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15、問題のある優等生


 その日、私はエインズワース魔法学園で、魔法防御術の授業を受けていた。


 私にとって、防御魔法はとても『自然』なことだ。だから、この授業はいつも楽しい。


「アメリア、いくぞ!」


 トビアス先生が叫ぶ。前を見据えて杖を構えた。


「はいっ」


 先生もまた、媒介の魔道書を片手に持ち、こちらを鋭い眼差しで見つめた。詠唱と共に、ふわりと彼のレッドブラウンの髪が舞い上がる。


(風の魔法!)


そう判断して、目の前に広い光の壁を作り上げる。それが盾となり、トビアス先生の風魔法は届かない。


「きゃっ」


 二重三重に私たちを取り囲んでいるクラスメイトの中から、小さな悲鳴が聞こえた。


 風魔法の余波を受けて……ではなく、多分「キャー! トビアス先生の真剣な顔素敵ー!」の悲鳴だと思う。

 女子生徒が鼻息荒く最前列に陣取っているから、男性陣は後方の列に押しやられている。


「まだまだ!」


 先生が次の詠唱に入る。

 どろりとした濃密な気配が漂い、さすがの女子生徒たちも不安げに私と先生を順に見比べた。


(闇)


 ほとんど無意識に、自分の周囲すべてに薄い光の結界を張り巡らせる。


「さすが俺の自慢の教え子。正解だ」


 先生がにやりと笑って、魔法を解除した。


 闇属性の魔法は形がなく、体が直接侵食されることで攻撃される。威力自体は大したことないので、闇の侵入を防ぐことが防御に繋がる。


 トビアス先生が魔道書を降ろしてちょいちょいと手招きした。構えを解いて、彼のところへと歩いていく。


「最近は特に上手くなってるぞ。みんなもアメリアを見習うように」


 屋外訓練場に、先生の大きな声はよく響いた。

 多分無意識だと思うけど、彼は隣に並んだ私の肩にぽんと手を乗せたものだから、一部の女子からまた悲鳴が上がった。


 魔法使いは、生まれながらに一人一種類の得意属性を持つ。

 私のような水属性を持つ者は、一般的には治癒や防御、補助魔法に長けていて、攻撃魔法が苦手という特徴を持っている。私は難易度が高い治癒魔法は一切扱えず、防御魔法だけがとりわけ得意だった。


「はい、ふたり一組で練習するぞー。余ったやつは残念ながら俺とだ」


 先生がそんなことを言うものだから、女子たちが色めき立つ。

 誰が『余り』になるかのバトルが静かに開幕しているのに、ひとりだけ私に近付いてきた少女がいた。


 少女――ロレッタは、学園内で最も親しい友人だ。金髪を高い位置で結い上げているのが、勝ち気で華やかな雰囲気を醸し出している。


「アメリア」


 名前を呼ばれ、さっと手を取られた。


 後ろの方で、ロレッタと組むつもりだったらしい赤髪の男子生徒――ルパートがショックを受けた顔をしている。


 ルパートは燃えるような赤毛が特徴的な、元気な男の子だ。


 私やロレッタと同い年だから「子」と称するのはどうかと思うけれど、小柄で、素直じゃなくて、明け透けで、色々とわかりやすいから年下のように思えてしまう。


 ルパートの隣で、ブレディは苦笑いを浮かべていた。ブレディは私と組むつもりだったんだろうか。


「私でいいの? 先生は?」


「いいの。イケメンは遠くから眺めて楽しむに限る」


 私たちは他の生徒と離れた場所まで移動して、向かい合った。視界の端で、ブレディとルパートが組んでいるのが見える。ついでに、ルパートを羨ましそうに眺める女子生徒も。……ブレディは、女子生徒からものすごく人気がある(モテる)のだ。


「トビアス先生効果、すごいわねぇ」


 澄んだ翠の瞳で周囲をぐるりと見渡して、ロレッタが呟く。


 ペアを作った女子生徒たちは、早速練習を始めている。その表情は真剣そのもので、いつも以上に魔法の上達に燃えているようだった。


「ま、気持ちはわかるけど。憧れの人に誉められて軽くスキンシップまでされるとか、至福よね~!」


「憧れの人……」


 そう聞いて、私はリオネル様を思い浮かべた。

 いつも仏頂面の彼が、私を優しく誉めながら軽く触れてくれたりなんかしたら……。


「!!!」


 なんかもう、言葉にならないくらい凄い。私の心も燃え上がる。


「ロレッタ、私たちもがんばろうよ」


「もっちろん!」


 ふたりでうんうんと強く頷き合った。


「じゃ、アメリアは私に魔法かけてみて」


「やってみるね」


 ロレッタのガーベラの髪留めが、魔力を受けてきらりと輝く。


 こちらも杖に意識を集中させて、精霊へと祈りを捧げた。


(大地よ――)


 祈りに呼応して、訓練場に転がっていた小石がいくつか、音もなく宙に浮かぶ。杖を振るうと、小石たちはまっすぐロレッタへと向かった。


「やっぱアメリアは、攻撃魔法が苦手みたいね?」


 友人が呟き、魔法の盾で軽く小石を弾いた。あっさり撥ね飛ばされた石たちは、ぽとぽとと力なく地面に落下する。


 この才能のなさは、決して私の属性が水だからではない。リオネル様は別格としても、ブレディみたいに、得意属性以外もそつなくこなせる魔法使いも多いからだ。


「だよね……ごめん」


「なーに言ってるの。私は防御魔法苦手だし、これくらいの威力がちょうどいいのよね」


 ロレッタが明るく笑う。


 ちょうどその時、彼女の後ろの方で、派手に魔法を受けたルパートが吹き飛んだのが見えた。


「あっ……」


「うわあああああ!!!」


 派手な絶叫が高らかに響き、ほとんどの生徒がルパートを見た。

 彼はお手本みたいな放物線を描いて、空を飛んでいる。より正確に言うなら、吹き飛んでいる。


 トビアス先生が地面に激突しそうになったルパートを魔法で浮かばせ、そっと地面に降ろしてやっていた。


「ここって、危険がないように攻撃魔法の威力が減衰する結界が張ってあるわよね?」


「そのはずだけど……」


 私たちは顔を見合わせた。


「おーい、やりすぎるなよー」


 トビアス先生がルパートと組んでいたブレディに声をかけている。


「すみません」


 ブレディは素直に頭を下げてから、先生に向かってやわらかく微笑んだ。


「ルパートが変なことを言うので、つい」


「どんな女がタイプか聞いただけじゃん……」


 ルパートのぼやきに、クラスメイトたちが失笑する。トビアス先生はやれやれと頭を掻いた。


「あー、まあそういうおふざけは程々にな」


「今後は気を付けます」


 ブレディの爽やかスマイルに、ルパートはそっぽを向いた。


「あいつら……毎日毎日救いがたいアホしてるわね」


 ロレッタが呆れたように言う。なのにその目は楽しそうにキラキラしてして、私も自然と笑顔になっていた。






 *







 授業が終わりに近づき、トビアス先生は生徒を練習場の真ん中に集めて講義をはじめた。


「防御魔法を有効に活用するためには、相手が使う魔法の属性を見極めることが重要だ」


 先生を囲む円は、内側から熱心な女子生徒、そこそこの女子、それ以外の生徒と並んでいる。私たち4人は円の一番外側にいた。


「ルパートさっき吹き飛んでたよね。笑える!」


 集合早々、ロレッタがルパートに絡みにいった。

 彼女が笑うたびに、ポニーテールがひょこひょこと揺れる。


「見てたのかよっ」


 ルパートが疲れた顔をした。


「ばっちり見てましたとも。てか、クラスみんな見てたよね?」


 ロレッタがちらっとこっちを見たので、しっかりと頷いておいた。


「そうだね。トビアス先生も声かけてたし、みんな注目してたよ」


「まじかよ……俺最高にかっこわるいじゃん……」


「うん。でも元々かっこわるいから気にしなくて良くない?」


 ロレッタの言い分に、珍しくブレディが声を出して笑っていた。


「やりすぎちゃってごめんね?」


「お前! ぜってー謝る気ないだろそれ!」


 ルパートが大声を出す。慌てて止めようと思ったけど、時すでに遅し。


「おーい。ここテストに出すからな? 俺にはクラスでお前ら3人だけ正解できなくて、また笑い者になる未来しか見えないな」


 トビアス先生がこっちを見ていた。クラスメイトたちも、クスクスと笑っている。


 私はぱっと頭を下げた。


「すみません……」


「ま、聞くだけの授業が退屈なのはわかるけどな」


 トビアス先生は苦笑いをしていた。


「じゃ、話を続けるぞー」


(……あれ、先生3人って言った?)


 不思議に思って横を見ると、そこにはロレッタとルパートしかいない。ふたりは無言でお互いをちらちら見て、視線と表情だけで会話しているらしい。


 ブレディはいつの間にか私たちから少し離れたところにいて、しれっと授業を聞いていた。


 目線に気付いて、彼はゆっくりこちらに来てくれる。


「次は気を付けなよ、リア」


 耳元でそう囁かれて、私はむっと唇を尖らせる。


「火種はブレディなのに、ちゃっかりしてるよね……!」


「一応、優等生ですから」


 したり顔のブレディがおかしくて、くすくすと笑ってしまった。


 ブレディは問題のある優等生だ。ちょっとした所作ひとつとっても綺麗だし、紳士的だし――そういう真面目そうなところをベースに、お茶目さを足したところが人気の秘訣なのだろうなと思う。


(こんなに楽しい日が、いつまでも続けばいいな)


 友人3人を見て和む私は、やっぱりトビアス先生の話をあんまり聞いていなかった。



 

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