第13話予想外の約束①
「もういいかげんにして!! なんでお父様とお母様はいつもそうやって呑気なのよ! どれだけ私が大変な思いしたかわかってるの!?」
飛び交う怒声。床に散乱した本たち。あらまあ、と口に手を当てて惚ける母。床にしゅんと小さくなって正座する父。そしてそれを腕を組んで上から見下ろす、髪の逆立ったリテネロエ。
『修羅場』という言葉が最適であろうこの状況になぜなってしまったのか説明するには数分前に遡る――。
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「そろそろアザクレア様達がお帰りになる頃ですね」
食料庫襲撃事件から数日が経ち、元通りの日常を取り戻したはずのリテネロエだが、ルクシンドのこの一言を聞いて、メラメラと胸のあたりが熱くなり、つい手に持っていた木のペンをパキッと折ってしまった。
『用事が終わったので帰ります。寂しくて夜眠れなかったりしてない? お母さんはリーティに会いた過ぎて道端に咲いたお花がリーティの愛らしい顔に見えてきました。早く帰るから待っててね』
帰宅の旨が書かれた、いかにも母作の手紙が届いたのは昨日の夜。
帰ってきたらどうしてやろうか。超高級お菓子を買わせるか、一週間休みを貰うか、それとも大切な壺を目の前で割ってやろうか。
娘と領地の一大事にのほほんとしていたのを想像しただけでイライラが止まらない。
いくらのんびりで、優柔不断で、行動が遅くて、富も権威もなくたって、年の功と領主という肩書きはあるのだ。急な出張になんて行っていなければ、もっと穏便にスムーズに解決できていたかもしれない。
そう考えれば考えるほど頭がかゆくなって来た。
ガチャ――
扉が開いた音がして貧乏ゆすりを止めると、リテネロエは階段を駆け下りた。
「あ、リーティただい――」
「遅い!!」
「え? ちょっ、そんなに怒ってどうしたの? お腹空いてるの?」
「はあ!? 馬鹿言わないで! 私がどれだけ大変だったかわかってるの!?」
目の前には、カンカンなリテネロエを困ったようにおどおどする父アザクレアの姿。
二人の瞳の色は全く同じ黄金で、クリッと大きいところもそっくり。誰が見ても親子だとわかってしまうくらいに瓜二つな容姿だ。
ただ今は、一つは目じりを下げて垂れ目に、一つは目じりを上げて切れ目に成り代わっている。
「ルクシンドから手紙で教えて貰ったよ。食料庫が大変なことになっちゃったんでしょ? なんとかしてくれてありがとねぇ」
「――――ねえ、この二週間近く。いったいどこで何をしてたの」
「ああ、北の方の領地に仲の良い貴族がいてね。新しい果物が見つかったからおすそ分けするよって言われて、久々だし遊びに行ってたんだよ」
「……はあ!?」
思った十倍どうでも良い理由だった。
この馬鹿親は、美味しい果物が食べたいからって、夫婦そろって出張――という名の旅行に行っていたのだ。
そして、領地の危機というにも関わらず、焦って帰ってくる素振りも見せずに、事件解決後ようやくのこのこと帰って来た。
――いや、普通にあり得ないでしょ。
「大変だったねぇ。ありがとぉ」
まさに他人事。お隣さんがさあ、と世間話をするかのような調子にリテネロエはもうプッチンと頭の血管が切れた。
「どうしてお父様はそうやっていつもいつもいつもいつも! 領主の仕事も満足にできないの!? ずーっと私に仕事を押し付けて、私だって疲れた! 遊びたい! おしゃれしたい! 毎日ベットで寝たい!!」
「あわわわ……」
沸騰したやかんのように、キーっと不満が溢れ出すのが止められない。
自暴自棄になって、並べてある本を思いっ切り床に放り投げてしまうほどだ。
そんなリテネロエを見るのは珍しくて、アザクレアは初料理でキッチンを大火事にした時くらい、どうすればいいかわからなくなってあわあわしている。
「――ただいまぁ」
そんなのお構いなしにのんびりと玄関に入ってきたのは母のヒスティーラだ。
母はあくびをしながら「疲れたわねぇ」と目をこすり、帽子のリボンをほどく。
「あらぁ、お帰りって言ってくれないの? リーティ」
「……お帰りなさい」
「よーし、良い子良い子。それより大変だったわねぇ。聞いたわよ、生屍が出たんでしょー? 珍しいから見てみたかったわぁ」
「――! 見てみたかったって!? 縁起でもないこと言わないでよ!」
「なーにー? お気に入りのピアスでもなくしたの? そんなカッカしないでよぉ。結局事なきを得たんだからいいじゃない」
「もういいかげんにして!! なんでお父様とお母様はいつもそうやって呑気なのよ! どれだけ私が大変な思いしたかわかってるの!?」
――――こうして冒頭に戻る。
怒り心頭のリテネロエはふーっと息を吐くたびに肩を激しく上下させ、瞳が炎の如く燃えている。
これはまずいぞ、と密かに後ろから見守っていたルクシンドが仲裁しようとした時――
「どいてどいてーー!!! ――はぁー、本当に重かったー! あ、リテネロエ様ちょうどいいところに。これ運ぶの手伝ってくれる?」
地獄の空気の中、赤毛の少女が迷い猫のように舞い込んで来た。
ポカンとするリテネロエを尻目に、ほらほら持ってと手招きするのは、図太いのか、はたまた恐れ知らずなのか。
その少女――ミヤはそばかすの乗った頬をぐっと上げ、赤毛のおさげから飛び出たアホ毛をぴょんぴょんと遊ばせていた。
――ゴツン!
「い、い、いったぁーーーーい!!」
「うるさい! どうしてお前はそうやっていつも失礼なことばかりするんだ!メイドとしての自覚を持て!」
「うう゛……殴らなくてもいいじゃん! 暴力反対!」
「殴られたくなかったら敬語を使え!」
ミヤの頭に一発拳骨をかましたルクシンドが、しくしく涙目のミヤに追い打ちをかける。
すると、ミヤはぶつくさ文句を言いながらも立ち上がり、ルクシンド仕込みの見事なカーテシーを見せた。
「ただいま帰りました、リテネロエ様」
「う……うん、おかえり」
「ってことで、早くこれ運ぶの手伝ってー」
ドゴッ!!――
一回目よりも音が鈍かった……頭割れてない? 大丈夫……?
思わず心配してしまうほど力のこもったルクシンドの一撃だったが、拳骨を食らった当の本人はテヘヘとにこにこしている。
「はあ……なんかもう怒る気もなくなっちゃった」
「あんまりプリプリしてると寿命が縮むわよぉ。ほらクッキー」
「フガッ」
溜め息を吐いていると、ヒスティーラにまあまあ大きいクッキーを突っ込まれ、リテネロエは眉にしわを寄せながらそれを渋々貪る。
もぐもぐしながら、向こうの方でやかましい声がするのが聞こえた。
ミヤの持っていた重ーい荷物は、いつの間にかルクシンドがよっこらせと運んでいったようだ。
「ほらぁ、仲直りのおまじない。お父さんも」
それは幼いころから、喧嘩をした時や悪いことをした時にするおまじない。
口付けをした親指同士を合わせることで、すべてを水に流して今まで通りに戻る儀式だ。
「ちょっと怒りすぎてごめん」そんな気持ちを込めて、リテネロエはクッキー味の唇に口付けをした。




