第15話予想外の約束③
こんな明るい時間に酒場に行くのは初めてだ。
日は暮れかけているとはいえ、まだオレンジに照らす光のせいで、塗装の禿げたあまり整っていない外壁が鮮明に目に映り、やはりここはシンデレラのお城でもなんでもなく、ただの古びた民家なのだと実感する。
「中では私のことを『リーティ』って絶対呼ぶのよ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって! リテネロエ様と幼馴染だって設定もバッチリ」
わざと着古したワンピースに着替えて、メイクを落とした二人は、前もって決めた設定をコソコソ最終確認する。
リテネロエ一人なら誤魔化しも咄嗟にできるが、二人なら辻褄を合わせるのは難しい。
ダメダメ貧乏領主の娘とメイドだなんてバレては、もう二度とここには来れないかもしれない。だから、念には念を入れておいて損はないはずだ。
「よし。入るよ」
一週間ぶりに手を掛けた木造のドアノブは思ったよりも冷たかった。
――彼はもういるだろうか。それともまだ来ていないだろうか。
「ほらっ早く」
トンと背中を押されて扉を開くと、中にはまばらにお客さんが見えた。
カウンターにいたチコと目が合うと、彼女はこちらに手を振ってくれる。
「いらっしゃーい!! 久しぶりだな、リーティ」
「ごぶさたしてます」
「おおー! すごいいい感じの酒場だ」
「ん? そっちの嬢ちゃんは初めましてだな」
「はい! ウチはミヤです! リーティの幼馴染みです!」
「随分と元気な子だなー、気に入った! おおし、こっちこい!」
「やった!」
――コミュ力バケモノはすごい。出会って五秒でもう意気投合してしまった。
リテネロエが呆気に取られている間に、てってとミヤは空いてるカウンターへと走る。
その後ろに続きながら、リテネロエはちらりと周りを見渡すが、そこに銀髪の人は見当たらず、まだユートはいないのだとわかった。
「何か飲むかい?」
「んー、じゃあ葡萄酒!」
「じゃあ、私も……って! ミヤは飲んじゃだめでしょ!?」
「えー! なんで」
「まだ子供だから! 私も今日は飲まないから」
あまりに自然とワインを求めるからつい流されそうになったが、ミヤはまだ十八歳だ。後二年経たないとお酒は飲めない。
それに今日は飲みに来たのではなく、ユートに会い来たのだから、尚更飲む訳にも飲ませる訳にもいかない。
――前みたいに酔っぱらって人に絡むのは勘弁なのよ……
「ちぇっ、なーんだ。まあいいや、おばちゃんミルクちょーだい」
ミヤも毎日仕事続きで、こんな場所に来るのは久しぶりだろう。
だからか、浮足立っていて、そわそわしているように見える。
調子に乗ってやらかさないでくれよと心配しつつ、ちびちびミルクを口にするのを見守っていると、
「あんたは?」
とメニューを指差されたため、
「小腹すいちゃったしクッキーで」
とリテネロエはちょっと高めのおつまみを頼んだ。
酒場に来たのにお酒を飲まないお詫び代だ。
「ミヤは今いくつなんだい?」
「十八歳! つい先月なったばっかだよー」
「わっかいなー! そりゃ元気だわ」
「ミヤが元気なのは性格ですよ。いっつもハイテンションで全人類友達みたいな子なんです」
買い出しに行ったら通りすがりの警官と世間話を始めちゃったり、窓から見えた子供が楽しそうだからと飛び出していつの間にか一緒に鬼ごっこをしてたり、ミヤは本当に自由奔放だ。
仕事ばかりで遊びなんて滅多にしないリテネロエとはまるで真逆。
――なんか自分で言ってて悲しくなってくる……
「リーティからここにイケメンのバイトがいるって聞いたんだけど」
「イケメンのバイト……?」
「ちょっ、ま、いや、ふぇ」
何を急に言い出すのか、前置きもなくミヤがユートのことを聞くから、リテネロエは思わずあわあわしてとどもりまくってしまった。
チコと目が合うと、彼女は「あーね」と納得したような顔をして
「あー、ユートのことか。リーティが一目惚れした男だよ」
とわっるい顔をした。




