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第16話予想外の約束④

 チコが獲物を見つけた肉食動物のように瞳の色を変え、道端に落ちていた百円玉をポッケにしまい込む時の如き薄ら笑いをしたのが、運の尽きだった。

 

「初めてうちに来た時、いきなりあいつをリーティが押し倒して、告白して、泥酔した挙句家まで送らせたんだ。あまりにも熱烈にアピールするから恋愛劇でも始まったのかと思ったよ。実はこいつ見た目に反してハレンチな女で――」


「やめてよ!! あの日のことは墓まで持ってくつもりなんだから……」


「それは一目ぼれしたことを?」


「泥酔したことを! 告白は取り消さない! 好き!」


「やっぱり! 好きなんじゃん!!」


 ついに言質を取ったとばかりにミヤが瞳をキラキラさせている。


――口が滑った……


 どんどん掘り返されるもんだから、焦ってやらかした。


 あの日のことは思い出すだけで脳みそが燃え上がりそうになるほど恥ずかしくなる。ふとした時に記憶が蘇って、「う゛あ゛ぁ」とゾンビみたいになって悶えているくらいだ。


「ちょっと詳しく聞かせてよ! ほらほら!」


「もうあっち行って!」


 あんまり茶化して来るから、リテネロエは申し訳ないと思いつつ、うるさいミヤを隣のテーブルに押し込む。


「もー、照れ屋なんだから……あっ、初めまして!! ミヤです! ってかその髪型超可愛いんだけど! どうやってるの?? ――――えーすご! ウチにもやってよ!」


 するとあらびっくり。そこにいた女子達と、もう打ち解けてる。脅威のコミュ力がもはや怖い。


「はぁ……ユートさんとはまだそういう関係じゃないんだってば」


 気苦労で疲れた。三日三晩働いた疲労がぐわっとのしかかって来た感じだ。

 


――本音を言えば、リテネロエはユートが好きだ。大好きだ。優しく穏やかな、でも芯の通った性格が好きだ。優しい顔付きと反対に、すらっと男らしい骨格が好きだ。美しい瞳がリテネロエと同じ黄金なのが好きだ。甘ーい蜂蜜みたいに滑らかな声音が好きだ。いつ何時も忘れる瞬間なんてないくらいに好きだ。


 でも、そんな一方的な思いがいかに迷惑か分からないほどリテネロエは子供ではない。

 好きだからこそ、自分のことを嫌いになっては欲しくないものだ。


「好きをまっすぐ向けられる相手がいるのは良いことだと思うよ。ほら、ミルク」


「ありがとうございます」


 からかいすぎてごめんねと言わんばかりに、温かいミルクを出してくれるところがチコの憎めないところ。

 飴と鞭の加減が上手だから、常連のお客さんもこんなにもいるのだろう。


「――全然話を変えるが、近くに鉱石所があるじゃないか。そこが随分繁盛してるみたいだねえ。あそこで働いてるやつが常連でいるんだけど、金持ちの領領地に輸出するだかで忙しくて死にそうだっつってたよ」


「あ、ああ、みたいですね」


「このネックレスもそいつに貰ったんだがなかなかいいなぁ。オシャレなんか普段しないが、やっぱこういうのがあるとこの顔も多少はマシになるってもんさ、ははっ」


 こちらに気を使って話題をえるや否や、鼻をガシガシ掻きながらチコが自虐ネタを言う。


 首に下げられたネックレスとはまさにオーアンディ石のことだ。彼女の活気ある性格に似合う赤い小さな宝石。

 リテネロエは、それを生み出したのは自分だと言えるわけがなく、なんとも気まずい空気を吸い込んだ。


「あたしには似合わないし、あげようか? どうせならオシャレで可愛いやつが付けてた方がこの石も嬉しいだろ」


「……それは大丈夫です。私もアクセサリーは沢山持ってますし。それに、チコさんにその炎みたいな赤が似合ってないとは微塵も思わないですけどね」


 ただ思ったことをそのまま口にしただけだが、チコは思いの外驚いた顔をしている。


「ったく、褒め上手な野郎だよ。この!」


「あ、痛っ!」


 チコが満更でもない顔をしながらおでこをグリグリしてきて、リテネロエは赤くなった額を撫でた。

 コルクを開けるので鍛えられたのか、彼女の指の力は想像以上に強く、ちょっとおでこが凹んでいる。


「もう……」


 痛いけど、テンパった脳みそにはよく効いた。

 いつの間にか空っぽになった皿の中を撫で続けていたことも、窓の外が黒とオレンジの混ざったひんやりとした空気に転換していることも気が付くことができたくらいには。


「いけない。もう帰らないと……ミヤ!」


「んえー、なーにー? もーかえるのー?」


「そーだよ、って酒臭! いつの間に飲んだの!?」


「ここのおねーちゃんにちょーーっとだけおいしいじゅぅすもらったのー。へへ」


「あなたまだ未成年でしょっ! もう……お姉さんの三つ編み離してあげて! 帰るよ!」


「あいあいさー!」


 顔を真っ赤にしてふらふらするミヤを「うんしょ」と担ぐと、リテネロエは迷惑をかけたお姉さんたちにペコペコしながらカウンターに一枚の銀貨を置く。


「あらもう帰るのかい? もうすぐユートも来ると思うけど」


「今会うと厄介なことになりそうなんで……お代はそこに置いておきました」


「まいど」


「ばぁいびゃーい」


 呂律も十分に回らないミヤを引きづりなからリテネロエは逃げるように店を出た。

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