第2話貧乏領地の令嬢は毎日が激務です。②
私、リテネロエ・バーガランドは代々領主を務めている貴族バーガランド家に生まれた。
バーガランド家は昔、王都に近い広大な土地も治めていたらしく、国内ではなかなかにネームバリューも持っている。
しかし、リテネロエが生まれたばかりの頃、父のアザクレアが王に送るはずだった超超超機密事項が書かれた手紙を、まさかの隣国に送ってしまうとかいうポカをしでかした。
そのおかげでその時に治めていた豊かで広大な土地の領主はクビとなり、今の土は痩せて作物は取れず、鉄塔よりも高い建物はない、郊外のど田舎に左遷されてしまったのである。
これでも、大量の罰金を払ったおかげで、まだマシな処罰で済んだ方らしいが。
ただ、その一件でバーガランド家は『バカ領主』などとの汚名が付けられ、資金もない極貧となってしまった。
なんとか今は、必死に勉強して領主と変わらぬ仕事がこなせるリテネロエと、おバカな父と、のんびり屋の母の三人が家族プレーで仕事をこなしているが、そのおかげで毎日リテネロエは寝不足だ。
家族のために頑張らなくちゃ、とか純粋な気持ちで「私も手伝う!」と言ってしまった若かりし自分をぶん殴りたい。
ていうかそもそも、娘にどこぞのブラック会社よりも漆黒に働かせる親がどこにいるんだか。そのせいで結婚の申し込みなんか一度たりとも受けたことないんですよ。もう二十三歳だっていうのに。
「支度ができました。さっさと夢から覚めてください。ほら、リーティ――」
リテネロエをリーティと愛称で呼び、頭にチョップを入れて来た、この生意気野郎は執事のルクシンド・フェーネラル。執事のくせにお嬢様のリテネロエを雑に扱うし、全く優しくない、大っ嫌いな奴。
でも、外面は良いし、仕事はできるし、何より給料を支払うのもカツカツなこの低賃金の家に長年勤めてくれている数少ない使用人のため、両親は大のお気に入りだし優遇している。この前なんか「お隣さんが勧めてくれたの~」なんて呑気にお茶を飲みながら言う母のヒスティーラに、宝石のはまった指輪をプレゼントされていた。
――母よ、その高価な指輪なんか買う余裕はウチにはないのですが……
その時は思わずトホホとなってしまったが、あまりにも甘ーい笑顔で「たまには良いじゃないの」と言われたものだから根負けしてしまった。
怒涛の日々を思い返すと、家族の呆れおバカエピソードが溢れ出てきてしまって段々と猫背になってしまうが……とにかく! そんな溜息を吐くリテネロエを、悪役みたいに今も嘲笑っているルクシンドは永遠に犬猿の仲なのだ。
「また変なこと考えてるなぁ、なんて思っていませんよ」
「そんな疲れることわざわざ思い出さなきゃいいのに、までセットで顔に滲み出てるのよっ!」
「はいはい、早く着替えてくださいませ」
歯を食いしばるリテネロエを気にもとめず、いつの間にか整っている身なりを最終確認すると、ルクシンドは使った道具をテキパキと片付ける。
鏡を見ると、茶色の髪はハーフアップに大人っぽくまとめられており、目尻には黄金の瞳にぴったりな差し色が入れられている。しかし、口紅はうっすらピンクがかっているため、冷たい印象にはなりすぎないのが、よく乙女心をわかっている。
また、壁に掛けられた服は、動きやすいがラフ過ぎないロングスカートとシルク生地のシャツで、外に出るにはぴったりだ。
――なんだか、全てが完璧すぎて気に食わない。
眉を精一杯谷にして、不快感を露わにするが、
「なんですか? 着替えまで手伝った方が良いですか?」
なんて、犬におしっこをかけられたかのような顔で言われたもんだから、リテネロエは血管がプッチンと切れたのが自分でもわかった。
「もううっさい! 外で待ってろ!」
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「ですから、こちらが聞きたいのはどうしてこんなにも老朽化が進んでしまうまで放置したのかということなのですよ。病院を整備するのは領主の仕事ではないのですか? 住民が怪我や病に苦しむのなど、どうでも良いと?」
「決してそういう訳ではなく、こちらにも順番というものがあるのです。ノベテ病院は確かに建物の老朽化が進んではいますが、薬品はどこよりも揃っていますし、まだ崩壊の可能性はほぼゼロですよね」
「だからと言って、全く改装の予定も立てないのは日々懸命に働いている医師たちへの冒涜なのです」
「お金は湧き出てくるわけではありません。限られた資金で領地を回すためには、もっと先に対処すべきことがあるのをご理解いただきたいです」
「でもそこをどうにかするのがあなた達でしょう。だいだい領主と言ってもバーガランド家は能力もないしお金もないし――――うんたらかんたらなんちゃらかんちゃら」
実にならない、ただの不満をつらつらつらつらと続けられて、リテネロエは段々と繕っていた表情が死んで行った。途中からは声が右から左にスーッと抜けて行ってしまったくらいだ。
最初の仕事は、我が領地バーガンディ領の北部の村にある病院の老朽化に対する会議。
前々から、建物を改装してほしいとの要望は挙がっていたものの、利用者も少ないこの病院に宛がうお金がなく手付かずだったところで、この村長とのこの話合いだ。
なかなかに高圧的な態度で、オラオラした空気を浴びせられ続けているものだから、リテネロエはもう干乾びそうだった。
身体もマッチョで大きく、顔も強面。その身なりから想像できる通りの性格の村長のことだ、父が対応してくれていたらまだマシだったかもしれないが、細身で威厳もないリテネロエではあまり効果的な対談が出来ていない。
――いや、多分父が対応してたらもっと責め立てられて終わりな気がする……
「とにかく、早急に対応をお願いしますよ」
「……わかりました」
首を縦に振らない限り、収拾が付かない予感がプンプンしていたため、渋々要望を飲み込む。
こりゃまた今月も赤字確定だ。
苦ーい味を噛み締めながら馬車に戻ると、中で書類仕事をしていたルクシンドに出迎えられた。
「おかえりなさい。――なんか老けました?」
「まじ黙れ。お疲れ様ですとか言えないの?」
「お疲れ様でーす」
本当に可愛げの欠片もない執事だ。わざとらしくリテネロエの頭をなでなでしてきて、鳥肌が立つと同時に顔をぶん殴ると、「痛ーい」と噓泣きし始めるものだから、眼鏡をカチ割ってやろうか本気で考えた。
ただ、今眼鏡を粉々にすると書類仕事が自分に回ってくるため、それは嫌だとぐっと我慢する。
「っふ、九死に一生を得たわね」
――私って本当に優しい淑女だわ。
腕を組んで、鼻を高くしながら仰け反っていると、冷ややかな視線がじわじわ肌に刺さって来るが、感じない振りをして窓の外を眺める。
いつの間にか太陽は頂上に昇っており、日差しが厳しく、どんよりした心持ちとは違って、空は呑気に晴れ渡っていた。
「次の会合に行くまでの間にお昼ご飯を食べてしまいましょう」
走り出した馬車の中、ルクシンドは網代編みの小さな籠を取り出し、サンドイッチを手渡した。
綺麗な三角形に切られた白いパンに、ピンクのハムとみずみずしいレタスが挟まれていて、ソースの甘い匂いがする。
空っぽの胃袋が猛烈にそれを欲していて、まるで子供みたいにがぶりつくと、さっきまでのむかむかした気持ちも一緒にさっぱり飲み干してしまった。
「やっぱりルークのご飯は美味しいわー」
「お世辞は結構ですよ」
ただ純粋に褒めてあげたつもりなのだが、ルクシンドは眼鏡を掛け直しながら、また手元の書類に目を落とす。
カリカリとペンを動かしているのを見つめていると、整備されきっていない道の振動と相まって、段々サンドイッチが込みあがってくる。
――徹夜明けで食べすぎた……
窓縁に肘を置きながらゆっくり瞼を閉じると、お腹がゴロゴロ鳴ってるのがわかる。何とか機嫌の悪い虫たちを宥めながら、次の仕事場に向かって行くのだった。
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二話目も見て下さりありがとうございます!
リテネロエという名前は、愛称のリーティから逆算で考えました。なんだか優しくて女性らしい雰囲気がありますよね。ね!(圧)




