第9話
「わああああ! すごおおおおい!」
ミュラは目をキラキラとさせて、キョロキョロと辺りを見渡した。
俺も同様に辺りを見渡してしまう。
『…………すげぇ』
港町は多くの人で賑わっていた。
数多く立ち並ぶ建物。
様々な種類の物が売られている店舗、露店、屋台。
現世界の都会の風景とはまた違う、異世界の大きな港町だからこその風景と言えるだろう。
「あっ! ゴブ! いいにおいがするよ!」
ミュラが俺のマントを掴み、串に肉を刺して焼いている屋台に引っ張られた。
「らっしゃい!」
肉を焼いていたガタイの良い中年の男が、笑顔で俺達に声をかけて来た。
「これ、なんのおにく?」
「これかい? これは牛のお肉だよ」
「うしか~……じゅるり」
ミュラの奴、この港町を見た時以上に目をキラキラさせて涎まで垂らしてるよ。
大豆の水煮だけの朝ご飯だと、やっぱり足りなかったか。
「1ぽんください!」
あ、まずい。
「まいど! 1本30ゴルドね」
ゴルドはこの世界の通貨だ。
一応念の為、ポケットに入っていた金の120ゴルドは持って来ているが……人の金だから使いたくないんだよな。
「ミュラ、お金 あまり 無い。無駄使い 駄目」
「あっそうか……おじちゃん、ごめんなさい。おかねない……」
「謝る事ねぇよ! 小遣いたまったら、また来な」
「うん!」
良かった、ちゃんと聞き分け――。
「あっ! ゴブ、あれはなんだろう!」
ミュラは俺のマントを掴み、今度は小物を売っている露店まで引っ張られた。
同じような事を4~5回繰り返したのち、たまらず俺は逆にミュラを道路の隅まで引っ張った。
これは注意をしておかないと駄目だ。
「ミュラ 買えない物 買えない! 我慢 大事!」
「あう……ごめん……みたことないから……つい……」
ミュラがシュンとして肩を落とした。
これでわかってくれたかな。
「まあ 興奮 わかる。俺も 驚いた」
「ほんとうにすごいまちだよね」
「ああ そうだな……さて 行こうか」
「うん」
気を取り直して、俺とミュラは港町の中を歩き始めた。
当てもなく、10分ほど町中を歩いただろうか。
俺は焦っていた。
『……これはまずいぞ』
何故なら歩いている間、ミュラはずっと俺のマントの端を握りしめていたからだ。
これだとミュラと離れられなくて、計画が実行できない。
「……ミュラ 動きにくい。だから 手 離し……」
「やだ! ひとがおおいから、まいごになっちゃうよ!」
「そ、そう……だな……」
俺はその迷子の状況を作りたいんだよ。
マントを脱いで走るわけにもいかないし、どうしたものか。
何かいい方法が無いか考えていると、ク~とミュラの腹の虫が鳴いた。
「――あっ! こ、これは……ゴホッゴホッ! せきだよ! せき! ゴホッゴホッ!」
ミュラがわざとらしく咳をした。
また同じ嘘をついているよ。
んー……やはり何か食べさせた方が良いかな、俺も子腹が減ったし。
このお金は使いたくはなかったが……すみません、使わせていただきます。
「ミュラ 食う場所 さがす」
「わっ! うん!」
とはいえ、明るく人通りの多いこの表通りの店に入るのはかなりリスクが高い。
さっきの串焼きみたいなのを買って裏路地で食べる……いや、まともな飯を食わないとミュラの腹はすぐに空くだけだ。
となれば……。
「ミュラ こっち 行く」
ここは薄暗く、バレたとしても逃げやすい裏通りに行って店を探そう。
俺はミュラを連れて裏通りに入って行った。
しかし、この考えは甘かった。
裏通りには怪しい物を売っている店が多数あったが、飯が食える店は一向に見つからない。
『これはミスったな』
どうする。
危険を承知で表通りに戻るか。
あれこれ考えていると、風にのってほのかに魚の焼ける匂いが漂って来た。
「……ん? スンスン……これは……」
さっきの表通りからする匂いじゃない。
裏通りの奥からだ。
「? ゴブ、どうしたの?」
「奥から 魚 焼ける 匂いする」
「えっ!? ほんとう!? わあああい! おさかなおさかな~!」
俺の言葉を聞くなり、ミュラが奥に向かって走り出してしまった。
「あっ! 待――」
俺は後を追いかけようと思ったが足が止まった。
今がチャンスじゃないか。
このままミュラを置いて……。
『――って、出来るかああああ!』
こんな薄暗い裏通りに少女を置いて行くなんてとんでもない。
俺は急いでミュラの後を追いかけた。
匂いがどんどん強くなっていき、ミュラは年季の入った木造2階建ての建物の前で立ち止まっていた。
「はあ……はあ……ゴブ、ここ?」
「ああ ここだ」
立て掛けられた看板には【月牙の食堂】と書かれている。
食堂なら焼き魚の匂いがするのもわかる……が、おかしい。
どうして、店の中からじゃなくて外から匂いがするんだ。
「やったああ! ごはんだあああ!」
「――あっ! 待つ!」
首を傾げている間に、ミュラが店の中へと突っ込んでいってしまった。
慌てて俺も店の中へと入った。
店の中は薄暗くて、4人掛けテーブルが3卓しかなかった。
お世辞にも広いとは言えない食堂だ。
「あれ? だれもいないよ?」
ミュラの言う通り、客はおろか店員の姿もない。
もしかして定休日だったのかな。
でも、そんな看板はなかったし、扉の鍵もかかっていなかった。
「すみません。誰か いませんか?」
声を出してみても反応がない。
『うーん……どうしよう……』
店から出るか……そう思っていると、ガチャリと裏口の扉が開いた。
「いや~やっぱり、焼き魚は焚き火で焼いた方が良い匂いがするっスね~」
入ってきたのは紫色のかっぽう着を着た、栗色の三つ編み団子ヘアの若い女性だった。
側頭部に生えた獣耳を上下にピコピコと動かし、髪の毛と同じ栗色のモフモフとした尻尾を左右にブンブンと振っている。
狼の獣人、ウェアウルフだ。
「いただきま~……ス……?」
両手に持っていた魚の串焼きを食べようとして、女性は俺達の存在に気が付いた。
眠たそうな赤い瞳の目と視線が合い、しばしの沈黙があった。
「……………………えと……お客……様……スか?」
「……はい 一応……」
「――っ! やっぱり!? ちょっちょっと待っててくださいっス! ――バグッ! バグッ!」
俺の言葉に、女性は慌てて手に持っていた魚の串焼きにかぶりつき、一瞬で食べきってしまった。
「モグモグモグモグモグモグ……ゴックン…………いらっしゃいませっス!」
女性は何事もなかったかのように笑顔で接待を始めた。
……この店、本当に大丈夫なのかな。