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第5話貧乏領地の社畜令嬢は酒場のイケメンに一目ぼれする。②

「男なんてマジでくそ! わざわざ寝起きの顔を見て、浮腫んでますねとかいう必要ある!?」


「うちの旦那なんかこの前あたしの腹見て、『豚になった?』とか言ってきたよ!? 働かねぇてめぇの代わりに客と飲んでるからだっつうの。てめえが飯だけいっちょ前に貪り食う、飛べない豚だろうがっての!」


「なにそれ! 女性は何歳になったって乙女だっていうのに……ていうか私の婚約者は一体いつ現れるわけ!? もうあっという間に三十路なんだけど」


「そりゃ、見合いもよこさないで仕事ばっかさせる親がわりいよ。こんな田舎に良い男なんか残ってないんだから、どっからか引っ張ってこないと」


「ほんとそう! あの二人は私の将来なんかどーでもいいのよ、きっと……そういえば! この前お母様がリフレッシュって言って羊と遊びながら仕事してたら、その書類全部羊に食べられちゃったの! あれもう一回書き直すのちょーー大変だったんだから!!」


 

 酔っ払い特有の必要以上にでかい声で、あっちこっちに転がる話題に花が咲く。

 主な酒のつまみは男や仕事に対する愚痴で、すでにカウンターの上は二人で飲み干したグラスでいっぱいになっていた。


「もう一杯!」


 まだまだの飲み足りないリテネロエはグラスを机に叩き付け、おかわりを所望する。


「――あ、ビール切れちまったよ。おーい樽持ってこーい」


 ビールの樽をこんこんと叩き、空っぽになったことを確認すると、チコは突然誰かに向かってそう叫ぶ。


 随分夜も深まった時間だが、他に誰かがいるのかちょっと疑問に思いながら、チーズをちびちび食べていると、おいしょおいしょと重そうな樽を持ちながら、眼鏡をかけた男性がやって来た。


「新しいのに変えておきますね」


「んーよろしくー」


ちらっとその男性と目が合って、軽く会釈する。眼鏡が反射してあんまり顔が見えないが、背は高くてスラッとしてた。


「こいつはここのバイトなんだ。ちょっと前に突然ここで働かせてほしいって直談判しにきたもんだから、今までバイトなんか雇ったことなかったけどオッケーしたんだよ。つっても週一だけどな」


 そう言いながらチコがバイト君の頭をガシガシ撫でると、あわわと彼は翻弄される。

 なんだか初っぽい反応だなーと思いながらそれを見守っていると、いつの間にか樽の交換は終わり、彼はコトッとグラスを目の前に置いた。


「ごゆっくり」


 元気ハツラツな接客のチコとは対照的に、丁寧な対応をされたのがやけに印象的だ。

 酒場というよりはバー寄りの雰囲気。


 その優雅な姿を目で追っていたからこそ、彼が後ろを通り過ぎた時に腰に着けていたスカーフが落ちたのをすぐに気がついた。

 

 しかし、そのまま行ってしまうものだから、咄嗟にスカーフを拾い上げてあげる。


「落ちましたよおおっ! わっ!」


 酔っぱらいの特徴その二『千鳥足』が発動。

 

 平衡感覚が欠如している上に、急に立ち上がったものだから、地面が泥沼になったかのようにふらふらとよろけ、そのまま大きな背中に突撃してしまった。


「いってて……」


 タンスにぶつけた小指のようにじんじん痛む肘をさすりながら起き上がると、床が何故か柔らかい。


「んん?」


「――怪我はありませんか?」


「んん!?」


 リテネロエはここでやっと、自分が先程のバイト君の上に寝っ転がっていたことに気が付いた。


 肘が痛かったのは、思いっきりそのお腹に肘打ちしてしまっていたからだったのだ。


「ごっ、ごめんなさい!」


 とにかくどかないと、と横に手を付いた時、パリンと何かが割れる音が響いた。


「……え?」


 嫌な予感がして恐る恐る掌をどかすと、そこには縁のひしゃげた、先程まで目の前の彼が掛けていた眼鏡が悲しそうに横たわっている。


「ど、どうしよう……ほんっとーにごめんなさい!!」


「大丈夫ですよ」


 てんぱりすぎて焦点の合わないリテネロエを落ち着かせるかのように、丁寧に一文字づつシャボン玉がはじけるかのような声が耳に届く。

 それは怒っていたり、憤っていたり、そんな感情は全く籠っていなくて、母の子守歌のように抱擁感があった。


 申し訳ない顔をしながら面を上げると、起き上がった彼のにっこりと微笑む『顔』が見えた。


「――え」


 『ゴロゴロドッカーン!!』と心臓に稲妻が走った。全身がビリビリして、硬直する。

 脳を侵していた酔いが一気に冷め、思考がはっきり明瞭になるのがわかる。

 

 そして、正確に目の前の光景を映した瞳がはっと大きくなり、キラキラと輝いた。


――シルクの如き銀色の髪。桜色の柔らかく優しい唇。彫刻に見間違える真っ直ぐな鼻筋。一番星のように瞬く黄金の双眼。


 全てが完璧、いや完璧なんて言葉では言い表せない美しさでその美貌にうっとり見惚れてしまう。


「綺麗な顔……」


「――?」


「あのっ! 好きです!」


 前言撤回。酔いなんか全く冷めてなかった。

 衝動のまま、リテネロエは思ったままのことを口走った。


「あ、あの……」


 突然告白された当の本人はぽかんとして、何と答えたら良いかわからないというような、気まずい表情をしている。


「ああ! 待って! 返事はもうちょっと後にしてください! もうちょっと私を知ってから、せめて友達になってから返事を下さい!!」


 突然告白した上に返事は待ってくれという、何という暴論。

 でも仕方がない。彼の困った顔を見たら、絶対に振られるとわかってしまったのだ。

 

 一目ぼれした相手に勢いで告白して成功するのは、きっとロミオとジュリエットくらい。経験談だ。

――年齢イコール彼氏いない歴ですけどね、ッハ。


 とにかく、こんなあっさり目の前の絶世の美男と離れ離れになってしまうのは、ショックで一週間は仕事が手につかなくなってしまう。そうなると超超大問題。この領地滅びる。

 

 だから、何かを言おうとしたのを遮って、彼の口を閉ざす。


「名前! 聞いても良いですか! 私はリテ……じゃなくてリーティです」


「リーティ……良い名前ですね。僕のことはただユートと呼んでください」


「わかりました! ユートさん! 次はいつ出勤ですか!?」


「一週間後です。週末だけの約束なので」


「じゃあ一週間後にまた来ます! 絶対に来ましゅっ!」


 最後の最後に盛大に噛んだ……というか呂律が回らなかった。


 怒涛のテンションになかなかどんびいていたユートだが、酔っぱらいはそれに気が付いていない。


「それじゃあ戻ります」


 ぺこりと頭を下げてユートは一歩、また一歩と離れてしまう。

 

 元の仕事に戻るのを止める訳には行かない為、すらっとした後ろ姿にうっとりしながらリテネロエは「頑張ってください……」と手を振った。

 別れるのを残念に思っているのが全く隠せていないが、ちょこんと佇むその姿は恋する乙女そのもの。


「チコさん……私に春が来たかも」


「あー、みたいだね。こんな童話みたいな場面初めて見たよ」


「童話……そう私はいま恋愛小説の主人公になったの。っふふ、これからユートさんとあんなことやこんなことして……ふっふふふ――――よしっもう一杯!!」


「まだ飲むのかー? 潰れるのはやめてくれよな」


「だいっじょうぶ! 私今すっごく楽しいの! いくらでも飲めちゃう!」


 にこにこ――というかニヤニヤしながら不気味な笑いをリテネロエはこぼす。

 主人公というよりは悪役って感じだけど、今の気分はお姫様だから世界がキラキラ輝いて見えた。


 

 ただ単調で刻々と過ぎるのを待つだけだった時間が、一分一秒がわくわくして通り過ぎて欲しくない大切なものに変化する。

 こんなに幸せな気持ちはいつぶりだろうか。徹夜明けにぐーたらお昼まで寝るよりも、一千万倍心地良い気分だ。


「――早く来週にならないかなぁ」

 


■□■□■□



「あー、言わんこっちゃない。起きろー」


「んー」


「だめだなこりゃ」


 テーブルに突っ伏して、まるで我が子のようになんだかよくわからない変な形の置物を抱きしめながら、涎を垂らしてぐーすか爆睡しているのは、ここバーガンディ領領主の娘リテネロエ・バーガランドに相違ない。


 絶対に大丈夫だと豪語していたにも関わらず、この有様にチコは頭を抱えてしまった。

 途中で誕生日の子供の如くはしゃぎ、飲み方が荒くなったところで止めればよかったのに、金持ちのお嬢さんは良い太客になると黙っていたのは悪かったと少し反省している。


「んーもう店閉めるんだけど、どうしよう」


 酒場だと言っても、日が昇ってしまってはさすがに営業終了だ。

 しかし、全く起きそうにないこの少女がいては店仕舞いが出来ないし、かと言って外に放りだすのは薄情すぎる。


「僕が連れて帰りましょうか?」


「――はぁ!?」


「彼女中央部に住んでいるんですよね? あそこには知り合いがいるので、多分家がどこかわかると思います」


「そういうことならまぁ、お前がいいならお願いしたいけど」


 一瞬変なことを考えて声が裏返ったが、真顔で真面目なことを言われたものだから、疑った自分の頭を叩く。

 

 とにかく、ユートがリーティを連れて行ってくれるなら助かる。


――リーティには今度来てくれた時にお詫びとして美味しいご飯でもサービスしよう。お酒は……ちょっと控えさせようかな。



「じゃあ頼んだよ」


 リテネロエを背負って、ユートは朝日が差す外へ歩き出る。

 ユートは決してガタイが良い訳では無いが、リーティが背も低くて華奢だから、大して苦ではないようだ。


「今度ボーナスあげないとな」



■□■□■□



「――その方はどうしたのですか?」


「寝ちゃったから家まで送ってあげようと思って」


 いつも通り、酒場から少し離れたところにある待ち合わせ場所に向かうと、マントに身を包んだ長身の青年がユートの姿を見て怪訝な顔をする。

 青年は背中で赤子のようにいびきをかいている少女は一体どこの誰で、どうしておんぶしてここに連れてくることになったのか、聞きたいことは山ほどあって悶々とするが、それは飲み込んで一先ずその少女を受け取った。

 

 そんな彼が眉をひそめて少しだけ怒っているのに気づいていないのか、知らんぷりをしているのか、ユートはひょうひょうとした表情でマントを羽織り、止めてあった馬車に乗り込んだ。


「馬車でその子の家まで行けば良いのに」


「三時間後には会議が始まってしまいますから、一刻も早く王都にお戻りください。この方は私が責任もって送りますから」


「うん、じゃあよろしく――あ、その子多分バーガランド家だと思うから、その屋敷に行ってね」


「…………かしこまりました」


 颯爽とそう言い捨てて、ユートを乗せた馬車は走り出す。

 

 木製のガタガタ揺れるボロ馬車などとは比べ物にならない、鉄製の車輪に金で塗装された外装の最上級の馬車。中だって言わずもがな、モフモフの椅子でどれだけ乗っていても腰が痛くならない。

 

 そんな高級な馬車を我が物顔で乗り回せる彼は、この国での最高権力を持っていると言っても過言ではない。


「一国の第二王子がこんなところで何を遊んでるんだか」


 深い溜息を吐きながら、ユート――いや、ユーボルト・レネ・ウィッチアの側近シグーク・ポメアッチはリテネロエを家に帰すため、一人とぼとぼ朝の静かな町中を歩いていく。



☆★☆★☆★



 さあさあ!一気に話は進み『貧乏領主の社畜令嬢はイケメン王子に恋をする』という題名の意味がお分かりになったかと思います。


 酔った勢いで初対面のイケメンに告っちゃうのは、現実でやったら不審者なのでやめましょう。

 今話の教訓――お酒って怖い。


 明日も午前時七時十分より投稿します!

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