには時々ついていけない。
今も鼻息荒く、ずずい! と身を乗り出してくる友人の鬼気迫る勢いに、また身を引いた。
「ヒロインにアプローチする素敵な男性が現れたことで、幼なじみの男はヒロインへの恋心に気付いて振り向かせるために行動を起こす……。けど、長年やってきた兄と妹って関係性がなかなか崩せないの……くっ、めちゃくちゃ健気! 応援してあげたい!」
ロレッタの発言は身振り手振りも交えて情感たっぷりだ。すごく具体的だし、もしかして最近ハマっている恋愛小説の筋書きなんだろうか。
「でも幼なじみって負けヒーロー率高いのよね。なんでよ! 許せない!」
友人は私そっちのけで一人でヒートアップしていた。天に向かって拳を振り上げ、鼻息荒く主張している。
ロレッタの言う負けヒーローとやらが何かはわからないけど、彼女が幼なじみという存在を特別視しているのは知っている。
だって、ロレッタの好きな人は彼女の幼なじみだから。
「とにかく、幼なじみは恋のフラグなの! ちょっとでもいいの、アピールされたとかそういう展開ないの??」
「わ、急に戻ってきた。あのね、本当に私たちはなんにもないよ」
「なんでないってわかるの」
ロレッタにジト目で見られた。よっぽど、ブレディとの仲を疑っているのかもしれない。
「アメリアってば恋愛経験ゼロ……いや、今1になったところっぽいから、気付いてないだけだって」
「ちょっと失礼じゃない? 私だって恋愛くらい……」
……。
反論は尻すぼみになって、消えた。
一応、元人妻だし、恋愛経験くらいある! と声高に主張したいところだった。でも、リオネル様は私に恋愛的なアピールをしてくれたことが――ない。
そんな事実に、今さら気付いてしまった。
「デートに誘われたとかー、ドキドキするようなこと言われたとかー、プレゼント渡されたりとかー」
「……ない」
そう、ない。
ブレディは当然、リオネル様からも……なかった。
(結婚してくれとは言われたし、結婚式で誓いのキスも一応した、けど……)
逆に、それだけだった。
あの結婚生活はリオネル様にとっては、責任感の延長のようなものだったのだ。好きとも、愛しているとも、その他それに類する言葉も、言われたことがない。
それに、私は私でお荷物という引け目があって、自分から歩み寄ることができなかった。好意を伝えたとして、その感情が責任感の強い人の重荷になることを恐れてしまった。だって、どうせ長生きできない身だったから。
リオネル様とは夫婦というより、支えあって一緒に暮らす人――白い結婚をした家族として、同じ家にいただけ。ブレディや他のみんなと教会で暮らしているのと、何ら変わらなかった。
だからきっと、一度目の『特別』は、恋や愛じゃない。
その事実が今、どうしてかちくりと胸に刺さった。一度目の私は、確かに幸せだったはずなのに。
「え、まさかのブレディアピール下手すぎ説ある??」
ロレッタがあんまり好き勝手言うので、私は苦笑した。
「お前らさぁ、談話室でおっきい声で恋バナとか勇者過ぎ。魔王倒せそうじゃん」
「……!」
ふいに声をかけられ、ロレッタがびしっと石像のように固まった。
「あ、ルパート。うるさくしてごめん」
いつの間にか、私たちのテーブルの傍にクラスメイトのルパートが立っていた。
鮮やかな赤毛をしている彼は、どこにいてもよく目立つ。そんな彼が談話室に入ってきたことに全く気付いていないくらい、話に没入していたらしい。
「しかも覗きかよ」
彼は呆れたような半眼をしていた。
ルパートの視線は私たちを飛び越え、窓の外――中庭に向けられている。
そこにはもう、ブレディの姿はない。
「たまたま見えちゃっただけですー。ていうか、ルパートも見たんじゃない。この覗き魔」
自分のことを棚に上げて、ロレッタが憎まれ口を叩く。
彼の登場で、哀れな課題は完全に忘れ去られてしまったようだ。
「まー見たけど。ブレディのやつ、モテすぎでほんっといけ好かねーよなー。学生なんだから女にうつつ抜かしてる場合じゃないだろ」
などとそれっぽいことを言っているけど、ルパートも年頃の男の子らしく色恋に興味津々なのである。さっきの授業での醜態を、彼はもう忘れてしまったのだろうか。
(素直じゃないんだから)
さっきから3人で話をしているのに、ルパートの目線はほとんどロレッタが独占している。
私は色恋には疎い方だと思うけど、ルパートの気持ちはわかりやすいからさすがに気が付いていた。多分、クラスメイトの大半が知っていて、微笑ましくルパートの初恋を見守っているんじゃないかと推測している。
当のロレッタはといえば、ずっと私を見てルパートを視界に入れないようにしている。
先程よりわずかに紅潮している頬に、彼女自身は気付いているだろうか。
ほんの少し、意地悪な気持ちが顔をもたげた。
「ルパートも好きな子いるのになに言ってるの?」
と、さらっと爆弾を投げつけておく。
「すっ……! おおお前どうしてそれを!? じゃない、俺は女になんか興味ないんだからなっ」
ルパートはあからさまにそわそわし始めた。過剰反応が面白くて、ついからかいたくなってしまう。
「ルパートってば、子供の頃からぜんっぜんモテなくて拗らせちゃってるもんね?」
ロレッタが果敢にも追撃する。恋愛小説が好きな乙女な友人は、意外にも現実の好きな人には意地悪をしてしまうタイプらしい。
「ぐっ……俺はいいんだよ、勉強一筋だし!? 女と遊んでる暇なんかないし!?」
ルパートの目は泳いでいる。
(ルパートもロレッタも、素直になればいいのになぁ)
多分、お互い素直に気持ちを告げられれば、両想いで幸せになれる。外野から見れば丸わかりなのに、実際のふたりはどちらも意地っ張りの負けず嫌い。だから、簡単にはいかないのだろう。
私が微笑んだら、ルパートに軽く睨まれた。
「あー……えっと、そうそう、俺はさ、ブレディが好きな女はアメリアじゃないと思ってる」
これ以上この話題を引っ張るのは得策ではないと考えたのか、ルパートによって話がブレディのことに戻ってきた。
「なんでよ。根拠は?」
「だってあいつ、本気になったらめちゃくちゃ嫉妬深そうじゃん? アメリアが好きだったら、俺今頃あの手この手で牽制されてると思うんだよなー」
「なるほど、ブレディって『ヤンデレ』に片足突っ込んでそうだし……うん、それは一利あるかも」
ロレッタは神妙に頷いた。それからルパートをちらっと見て、にやりと唇の端を上げる。
「アメリアと仲良くする男友達なんて、さっきみたいに吹き飛ばされて終了よね」
「おまっ、いい加減忘れろー!!」
談話室にルパートの絶叫とロレッタの笑い声が響く。
「ブレディは私のこと、妹としか思ってないよ」
私は苦笑いと共に呟く。
もちろん、唯一無二の、家族という『特別』だけど。
ブレディが兄として妹を大事にしてくれている気持ちを、疑ったことはない。
(でも)
心に曇天のようなモヤモヤが広がる。
ならなぜ、彼は一度目にあんなにあっさり去ってしまったのだろう。誰にも、何も話さずに消えるなんて、そんな人じゃないはずなのに――
「じゃあさ、男子目線ではブレディは誰が好きだと思うわけ?」
「そりゃ美人でースタイルよくてー俺だけに優しくてー」
「あんたの好みは聞いてないから。ていうか最ッ低ね」
ロレッタとルパートがああでもないこうでもないと言い合うのを背景に、私は一人ブレディのことを思う。
一度目の私は自分のことで手一杯で、ブレディのことを気にかけている余裕がなかった。だからあまり気にしていなかったけど、一度目の人生を俯瞰して考えられる今、ブレディの行動に強い違和感を覚えた。
どうして、彼はたったひとりで消えてしまったのか。
(幼なじみなのに、私はブレディのことをぜんぜん知らないのかもしれない)
テーブルの向こうで仲良くいちゃつくふたりが、ひどく遠くに感じられた。




