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第3話貧乏領地の令嬢は毎日が激務です。③

「そちらの鉱石所ですが、もう半年以上利益が出ておらず、反対に鉱山での事故は多発し、医療費だけがかさばっている状態です。ですから今後支援を続けるのは厳しい、ということを本日は伝えに来ました」


「そ、そんな! この工場は三十年以上もここで頑張ってきたんだ! もう少し! もう少しだけ待ってはくれまいか……」


 二つ目の仕事は、一番嫌いな仕事――解雇通達だ。

 


 バーガンディ領には大きな鉱山がいくつもある。

 昔は、そこから取れる資源を輸出することで経済を回していたらしいが、今では技術も発達し、石炭などがなくても魔法の詠唱一つで火をつけられるようになったため、全く採れた鉱物の買い手がいない。

 

 ただただ人件費や雑費だけがかさむだけの工場を維持するのは、今の財政では困難に等しく、この解雇通知はどうしようもない決定事項なのであった。


「――――」


 向かいに座る工場長が、まるで死体を見たのかのようにみるみる青ざめていくのがわかった。

 申し訳ないと思えば思う程、毎日鉱山に入ってすす汚れたのであろう黒ずんだ指先や、夜遅くまで仕事をしている証である目元のクマが目に入る。


「職を失った方々の支援はしっかりと行います。二か月後までに完全撤収ができるよう準備をしてください」


 そう言い捨てて去るなんて、なんて冷淡なんだろうか。しかし、領主というのは嫌われ役を被る者のこと。現実的に領地の未来を守るためには、このような役回りも必要不可欠なのだ。




「――大丈夫ですか?」


 工場の一角にある事務室を出ると、ルクシンドがピンと背筋を立てて待ち構えていた。

 目が合うと、リテネロエがよっぽど酷い顔をしていたのか、心配そうな表情をする。


「ええ、ちょっと疲れただけ」


「今日の仕事も全部終わりましたし、早く家に帰りましょうか」


 近くの川辺で休んでいる馬車馬を連れて来てくれるらしく、ルクシンドは一度その場から離れる。

 

 その後ろ姿を見送りながら大樹に寄りかかっていると、ふと空に、沈んだ太陽の代わりに昇ったお月様が目に入った。


「綺麗ね……本当に」


 貧しい領地でも、等しく月光に照らされる。繁華街とも、王都とも、同じように。

 

 澄んだ夜空を見るたびに大変な日々が忘れられるから、夜は好きだ。

 この世界にとっては、自分なんかちっぽけな存在なんだと思える。


「うわあああぁぁんっ!」


 そんな静かな夜に、突然子供の金切り声が響いた。

 耳が痛くなる泣き声に目をぎょっとさせて、声がする方に走って向かうと、そこには五、六歳くらいの小さな女の子とすす汚れた黒い作業着を着た男性がいる。


 中年くらいの男性があまりにもおろおろしているもので、「大丈夫かな?」と思いながら近づくと、段々と叫びが鮮明になり、少女が何に対して涙を流しているのか理解ができた。


「お父さんひどい!! 誕生日にはぜったお仕事場場に遊びに行かせてくれるって言ったじゃん! おじさんたちみんなでお祝いしてくれるって言ったじゃん!」


「ごめんよ……パパもう工場には行けないんだ。代わりにお誕生日の日は一日中一緒に遊んであげるから」


「やだやだ! パパがいっつも頑張ってるお仕事場見るんだもん! 手伝うんだもん!」


 いくら慰めても泣き止まない娘の頭を撫でて、お父さんはどうにか宥めようとする。

 しかし、肩をさすっても、高い高いをしても、変顔をしても、女の子は機嫌を直してくれない。


「やだよ……」


最終的には、女の子は泣き疲れてお父さんの腕の中で眠ってしまったようで、男性は抱っこをしながらは重い足取りで家路についてしまった。


「――――」


 先程の男性が着ていたのは、つい先ほど解雇通達をした鉱石所の作業着だった。遠目だがほつれもあり、ボロボロ。きっと、長年務めていたに違いない。

 

 前々から手紙で、今回伝えた解雇の趣旨を通達してはあったものの、今日リテネロエが直接訪問したことでどうやっても撤回できないことを理解し、誕生日を楽しみにしていた娘に「パパ、クビになっちゃった」なんて悲しいことをついさっき伝えることとなったのだろう。


 段々と小さくなる大きな背中を見ながら、リテネロエはクシャクシャっと頭を掻いた。

 今まで少しずつ溜まっていた疲労がどっと襲ってきたのか、急に頭が酷くガンガンする。


 領主という立場は本当に見返りが少ない。

 人口も多く、豊かな土地だとこれまた違うのだろうが、少なからずバーガンディ領では民から感謝されたことなど一度もない。

 

 いつも届くのは、罵倒、失望、諦めの声ばかり。

 

 日々の激務に全く見合わなくて、本当に嫌になってしまう。


 父や母のように、「そんなもんだよー」と気楽に考えられたらどれだけ良かったか。血が繋がっているのがウソのように、反対に真面目に何事も受け止めてしまう性格のリテネロエは、ことあるごとに必要以上に思い込んでしまうのだった。


「――こんなところにいたんですか、リーティ。準備が出来ましたよ」


 走って来たのか、少し息を荒げたルクシンドが帰って来た。向こうには馬車も見えており、また明日のためにも早く帰らなければ、と頭ではわかっている。

 しかし、一歩踏み出そうとする脳とは反対に、足は重りが付いたように動かなかった。


 なんだか、『領主バーガランド家の令嬢バーガランド・リテネロエ』でいたくない気分。


「先に帰っていいわよ。私、ちょっと散歩してから帰るから」


「――え? 日も落ちてますし、それは危険です」


「大丈夫だって。治安が良いのがここの唯一の自慢でしょ」


 確かに、夜に女性が一人町中をぶらぶらするなんて変な輩に絡まれるかもしれないし、身なりの良いリテネロエなら尚更強盗に襲われてもおかしくない。

 

 しかし、バーガンディ領はそのような事件の発生数は驚くほど低いのだ。


 『良い領地は民の笑顔から』という父のモットーの元、街灯や交番を一定間隔に作り、不審者が出たという報告が一つでも挙がれば早急に見回りを増やす。どんな小さな子供でも安心して独り歩きができる町を実現している。


――領地が狭くて人口も少ないから必然的に治安が良い、っていうのもあるんだけど……


 ともかく! 一人で夜風を浴びながら散歩ができるっていうすばらしいところもあるんです。


「遅くなる前に帰るからさ」


「……わかりました。何かあったら連絡ください」


 ルクシンドは納得しきっていないようだったが、ほらほらとリテネロエに背中を押され、一ピースだけ埋まっていないパズルを残して学校に行くかのような表情をしながら渋々馬車に乗って、先に帰路についた。


 

 それを見送り、リテネロエはただ星空を見上げながら歩いた。目的もなく、ただ愛おしい父の領地を踏みしめる。


「……はぁ――うわっ!」

 

 がらにもなく情緒に浸り、大きな溜息を吐くと、同時に頭のてっぺんに何かが落ちてきた感触がした。

 嫌な予感を抱えたまま茶色の髪を撫でると、なんと掌にはヌメヌメした鳥のフンがべっとりついているではないか。


「……最悪」


 まるで棚の後ろのゴキ〇リを大量に見つけてしまったかのような、絶望的にぶっ細工な顔で一瞬固まる。開いた口が塞がらないとはまさにこのことか。


 近くにあった井戸に移動して水を汲むと、汚れた頭部をなんとか洗い流す。

 頬を水が滴り、ぴちょんという音が鳴るとその度に頭が重くなった。


――これって天罰なのかな?

 

 民に豊かな暮らしをさせてあげられない罪? それとも、仕事が忙しいって贅沢な文句を言い過ぎた罪? はたまた、約束した誕生日プレゼントが貰えない女の子を泣かせた罪?


 なんだか、人生が上手く行かなくて、そんなつもりなかったのに黄金の瞳がうるうるして来た――――


「あああ! もう暗いのやめっっ!!!」


 良い年してこんな夜に一人泣きするなんて、急に馬鹿馬鹿しくなって、リテネロエは手に持っていた水のたっぷり入った桶を思いっ切り頭にぶっかけた。


 髪はびっちょびちょだし、目元はメイクが落ちてパンダ状態。特別気温が低いわけではないが、被ったのは冷水のため風が吹けば鼻水が垂れてくる。

 そんな失恋した後みたいな悲惨な姿に変身したが、瞳はギラギラした黄金の輝きを取り戻していた。


 珍しく夜に散歩をしていたら、たまたま鳥のフンが頭に落ちてくるなんてよくあること。

 こんな落ち込むようなことじゃない。


 顔をハンカチでごしごし擦って、頭をぶんぶん振ると、砂の付いたスカートを払いながら立ち上がる。


「はっ! ――頭冷えたわ、帰ろ」


 天に向かって喝を入れ、リテネロエは一人家路を辿った。



☆★☆★☆★



 本日の更新はここまでです。お付き合いいただきありがとうございました!

 立ち直るために頭から冷水をぶっかけるなんて、リテネロエは強い女性です。


 題名にもある通りこの三話は①②③となっているため、全部で大きな一話と思ってもらって大丈夫です。


 また明日会いましょう!

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