第7話事件は唐突に襲い掛かる。①
「うーん……これはちょっとまずいことになるかもしれないね」
バーガンディ領とは程遠い、王都の中心にある王城の一角。
報告書を眺めながら、豪華な服をまとったユーボルトは顎に手を当てていた。
「ここ数か月の生屍の発生量が爆発的に増え、霊気の数値が非常に高いです。このままでは近い内に大災が起きる可能性があるとの見解もあります」
「――どうしよっか」
「『どうしよっか』ではないですよ!? 我が国ミルクネアの千年に一度の危機なのです! 下手したら滅亡の可能性だって……!」
「そんなにかっかしないの。焦ったってすぐに解決するわけじゃないんだから」
どうにかしないと、と気持ちが焦るシクーグをなだめて微笑むも、ユーボルトは内心どう対処したものか頭を抱えていた。
この世界には『生屍』という化け物が存在している。
名前の通り生きる屍。霊気を浴びた死体が、人間だろうが動物だろうが関係なしに凶暴に暴れるのだ。
ゾンビと言っても何度頭を吹き飛ばしても生き返るというような不死身の体な訳ではないが、力は強く、見境なく人を襲う。しかもその姿は死体の姿のままなため、肉食動物に食べられて腹に穴が開いた小動物や、病気で肌がぼこぼこの老婆、事故で頭が潰れた子供なんかも見られる。
見知った人物が生屍になった時なんかは想像もしたくない悪夢だ。
昔から、生屍にならないように埋葬する前に葬魂家に魂を天に送ってもらう習慣もあるが、あまりにも霊気をたくさん浴びた死体はそれでも動き出すため、完全に生屍を消滅させることは困難であるのが現状。
とにかく、そんな生屍が各所で大量発生してしまっている事態は即急にどうにかしなければいけない。
生屍が増えれば、襲われて亡くなる人も当然出て来る。そうするとその亡くなった人の死体も生屍となり動き出す。
生屍の総数は増えていく一方で、どこかで食い止めなければ歯止めが効かなくなるのはそう遠くない。
「バーガンディ領か……」
霊気の濃度を示した地図を眺め、一番真っ赤に染まっているのはミルクネアのはずれにある小さな領地。
古びた建物と自然しかないあの場所は、人口も少ない。そのため今はまだ被害の報告が上がってきてはいないが、生屍の遊び場となるのも時間の問題。
「さー、どうしたものかな」
■□■□■□
ガンガンガンガン――
「待って、待って、今行くから! ――もうなんでルークがいない時に来るのよっ」
扉を懸命に叩く音が響いて、カーディガンを羽織ったリテネロエは走って階段を駆け下りる。
突然の訪問者に驚きながらも玄関を開けると、何度か顔を合わせたことのある、近くの食料庫の管理者が真っ青な顔をして半泣きで立ち惚けていた。
「え、えっと……パンデさんでしたっけ?」
「そそそうです! あのっ! 大変です!! 朝食料庫に行ったら荒らされてて保管してあったもの全部だめなんです! どどどどどどうしましょうっ」
「――!? ちょっと落ち着いてください! 順番にゆっくり説明してくれません?」
もうこの世の終わりなのかと錯覚してしまう程に大慌てのパンデの肩を掴み、深呼吸を無理やりさせる。すると、パンデはポロポロと涙を流しながら何があったのかを一から説明してくれた。
「私はこの町唯一の食料庫の管理を任されているので、毎朝お米の状態は大丈夫かとか、喚起はしっかりできてるかとか、虫が湧いてないかとか確認しているんです。それで今日も同じように起きてすぐ向かったんですが、ドアは壊されてるし、中にある食べ物は全部ぐっちゃぐちゃになってるしでもうどうしたら良いかわからなくなってしまって、とにかくここに走って来たんです……」
「――それって、めっちゃやばいやつじゃ……と、とにかく一緒に食料庫に行きましょう」
バーガンディ領は食料がほとんど育たない。
そのため、領民の食事は近くの領地からの輸入や王都から支給されたものに依存しており、それら全てを彼女パンデ・トートの持つ大きな食料庫に保存している。
もし、彼女の話が本当だとして、保存していた作物が全て食べられない状態だとしたら、多分あと一週間もしない内に町中の八百屋や飲食店、民家の備蓄はなくなり、人々の食べるものはなくなる。
――それは大きな死活問題。
うちはお金がないから、ぱっと隣の領地から食料を全領民分買うなんてできない。
しかし今の時代、領地から餓死者を出すなんて領主としては言語道断。
それに、領民に苦しい思いをさせるなどあってはならない。
そんな考えが頭の中をぐるぐる駆け回っていると、いつの間にか問題の食料庫にたどり着いた。
「――これは」
視界に入ったのは、頑丈な鉄の扉はボコボコな状態で出入りを自由にし、外壁は所々剥がれ落ち、窓は粉々に割れ、丁寧に整頓されていたはずの食料は散乱して人が口にできる状態とは言えない悲惨な姿に様変わりした――、記憶とは明らかに異なる食料庫であった。
「どうしてこんなことに……」
「本当に申し訳ありません! どんな処罰もお受けいたしますから」
さらに涙を大粒にしながら、パンデはヒックヒックと喉を詰まらせる。
責任感の強いところを見て、この食料庫の管理者に任命されたくらいだ。任された大切な食料を全てダメにしてしまったとなれば、きっと今感じている罪悪感は想像以上だろう。
その姿を見て、リテネロエは怒る気なんか全く起きなかった。
「まだ傷んでない食べ物もあるかも知れないわ。あなたはとにかく中を確認して。私は警官を呼んだ後に一旦家に帰るから――ほら大丈夫。もう泣かないで」
「は、はい……ッぐす」
ポンポンと頭を撫でて涙を拭うと、パンデは目を真っ赤に腫らしながらコクコクと頷いた。
「じゃあ任せたわよ」
来た道を走って戻りながら振り返り、パンデが泣くのをやめて動き出したのを見て、リテネロエは「ふぅ……」と大きく大きく息を吐く。
日頃の運動不足がたたったのだろうか、必死に動かすものの足が地面に沈んでしまいそうだ。
――しかし、今止まるわけにはいかない。
トラブルには初動でどれだけ適切な動きができたのかが重要。つまり、今からの一挙一動がこの領地の明日の笑顔を決める。
「――絶対私が何とかしないと」
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本日の更新はこれにて終了!そして連続投稿も一段落。
まさかの不穏な空気で終わりましたが、きっとリテネロエなら持ち前の器量と精神力で何とか出来ると信じてる!
次回更新は来週月曜日午前七時十分です!




