14、花と貴方と
リオネル様と話す機会は、案外すぐに訪れた。
イルゼ様からの手紙が教会に届けられたからだ。
(さすが、お姫様からの手紙……!)
私は手紙を受け取って、思わず息を呑んだ。
まず便箋が可愛い。桃色で、封蝋はバラの形だ。おまけに開封すると、ふわりと甘い香りが漂った。
手紙に香り付けするという発想が、彼女は別世界の人間だと改めて教えてくれる。
中でも一番驚いたのは、手紙の配達人についてだった。
便箋をじっくり眺めるふりをして、私は目の前にいる配達人を盗み見る。夜闇を思わせる漆黒の髪と瞳を持つ王宮魔法使いが、そこに立っていた。
「なにか?」
リオネル様は人の気配に敏感なのか、私の盗み見はすぐに気付かれてしまう。
仏頂面の男が桃色でファンシーな便箋を持って教会を訪ねてくる絵面は、なかなか面白……じゃない、珍しいのではないだろうか。
教会の食堂で、ふたりきり。
つい先日の記憶が甦って、背筋が伸びる。
「ティンバー様がわざわざ手紙を運んで下さったことに驚いたんです」
素直に答えると、最初にかなり大きなため息が飛んで来た。
「殿下が信頼する者に届けさせろと仰ったからだ。私の部下には別の仕事を割り振ってあるから託せない。よって、適任が私しかいなかった」
部下を思いやり自ら動く仕事中毒ぶりは、二度目の今も健在らしい。
「わざわざありがとうございます」
微笑みながら、リオネル様にお礼を言った。
手紙から現れたのは可愛らしい丸文字だ。イルゼ様らしくて、心が和む。
『親愛なるアメリアさん
いかがお過ごしでしょうか。わたくしはいつもと変わらない日々を過ごしております。リオネルをからかうことが唯一の楽しみです』
……とんでもない文字が見えて、手紙を持つ手に力が入った。リオネル様の顔が見られない。
『先日申し上げた通り、お友達のアメリアさんをお城のお茶会へ招待させて頂きます。わたくしの都合のいい日が少なくて申し訳ないのですが、アメリアさんが大丈夫な日を、リオネルに伝えて下さいね』
という文面の後に、いくつか日付と時間が書かれている。日時の候補は一週間に1、2回しかなく、どれだけ王太女という立場が忙しいかを悠然と物語っている。
候補にあげた時ならいつでも良いから決めて欲しいとのことなので、私は11の月の中旬を選ぶことにした。
「決めたか?」
「はい。この日でお願いします」
「わかった」
リオネル様は手短に返事をして、そのまま出ていこうとドアノブに手をかける。
「あ……」
何か、話さなきゃ。気持ちが焦って、小さく声が漏れてしまった。ブレディは「機嫌が良さそうな時に」って言ってたのに。
ここまでのやり取りが淡白すぎて、またリオネル様は感情が顔に出なさすぎて、今、彼が何を思っているか少しも読めない。
声に気付かなければいい――そんな私に都合のいい展開は訪れず、彼は振り向いて私に視線を投げた。
「どうかしたのか」
その声色は、温かくはないけれど冷たくもなかった。
「えっと……」
漂う威圧感に、思わず俯く。
どんな話題を持ち出すべきか。ブレディとの会話以降、私は無難な話題をいくつか考えていたのに、こんな状況では思い出せるはずもない。リオネル様の冷ややかな目に、何か言わなければと更に焦る。
今の私と彼に共通することは……イルゼ様のことだ。
「イルゼ様の想う人って、どんな方なんですか?」
口にしたあと、すぐに後悔した。前回、イルゼ様とのことについて、身分が違うと釘を刺されたばかりだというのに。愚かな女だと思われてしまっただろうか。
恐る恐る、顔を上げる。リオネル様はノブから手を離して、一歩私に近付いた。
「それは、殿下本人から聞くべきではないか?」
「……ですよね……」
冷たくされはしなかったけど、話題も広がらなかった。一度目の私は、彼とどんな話をしていたんだっけ。
魔法の話、仕事の話、それから――
(そういえば、リオネル様は花が好きなのかもしれない)
確信はないけど、そんな気がした。
一度目にリオネル様のティンバー邸で暮らしていた時、彼は中庭の花たちを毎日熱心に世話していた。普段は厳しい顔ばかりの夫が、その時ばかりは柔らかい表情を浮かべていたのを思い出す。
教会の庭にも、花がいくらか咲いている。シスターや子供たちと育てているものだ。
(といっても急に花壇見ませんか? も変だよね……)
悶々としていた私の視線は、自然と掃き出し窓の向こう、教会の庭に向いていた。桃色、黄色、紫色――色とりどりの花が、風を受けて踊るように揺れている。
「庭に出てもいいか?」
思ったより近くでリオネル様の声が響いて、私は思わず仰け反る。物思いにふけっている間に、彼はすぐ隣に移動していた。その瞳は、私と同じところを見つめている。
「えっ! は、はい」
私はガチガチになりつつ掃き出し窓を開けて、リオネル様と共に庭に出た。ふわりと甘い香りに包まれる。
花壇の花から低木まで、秋の花が豊かに咲き誇っているのを、リオネル様は目を細めて眺めていた。
「花、お好きなんですか?」
今度は、自然に話すことができた。
「ああ。花に限らず、植物はいいと思う。見ていると安らぐ」
その声色も優しい。自分のことを教えてくれたことに、少なくとも『他人』は脱出したことを悟って、心が柔らかくほぐれた。
「この花は、収穫祭で花車にするために毎年みんなで育てているんですよ」
「そうなのか。私も当日は街に出る予定だ。探してみるとしよう。……収穫祭が楽しみだな」
「はい!」
返事が、上擦る。話がちゃんと続いている。それが嬉しくて、私は笑顔を作った。
「それまで、一生懸命育てますね」
「ああ」
その言葉を最後に、少し沈黙が続いた。話題を探すように、リオネル様の視線が庭を見渡す。
「……イルゼの相手だが」
彼が、おもむろに口を開いた。
「家の都合で結ばれにくい男だ。立場は違うが、君と同じだな」
花を見ていた時の穏やかな雰囲気は消え失せ、氷のような怜悧さと無表情が戻ってきている。
一瞬、何を言われているかわからなかった。けれどすぐに、イルゼ様の前で「想い人の近くにいられない」というようなことを溢したことを思い出す。
「すまない。余計なことを言ってしまったな。……今日は時間がないから、ここで失礼する」
リオネル様は私の返事を待たず、そのまま庭を抜けて敷地の外へと去っていった。今度こそ、その背中はこちらを振り返らない。
(余計じゃ、ないです)
私のちょっとした話を覚えていてくれたことが、心に小さな花が咲いたようにあたたかく、嬉しい。けれど同じくらい、去っていった長身を寂しく思った。
うるさく鳴り続ける胸に、そっと手を添える。
また、話をしてみよう。長くは話せなかったけれど、こうして少しずつ、距離を縮められるかもしれないから。




