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16、魔法学園の星


「アメリア、最近雰囲気変わったよね」


 ロレッタに指摘されて、私は書き物をしていた手を止めた。

 談話室の中に沈黙が落ちる。


「……そうかな?」


 誤魔化すように笑う。惚けているけど、心当たりは大いにあった。

 

 今の人生は、私にとって二度目だからだ。


 以前ブレディに「大人っぽくなった」のは否定されたので、何が変わったのか具体的に聞くことはやめておく。また否定されたら恥ずかしい。


 正面に座るロレッタに目を向ける。彼女は手を止めることなく、さらさらと教本を書き写していた。


 お昼休みだというのに談話室は閑散としていて、今は私とロレッタしかいない。中庭に面した窓辺の席を確保し、ふたりで課題のレポートに取り組んでいた。


 二度目の人生だから勉強なんて余裕でこなせます!


 なんて言えるほど、人生は甘くなかった。確かにやった覚えはあるけど、何年も前の、かつ日常生活であまり活用しない知識なんて、錆び付いてしまって使い物にならない。


 大まかな部分は覚えているので多少は楽になったけど、結局のところ課題提出のためには記憶より参考書が頼りになる。教本の縁を、感謝を込めて優しく撫でた。


(一応精霊教会の奨学生なのに、この体たらく……)


 二度目の人生はもっと真面目にやろう。私はひそかに決意した。


「さっきの授業もそうだけど、ちょっと前より魔法がすっごく上達してない?? なんか自信ありげって感じ!」


「あー、うん。それはあるかも」


 僅かに、口角が上がる。


 勉強的な成績は変わらないけど、魔法技術は一度目の学生時代より大きく進歩した。


 魔法に自信を持てるようになったのは、一度目の人生で、リオネル様が私の防御魔法を高く評価してくれたからだ。


 


 ――アメリアは、防御魔法への適正が高い。


 


 そう言ってくれた彼の言葉を、すぐに思い出すことができる。


 


 ――発動速度も申し分ない。それ以外の魔法が苦手な分、すべての魔力を防御一点に注ぐことができる。これは立派な強みだ。


 


 耳の奥に、まだあの言葉が反響しているようだった。


「トビアス先生がめちゃくちゃ誉めてたよね。あー、イケメンの笑顔は目の保養だわ~」


 ロレッタは頬杖をつく。ニヤニヤして、思い出の世界に没入している。ペンはその辺に放置されていて、完全に雑談の構えだ。


「ロレッタは相変わらずイケメン大好きだね。魔法はね、コツをつかんだというか……」


 自分の特性がわかっていることは、魔法を使う上で大きな強みになった。確かな拠り所があるのだから。


 胸に湧き上がる温かな思い出を反芻しながら、口を開く。


「ある人にアドバイスをしてもらったから、かな」


「ふーん?」


 ロレッタが顔を上げた。意地悪さと好奇心が入り交じった緑の瞳が、私を真っ直ぐに捉える。


「これは男ね。イケメン?」


「黙秘します」


 表情を固くして言ってはみたものの、友人の目は誤魔化せない。


「ブレディ……では、なさそうね。トビアス先生? あぁ、精霊学の苔……じゃない、ハミル先生とか? 先生ってば意外なことに、生徒からモテまくってるみたいよ?」


「そうなんだ」


「その反応は違うわね。アメリアって図星突かれたら絶対態度に出るタイプだもんね~?」


「だからって質問責めはずるいよ……」


 ロレッタが楽しそうに笑っていた。彼女が動く度に金色のポニーテールが楽しげに跳ね回る。


 それを静かに眺めながら、内心焦っていた。

 想い人はとっくに学園を卒業しているし、当てられるわけないとたかをくくっていたい。


 けど、ロレッタはこと恋愛になると妙に鋭いところがある。


「ブレディ以外の男子生徒って線はないだろうし……となると、学園の外の人ね。教会は女性ばっかりって聞いたから、いい男はいなそうだし……あ、ウチの卒業生とか?」


「……」


 沈黙を保ったまま、レポートに視線を落とす。


「はい当たり~!」


 嬉しそうな声に、私はまたロレッタを見た。こっちの羽ペンも動きを止めていて、ちっともレポートが進まない。


「も、もうやめてよ。あのね、私なんかじゃ絶対釣り合わない雲の上の人なんだから。今は気軽に会うことだってできないの」


「なにそれ。完全片想いってこと?」


「……っ」


 友人の、何気ない一言に心が揺れた。


 完全片想いどころか、イルゼ様を通さなければ会えない現状は、スタートラインにすら立てていないのと一緒だ。

 前に進むと決めたけれど、寂しいものは寂しい。それを吐露する場所もないのが、感情に拍車をかける。

 

 過去をやり直す。言葉にすれば簡単だけど、それは想像以上に辛いことだ。そう、身をもって実感していた。


「そう、だね」


 胸の奥で澱のように渦巻く寂しさを隠して、ちゃんと笑えただろうか。


「あー、なんかわかるかも。アメリアさ、あんな完璧な幼なじみがいるから男見るハードルめちゃくちゃ上がってるじゃん? かなり上のレベルの男にしか恋できないんじゃ――あ」


 かしましいロレッタの言葉が、不自然なところで途切れる。


 顔を上げると、彼女は窓から中庭を見下ろしているところだった。その瞳が好奇心で強く煌めく。

 私もつられるように目を向けて、硝子の向こうに一組の男女の姿があるのを見てしまう。


「ブレディ?」


 一人はブレディだった。こちらに背を向けて立っているので、表情まではわからない。


(……どうしたんだろう)


 ふと、後ろ姿がいつもとどこかが違うと感じた。背をぴんと伸ばし、拳を握りしめている。緊張で強ばっているような雰囲気が近いかもしれない。


 対面している女の子は、頬を染めてブレディを見上げていた。

 ふたりは何か2、3やり取りを交わしている。窓が閉じているので、話し声は聞こえない。やがて、彼女は悲しげな顔で中庭を去っていった。


 ふたりの間になにがあったのかは、容易に予想がついてしまう。


「まーた振ったのね。ほんっと、罪な男よねぇ」


 ロレッタは半眼でブレディを見やる。


 今、目の前で起こったような光景は、学園ではよくあることだった。


「容姿端麗で成績優秀、運動もそこそこできて優しくて紳士的な超優良物件がフリーで転がってるんだもん。そりゃ女の子たちは放っておかないよ~」


 一般的に、エヴァレット王国では王侯貴族の方が優れた魔力を持っているとされている。

 ブレディは平民なのに魔力がかなり高いので、学園中から将来有望な生徒として注目されていた。


「今の子、貴族だったね」


 ワンピースの丈が長く、金糸で縁取られたケープを羽織っているのは、貴族クラスの生徒の証だ。


 学園内の秩序を保つため、平民と貴族はクラスが分かれている。

 貴族なんて私たち平民からしてみれば高嶺の花もいいとこで、図書室や中庭なんかの公共のスペースでだって、話をすることはまずない。


 例外があるとすれば、向こうから話をされた場合くらいだ。先程のブレディのように。


 貴族のお嬢様から告白されるなんて、幼なじみは本当にモテるのだなと改めて実感する。


 もう誰もいない中庭の木の下にあった、ブレディの固い背中を思い出す。緊張が滲む立ち姿を見せていた彼は、どんな表情をしていたのだろう。

 なんとなく、心がざわついた。


「ご令嬢すらすげなく振るのかぁ……あっちはあっちで、理想高そうっていうか、もう心に決めた子がいるって感じね?」


 ロレッタの言葉は疑問系で終わった。


「……?」


 きょとんとしていると、ロレッタに盛大にため息をつかれた。


「なに惚けてるの。ブレディの想い人って――貴女じゃないの?」


「……え?」


 友人の言葉が心に響くまで、ほんの少し時間がかかった。



 

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