第12話解決の道標は思いがけないところにある。②
「まさかこんな大胆な方法で解決するとは思わなかった」
新たに積み重なったムムッチベ領との契約書を眺めながら、ルクシンドはバサッと髪をかき上げた。
そこに書かれているのは膨大なオーアンディ石の買取金額。いったい何をどうしたらこんな契約を結んでこれるのか。
あのお嬢様の偶に見せる行動力には驚かされてばかりだ。
「あれを使わなくて済んでよかったです」
実のところ、今回の食料問題に対してルクシンドは無策で時間を過ごしていたわけではない。
――彼の家系は代々『葬魂家』である。
葬魂家とは、文字通り魂を送る者。死した者の尊き魂を天に還すのが仕事だ。
彼らに魂を送ってもらうことで、死体が生屍になることはなくなり、綺麗なまま安らかに眠りにつかせてあげることが出来る。
そのため、葬魂家は人々にとても敬われており、大切にされていた。
だから、嫌な話だがぶっちゃけ葬魂家は儲かる。
ルクシンドの実家もそこらの中級貴族くらいには豊かで、バーガランド家の邸宅より幾分か――いや、明白に広くて豪華なくらいだ。
ルクシンドは最悪、権力も財力もある両親に頼るつもりだった。恩のあるどこかの領主に話をすれば、いくらでも食料なんかは用意できるだろうと。
「でもそれをすると元から芳しくないバーガランド家の印象は地に落ちる」
神聖な葬魂家に、領地で勝手に起こした問題を解決してもらうなんて、「会社が倒産しそうだから助けてね。お賽銭いっぱい貰ってるでしょ」と神社にねだるようなものだ。
だから、しなくて済むならしないに越したことはない。
「――――」
服の下に隠していたペンダントに彫られた十字架を指で撫でると、昔にした約束が頭の中を反芻する。
『我儘を聞くのは一度きりだ。次この戸を叩いた時、お前は逃げることを一生許されない』
平均よりも高い上背、少し白髪の混じった髪、こけた頬、刺すような眼つき、低くて厳格な声音。その時の父の姿、声、全てを鮮明に覚えている。
頬が切れて血の味のする口を拭いながら身一つで雪の降る夜を進むのは、怖くて寒くて孤独だったが、姑息なこの家に居続けるほうがもっと苦しかったから、振り返りはしなかった。
今考えても無謀なことをしたと思うが、齢十歳のルクシンドにはあの環境が気持ち悪くて気持ち悪くて仕方なかったから逃げただけに過ぎない。
ルクシンドは、死んだ人を天に還すだけなのになぜここまでもてはやされるのか、生れた時からずっと疑問だった。
『今、魂は天に還りました。あなたのお母さまの表情はとても安らかな笑みでしたよ』
――本当はそんな都合よく魂なんて見えない。もう死んでるんだから。
『ずっと病気でこの子は苦しんでいたんです。きっと今、天国で走り回ってると思います』
――天国なんてあるかわからない幻想を抱くくらいなら、俺は医者になって病気を治してあげたかった。
『どうにか……どうにかして生き返らしてくれませんかっ! お願いします……うぅ』
――そんな泣きつかれたってできる訳ないじゃん。俺は神様じゃないんだから。
――ただ、気休めの儀式をこなすだけでお金を貰って、人望を得て、こんなの詐欺だ。
幼いルクシンドはそう思えて仕方がなかった。
『人の死で明日の食べるものを得るような人生を歩むくらいなら、一生泥水をすすっていた方がマシだっ!』
そう言って捨てた茨の縁を、昨日までは素手で拾い上げるくらいの勇気を持っていた。手が棘で穴だらけになったとしてもお世話になった人たちの生命線を手離さない覚悟を決めていた。
しかし、その漢気が不完全燃焼となり胸の中でシュルシュルと消えていった途端、まるで長い髪をばっさり切り落としたみたいに頭が軽くなって、ほっとした自分がいたのは事実だ。
『ルーク!』
瞳を閉じると、キラキラとした黄金の瞳をおっきくしながら自分の名前を呼ぶ姿が映し出された。いつも通りの姿。そして、また明日見れる姿――
「さすがに気持ち悪いぞルクシンド。お前は執事なんだ。立場をわきまえろ」
いくらリテネロエがルクシンドのことを弟のように思っていたとしても、所詮自分は雇われの身。全てから逃げてきた自分が出しゃばるなんて言語道断だ。
「リーティが幸せならそれでいい」
――隣にいるのが自分でなかったとしても。




