第4話貧乏領地の社畜令嬢は酒場のイケメンに一目ぼれする。①
「――完全に迷った……」
辺りを見回すと、全く見覚えのない寂れた住宅街が広がっていた。人通りは皆無で、建物の中から人声は聞こえない。
領主の娘といえど、領地の地図を隅から隅まで覚えているわけではないし、当然行ったことがない場所もある。
気分を上げるために鼻歌を歌いながら歩いていたら訳のわからないところに迷い込んでしまって、リテネロエはどうしたものかと首をひねっていた。
「こんな夜遅くにお一人でどうしたんですか?」
突如後ろから、甲高いながらもしっかりとした声がして振り返ると、そこにはまだ十歳くらいの可愛らしい男の子が立っていた。
「あ……えっと、道に迷ってしまって」
「それは大変ですっ!」
少年は手に大きな紙袋を抱えていて、それがきっと重いのだろ。羊みたいに細い足をがくがくさせながら大きく目を見開いて、リテネロエを心配してくれる。
「よければすぐ近くにお母さんのお店があるので、一緒に来てください。何か温かい飲み物でもご馳走します」
そこらの男よりよっぽどしっかりとした態度で、少年は小さな手でリテネロエを引っ張る。
身長差におっとっととなりながらも、少年の優しさをありがたく受け取り、リテネロエは歩幅を合わせて着いて行く。
自身が迷子で家に帰れないということもあったが、少年が近くにあるらしいお母さんのお店まで一人で行くのが少し心配で、まるで兄弟みたいに手を繋ぎながら夜道を進んだのであった。
「いらっしゃーい! ――ってなんだクッカじゃないか。荷物はちゃんと受け取ったかい」
「うん! お礼にいつもの一発芸したらとっても笑ってくれたんだ」
「そりゃよかった。ところでそこのお嬢さんは?」
ガサツというか、ワイルドというか、とにかく元気の良い三十代くらいの女性が息子の帰宅を出迎えるとともに、後ろにくっついていたリテネロエをギロッと睨む。
なんだか、あらぬ誤解を与えてしまっていそうで、どぎまぎしながら慌てて手を振ってリテネロエは釈明をする。
「私はリテネ……リーティと申します。この辺りは初めてで迷ってしまったので、道をお尋ねしたいのですが」
リテネロエ・バーガランドという本名を言ってしまうとなんだか厄介なことになる気がして、咄嗟に愛称で誤魔化した。
すると、少年――クッカは怖い顔をしたお母さんの手を取り、
「お姉ちゃんね、暗い道に一人でいて困ってたの。ね、お母さん助けてあげて」
必殺『上目遣い』を発動する。小さな子特有のうるうるした瞳でああやって見つめられてしまえば、それを突き放せる人間などいない。
きっとこの世で最高ランクの必殺技だ。
「ああもうわかったよ! お母さんが何とかしといてやるからクッカはもう寝な」
はいはい、と首を縦に振ったお母さんはクッカの背中を押し、「良い子はもう寝る時間だよ」と言ってぐずる我が子をなだめる。
そして、クッカは最後にこちらに手を振って奥へと消えて行った。
「バタバタしちゃってごめんね」
「いえいえ、こちらこそこんな時間に押しかけてしまってすみません」
「うちは朝まで営業してる酒場だからね、なーんの問題もないよ――ってお前髪がびちょびちょじゃないか! そのままじゃ風邪引いちまうよ。ちょっと待ってな、今タオル持ってくるから」
頭から水を被った後、髪は絞ってハンカチで湿り気を取ったものの、そんなもので完全に乾くはずもなく、まだお風呂上がりくらいには濡れている。
それを見て心配した彼女は、いそいそと裏にタオルを取りに走ってくれた。
「ありがとうございます」
手渡されたバスタオルで頭を拭くと、少し冷えていた頭がマシになり、お礼を言う。
すると、彼女はにっと歯を出して笑い、カウンターの席を空けてくれた。
「あたしはチコだ。リーティ、だっけ? 甘いミルクでもサービスするから良かったらゆっくりしてってよ」
「あ、いえ、タオルまで貸してもらって申し訳ないので一杯何か飲みます」
「一杯って、ここは酒場だぞ? お前まだ酒飲めないだろ」
何言ってんだ嬢ちゃん、とでも言わんばかりに呆れ笑いをされたのがわかった。
いや、いいんだよ、別に。昔っから童顔だからか、いつも年下に見られるし、成人してから結構経ったにも関わらずいまだ子ども扱いされるけど、別に気にしてなんかない。彼氏だって一度たりともできたことがないけど、別に困ってなんかない。
本当に全然良いんだけど、タオルまで貸してもらったのに何にも商品を頼まないのは気が引けるから、訂正はしっかりとする。
「――私、二十三です」
「まじで!? 酒飲みたいからって嘘言ってない!?」
「そんな嘘つかないですよ!」
「ほんとのほんとに?」
「ガチのガチです」
チコはふえーと目を真ん丸にして、リテネロエの顔を穴が開きそうになるくらい見つめる。
「まだまだ童顔で、肌つやだって良い。あたしゃてっきり十八くらいかと思ってたよ」
「よく言われます。まあ、童顔に見られてお得ですね」
「何飲む?」
「じゃあ、このイチゴのカクテルで」
酔うつもりもないし、アルコールの低いお酒をとりあえず適当にメニューから選ぶと、チコはテキパキと目の前でそれを作り始めた。
「はい、どーぞ」
おしゃれなグラスにピンク色のイチゴソースが注がれて、ビジュアル満点なカクテルに口を付けると
「っ! すっごくおいしい!」
口の中に甘さが広がってお値段以上の味に感嘆を上げた。
それを見てチコはにししと笑うと、「そりゃ良かった」と言って、リテネロエの向かいに座る。
「リーティはどのあたりに住んでんだい?」
「中央部です」
「ふうん 、随分良いいとこの嬢ちゃんなんだな」
「え、ま、まあ」
「そこは否定しろよ」
貧乏領地だったとしても、中央部に住めるような人はそこそこ地位があったり、そこそこ広い家に住めるような裕福な家だ。
だからチコは、リテネロエがそこに住んでいると聞いて、最後は茶化したもののちょっとばかし目を細めた。
このお店の周りはあまり栄えた場所ではないし、彼女もきっと苦労しながら日々を過ごしているのだろう。
金持ちがこんな場所に何の用だと思われたかもしれないが、リテネロエは今の自分の生活を全く楽なものだとは考えていない。だから、そんな風に思われても私は私で大変なんだ、と踏ん切りを付けて瞳を見返した。
「このお店はチコさんが一人できりもりしてるんですか?」
「いや、旦那と二人だよ。今は腰やっちまってお休み中だけどね」
「っえ、大丈夫なんです?」
「まあ、大丈夫なんじゃないの?遊んで帰って来た日に調子乗って樽持ったらぎっくり腰になるなんて馬鹿野郎のことは知らん。おかげで毎日寝不足だよ」
そう言いながら、チコはおっきなあくびをして、思い出したくもないというような素振りで手を振った。
確かに、明るい表情で誤魔化されてはいるが目の下には真っ黒なクマが出来ており、相当疲れているようだ。
「寝不足の時は、はちみつを入れたハーブティーなんかを飲むと良いですよ。三時間寝たくらいには体が回復します」
「随分とリアルな効果だな」
「私も良く徹夜で仕事するものですから、実体験です」
一週間ベッドで寝てないなんて繁忙期にはざらにある。そんな時は、いろいろ体に良さそうなものを試して、いかに眠気を誤魔化すかに尽力したものだ。
特にハーブティーは茶葉によって効果も違うから、その時の状態によってカスタムできるのもうってつけである。
「なんだ、まだ若いのにそんな仕事してんのか?」
「ちょっと家業が忙しくて、家族だからってこき使われてます。朝から外回りに行って、日が暮れたら机に向かって書類にサインをして続けて、父も母も抜けてるところが多いのでそのツケが全部私に回って来るんですよ……」
「ははっ! そりゃ大変だな」
口にすればするほど日々の鬱憤が思い出されて、段々と表情が陰って頭が重くなってくる。
チコはそれを見てゲラゲラと大笑いするが、当の本人は笑い事ではなく、深刻な顔をしながらやけくそでグラスの中の甘ーいお酒を胃袋にぶち込む。
「おお! いい飲みっぷりじゃねえか! よし今日は愚痴大会だ、酒飲んだのは親御さんに秘密にしといてやるからいっぱい飲め!」
「って、だから私成人済みですって!」
急に入り込んできたアルコールが気分を高め、考えすぎる頭を程よく馬鹿にする。
そういえば、お酒を飲むのなんかすごく久しぶりだ。
飲むのは好きだが、一度二日酔いのせいで一日中トイレの中で書類と向き合う羽目になったことがあり、それ以降休日以外は飲むのをやめている。
しかし、そもそも休日がないから飲めないのだ。
「よしっ明日は休む! チコさんビール持ってきて!」
「はいよっ!」
元気な返事が二人しかいない店内に響き渡る。
ウエストにぴったり合ったスカートを緩め、戦闘準備を万端にすると、ダンと目の前に置かれたジョッキを一気に飲み干す。
流石にチコが一瞬ドン引いた顔をしていたが、「もう一杯」と唇に髭をつけながら言うと、「こりゃ上客だ」と言わんばかりにしめしめという顔をした。
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実はリテネロエは二十三歳の立派な女性。でも見た目が幼いので、どこに行っても絶対年齢確認されるタイプです。
本人はそれを気にしている様子。――羨ましい悩みですな。
今日は二話連続投稿です!




