第6話貧乏領地の社畜令嬢は酒場のイケメンに一目ぼれする。③
「ううう゛ぎもぢわるい゛」
眠りから覚めると同時に襲いかかってきたのは、猛烈な吐き気と頭痛。この世が震度六強で揺れ続けているのではないかと錯覚してしまう程だ。
「み、水……」
寝台のすぐ隣においてあるコップにポットの水を注ぎ、からっからの喉を潤すと、いくらか胃のムカムカは消えてくれた。
ふと見えた鏡に映る自分は、まるで死人のように灰色の顔色で、口周りには涎が付いている。何ともみっともない大人の姿だ。
「ヤッバ……昨日の記憶がぶっ飛んでる」
今の自身の状態が二日酔いなのはわかった。二十歳になったばかりの頃に調子に乗って同じ地獄の朝を何度経験したことか。
ただ、これ程酔うまでいったいどこでお酒を飲んだのか。
今いる場所が自宅ということは、無事に帰宅できたということなのだろうが……
「いや待てよ……昨日は確か仕事で鉱石所に行って、そこで泣いてる女の子を見つけて、すごく落ち込んじゃって、それでふらふらしてたら迷って、男の子に会って、酒場に行って、イケメンに会って――――ああああ!!」
順繰り順繰り、昨日のあらましを口に出していたら、唐突にリテネロエは顔をリンゴよりも真っ赤にして叫び出す。
それもそのはず、どこぞのプリンセスよりも情熱的な告白を思い出してしまったのだから。
リテネロエは、酔いが覚めれば飛んだ記憶を思い出すタイプ。それが幸か不幸か、昨日の一目惚れを鮮明に脳内でリプレイさせた。
「うああ゛ぁぁぁ」
枕に顔を沈めながら、獣のようにうごめく。
ほんっとうに恥ずかしい。死にそう。
「まじでどーしよう。謝りに行った方が良いよね……めっちゃ迷惑かけたし。っあ、でもユートさん来週までいないんだっけ……いやっ、チコさんはいるだろうしとりあえず行くべきか」
ぐるぐる頭の中を昨日のバカな自分が駆け回り、考えれば考えるほど自分が何で存在してるのかもわからなくなって、足をバタバタさせる。
人が一番恥ずかしさを感じる瞬間って、何かをやらかした時じゃなくて、そのやらかしを思い出した時だと思うんだよね。
つまり今ってこと。
――コンコン。
その時扉を叩く音がして、反射的にリテネロエはバッと頭を上げ、扉へと走った。
火照った顔のままだし、スリッパもちゃんと履けてないけど、知らん顔して扉を開くとそこには、いつも通り冷淡な表情のルクシンドが待ち構えていた。
「あ、えっと、その、お、おはようございます」
昨日酒場でぶっ潰れたのは覚えている。しかし、一体どうやって帰って来たのか覚えていない。眠ってしまっていたのだろう。
きっと誰かに連れて帰ってきてもらったのだと思うが、それは一体誰なのか誰なのか。相手によってはリテネロエの首は体とおさらばしてしまうかもしれない。
冷や汗と共に嫌な緊張感がリテネロエを襲い、目を泳がしながらもとりあえずルクシンドには何事もなかったかのように振舞ったふるまった。
「それ、今何時かわかって言ってますか」
「えっと、何時でしょう……」
「六時です」
「あ、意外に早起きできてた……っほ」
「夜のですけどね」
「――!!」
特別怒りの籠った声音ではないが、それが一層リテネロエを震え上がらせて顔を真っ白にさせる。さっきから顔色が良くなったり悪くなったり忙しい。
廊下の窓から外をちらっと覗くと、確かに日は傾いており、辺りはオレンジ色に染まっていた。部屋のカーテンが閉まっていたから気が付かなかった。
「あ、あの、その、ごめんね……」
頭部に刺さる、眼鏡の向こうの紺色の瞳が冷たくて冷たくて、リテネロエは先手必勝作戦で行くことにした。
反省の色を最大限に加えた口調に、眉を八の字にして、あざとさマックスの上目遣い。
寝言で大声で日頃の悪口を言った時も、起こしに来た時に寝相が悪すぎてぶん殴った時も、今までずっとこれ一つで乗り越えて来た。
「いえ、全然お気になさらず。遅くならないからと言っておきながら、見知らぬ男性におぶられて朝帰りをしたことも、泥酔してぐーすか寝ている誰かさんの仕事を全て俺が肩代わりしたことも、まーったく気にしていませんから」
いつも笑わないルクシンドが好青年の如き笑顔でそう言う。リテネロエはその笑みが地獄の始まりであることを悟った。
これは、一年に一度はある『ルーク本気で根に持っちゃったよ事件』だ。
小さい時にいたずらでシェフが作ったおやつにお手製のゲロまずいお菓子を混ぜて食べさせた時や、虫を学校のバッグに詰めて驚かせた時、誕生日にルクシンドから貰った服を着て木登りしたら破いてしまった時、後はリテネロエが近くで拾ってきた暴れ犬が家を走り回り三日連続で眼鏡を割ってしまった時など、ルクシンドの限界を超えてしまった時に発生する特別イベントで、これが起きるとリテネロエは冗談抜きで当分、通常の五倍の仕事を振られる。
「ほんっとーにごめんなさい!」
「――まあ反省しているようなのでこれ以上は何も言いません。顔色がネズミみたいに悪いので、今日はもう休んでください。仕事は気にしなくて良いですから」
土下座する勢いでリテネロエはペコペコ頭を下げたが、意外にもルクシンドはそれ以上に詰め寄ることはなく、「早く部屋に戻ってください」とリテネロエの体を心配してくれた。
「――なんだあんな身構える必要なかった……」
持って来てもらった白湯を飲みながら、拍子抜けしたリテネロエはふーっと肩の力を抜いた。
今日の分の仕事は全部させちゃったし、心配だって掛けたから、今度美味しいご飯にでも連れて行ってあげよう。
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「本当に心配かけるばっかりのお嬢様なんですから……」
机に山積みの書類に目を通しながら、ルクシンドは深ーい溜息を吐いた。
昨日、リテネロエが日付が変わってもなかなか帰ってこないものだから、外に探しに行っていたせいで完璧に徹夜をしてしまい、瞼が重い。
やはり、あの時いくら大丈夫だからとごねられても、一緒に連れて帰るべきだった。
――リテネロエを見つけたのは結局朝日が顔を出してすぐ後、屋敷から少し離れたところで見知らぬ男性に背負われている状態だった。
最初はその泥酔した姿を見て珍しく取り乱してしまったものだが、その男性から状況を事細かに説明されて、何があったのかは理解した。
もちろん、普通はそれだけで何もなかったと簡単に信じられないだろうが、背中のリテネロエを邪魔だとしか思っていないような迷惑そうな瞳と、ただ事務的に状況説明する口調、あとは嘘を見抜けるというルクシンドの特技も相まって、想像したようなことは何もないと判断した。
リテネロエを家に連れて帰り、一向に起きてこなかったのには少しひやひやしたが、十二時間も熟睡した後にケロッと部屋から出て来た時は少し表情に出てしまう程安堵した。
リテネロエは怒られるのだと思ってテンパり、気付いていなかったみたいだが。
「あなたがいなくなると困るんですよ。明日の仕事が終わらなくなりますし、屋敷が無駄に静かになってしまいます――それじゃつまらないでしょう?」
リテネロエとはもう十年の付き合いになる。ルクシンドが十歳の時に執事見習いとしてこの家に来たのが出会いだ。
当時十三歳だったリテネロエは、いたずら好きで、やんちゃで、でも勉強も出来て、毎日黄金の宝石の様な瞳をキラッキラに輝かせるまさに太陽のような人。時間が経つと共に、家族のために大人の振りをして仕事を助けるようになったが、活発さと上を向く瞳は今でも変わらない。
「毎日毎日頑張ってるんですから、たまに羽目を外すくらい許してあげます。そのツケは俺が払いますから」
彼女が、最近は多忙さにてんてこまいになり、疲れ切ってしまっているのは知っていた。いつも近くにいるのだ、そんなことは簡単に気づく。
少しのリフレッシュのために、徹夜で二人分の仕事をするなんて楽勝だ。
落ちてきた眼鏡をかけ直し、ルクシンドは気合を入れ直す。姿勢を正して今一度、机に一直線に向き合うのであった。
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連続投稿三日目もご覧いただきありがとうございます!
実は、ルクシンドとリテネロエの年の差は三歳もあるんですよね。なのにこの仲の良さ。
ルクシンドの節度ある生意気さが一役買っていたりします。




