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第10話事件は唐突に襲い掛かる。④

「おー、ユート来たな。――ん? リーティもか」


「お久しぶりです……」


 お店に入りチコと挨拶をすると、リテネロエはなんとも気まずい笑みをする。


 顔を合わせるのは、ここで潰れて多大なる迷惑を掛けた謝罪をしに来た日振り。

 迷惑料として美味しいお菓子を持って来たら「そんなのいらないのに」と心優しく慰めてくれたが、そんな簡単にリテネロエは申し訳なさを忘れることは出来ない。


「はい、ミルク。今日は酒飲まないのか?」


「お酒はもう当分大丈夫です……」


 チコは残念そうな顔をするが、そんな顔をされてもリテネロエは絶対に飲まないと心に決めている。

 当分どころか一生飲まない方が身のためかもしれない。


「良かったら何があったのかお聞きしましょうか?」


「え?」


「お仕事で何かトラブルでもあったんですよね。良ければ相談に乗りますよ」


 ちびちび温かいコップに口を付けていると、ユートがコップを拭きながらそう聞いてきた。


 初めて会った時に死ぬほど酔っぱらいながら告白してきて、挙句の果てに家まで送る羽目になった女相手に、天使の様な優しいまなざしを向けるなんてなんと良い人なのだ。

 見た目だけでなく中身もイケメン。これこそ神に愛された存在だ。


 疲れた顔をしたリテネロエを純粋に心配してくれているのがわかり、その優しさに甘えて少しだけ困っていることを吐き出すことにした。


「あんまり詳しくは言えないんですけど……例えると画家が筆を無くしてしまって、でも誰も筆を貸してくれないから絵が描けない感じ? ですかね」


「――――」


「ごめんなさい、例えが壊滅的すぎました」


「別にそんなことはないですよ。大変なんだってことは伝わります」


 「食料庫の食料が全部ゴミになりました」なんて言える訳がないため必死に考えた末の例え話だが、ユートの反応はなかなかにいまいち。

 大変なんですね、と眉を顰めて同情をしてくれているものの、きっとリテネロエが伝えたかったことは一割も伝わっていないだろう。


――柄でもないことするから……


「きっと、リーティさんは抱え込みすぎなんですよ。もっと周りの人を使って解決してみてはいかがでしょう?」


「そんなのはとっくにしました。でもだめでした」


「――もうした、ね」


 少しやけくそになってしまって、最期にユートがなんと呟いたのかわからなかったが、ただの酒場のバイトに解決策なんかは思い浮かんでいないようだ。


 まあ、そんなのはなから期待してなんか全くないし、今はイケメンを眺めて速る鼓動を鎮められれば良い。



「そうだ! こんな時は気分転換に綺麗な物でも見たらどうでしょう。これ、今日貰って来たんです」


「うわぁ綺麗……」


 その時ユートが取り出したのは小さな石が付いたネックレスだ。ちょこんとついたその石は、ガラスのように透き通っていて、光が中で反射してピカピカ光っている。

 実際に手にしてみると、頑丈だが軽く、上手く流行らせれば王都中の女子がこぞって買いたがりそうな高クオリティだった。


「このネックレスどこで買ったんですか? とってもオシャレですね」


「買ったんじゃなくて貰ったんです。そこの鉱石所でお手伝いをしたお礼で」


「え!? あそこでこんな綺麗な宝石が作れるの!?」


 ユートが示したのは、以前リテネロエが閉鎖を通告した鉱石場だった。

 あそこは鉱山からとれた炭や鉱石を燃料として売っているため、こんな宝石があるわけないのに……。


「休憩がてら鉱石を磨いていたら綺麗なものができたらしいですよ。お金にはならないから要らないって残念がってましたけどね」


「こんなに質の高い宝石が鉱石から作れるなんて知らなかった……確かにわざわざ一つずつ磨くなんて、燃料にしちゃうならただの時間の無駄だけど。――て、あれ?」


 ふとリテネロエは腕を組んで、なにやら考え込む。

 数十秒、まるで石像のように動かなくなってしまったが、それをユートが邪魔することはなかった。


「これって、どれくらいでここまで磨けるんですか?」


「確か一つ三十分くらいと言っていました。魔法を使えばほんの数分でできるだろうとも」


「三十分か……ありがとうございます! これ牛乳代です」


 バンッと机の上に銀貨を一枚置くと、リテネロエは寝坊したJKのようにバタバタと酒場から飛び出ていく。

 急に帰って行くリテネロエにチコは「??」と口をすぼめていたが、ユートはただにっこり微笑みながらその後ろ姿を見送った。


「――ここからは彼女の力量次第ですね。上手くやれると良いのですが」



■□■□■□



「リテネロエさん!? 急にどうしたんですか?」


 急に現れたリテネロエを見て、工場長はぎょっとした顔でずかずか入って来る彼女を引き留める。

 ついこの間、解雇通知を渡したばかりなのだ。周りの従業員からは冷たい目を向けられて、歓迎なんか全くされていないのがわかった。


 しかし、今はそんなのはどうでも良い。


 リテネロエの頭の中に広がったキャンパスが瞬く間に虹色に染められていき、まるで悪ガキみたいにニヤッと口角を片方上げた。


「貧乏令嬢の反撃開始よ!」

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