第74話
厨房に入ると、俺はまず保存食が入った袋を台の上に置いた。
そして、改めて袋の中身を確認しながら一つずつ取り出していく。
干し肉のビーフジャーキー。
干し魚の鮭。
干し野菜の切り干し大根。
硬くなった丸パン。
瓶に入ったナッツ。
干し草。
どれも長期保存できる保存食だ。
任務用としては理想的だな。
だが、一つ気になる点がある。
俺は干し草を手に持ち、ヒヅキに尋ねた。
「この 干し草、何?」
「ああ、それは乾燥ヨモギです」
「ヨモギ?」
俺が首をひねると、コヨミが答える。
「ヒヅキはヨモギ茶が好きなんスよ」
「なる ほど……」
ヨモギか。
指で葉の部分をつまみ、少しちぎる。
そして、指先で揉んでから嗅いでみた。
独特の青臭さと、少し苦い匂い……間違いなくヨモギだな。
『ふーむ、見事に乾燥物ばかりだな』
普通はそのままかじって食べるか、水で戻して食べる。
しかし、要望はこれらを使っての料理だ。
おまけに火も使わずに……だ。
『うーん……』
どう見ても、圧倒的に食材が足りない。
何かいい方法はないだろうか。
『…………あっ』
俺は乾燥ヨモギを揉んだ指先を見て、あることを思いついた。
「ヒヅキさん」
「はい、なんでしょうか?」
「野草 知識、ある?」
「野草……ですか? すみません、無いです」
そうか。
コヨミのように野草に詳しいかと思ったんだがな。
「どうして、野草の知識が出てくるっスか?」
「この 保存食 だけじゃ 限界 ある。現地 野草 調達 できれば、種類 増える。栄養 偏り マシ なる」
「ああ、なるほど。確かにそうっスね」
「……すみません……私は、姉さんのように薬師を目指さなかったので……」
まぁそうだわな。
双子だからって、同じ知識があるわけでもないか。
「だったら、ウチが食べられる野草、採ってくるっスよ? この近くだったらいくつか心当たりがあるし。すぐ戻るっスよ」
俺は少し考え、うなずいた。
「頼み たい。出来れば どこでも 生えている 奴。根菜 あれば もっと 助かる」
「了解したっス。じゃあ、後はよろしくっス」
そう言ってコヨミは食堂の入り口の鍵を開け、外へ駆けていった。
「さて……」
コヨミが戻るまでに、今ある素材で『何ができるか』の試作を始めるとするか。
俺は袖をまくり、目の前の保存食に向き直る。
とりあえず、干物をベースにした調理法を試してみるか。
まずは全部、和え物にしてみよう。
「あ、調味料 制限 ある?」
これも大事だ。
制限次第では、できることの幅が全然違うからな。
「調味料ですか? 普通に手に入るものや、持ち運びが可能なものなら……」
「わかった。ありが とう」
となれば、最低限必要な塩とコショウは大丈夫だな。
あと、植物油も問題ないだろう。
まずはビーフジャーキーだ。
包丁の背で叩いて柔らかくしてから、繊維に沿って細かく裂いていく。
裂いたものを器に入れ、少量の植物油を垂らす。
そして、手で揉み込む。
あとは塩とコショウで味を調えれば、ビーフジャーキーの油和えの完成だ。
これなら、また違った味になる。
次は干し魚の鮭。
鮭の身を指でほぐす。
ほぐれたら器に入れ、油を少量入れて揉む。
そして、すり鉢で乾燥ヨモギを粉にして、上からパラパラと振る。
あとは塩とコショウで味を調えれば、干し魚の油和えの完成だ。
切り干し大根は水に浸す。
大根が戻ったら水を切り、刻んで油を絡める。
こちらは塩のみで味を調えれば、切り干し大根の油和えの完成だ。
『さて、できた』
まずは味見してみるか。
俺は、それぞれ少量取り、口に入れた。
『もぐもぐ……』
植物油を絡めた乾物は、わずかに柔らかくなっている。
噛み切れないほどの硬さじゃないが……やはり、まだ硬い。
けど、乾物特有の噛めば噛むほど出る旨味が、植物油と相まっておいしい。
これをヒヅキはどう思うかだな。
「全部 和え物 してみた。味見 して ほしい」
「あ、はい」
「ミュラもいい?」
「いいぞ」
「わ~い!」
2人が和え物に手を伸ばす。
「はむ……もぐもぐ……かたいけど、おいひい!」
「もぐもぐ……んんっ! これいいです! 今までそのままだったり、水に浸したり、煮て戻したりして食べていましたから、この食べ方は新鮮ですよ!」
この反応だと、和え物は大丈夫そうだな。
じゃあ次は、パンだ。
丸パンを半分に割る。
片方を荒く砕き、器の中に入れる。
そして、パン全体が浸るまで水を注ぐ。
パンが水を吸って徐々に崩れ始めたら、フォークで細かくする。
粥状になったら、刻んだ乾燥ヨモギを入れて混ぜる。
塩で味を調えれば、パン粥の完成だ。
「あれ? ミュラが食べたパン粥にそっくりだ」
「よく 似た物。ただ、それ より、味 落ちる」
「えっ!? おいしくないの!?」
ミュラの言葉を聞き、ヒヅキが眉をひそめる。
「それは、本当ですか……?」
「理想 牛乳。けど、持ち運び 出来ない だろ?」
「ぎゅ……牛乳……ですか……? それは……無理です……うう……」
ヒヅキが、がっかりした様子で肩を落とした。
「あー……あっ味 整えれば 十分 おいしい。大丈夫」
慰める言葉が出てこず、俺はごまかすように次の作業へと入った。
次はナッツだ。
すり鉢にナッツを入れ、押しつぶすように砕く。
そのまま続けると、粉がしっとりしてきて、まとまり始める。
そこに植物油を数滴垂らして混ぜる。
塩で味を整えて、ペースト状になれば完成。
ナッツペーストをジャムのように、もう片方のパンに塗れば、普通に食べるよりはるかにおいしい。
『よし、出来た……出来たけど……うーん……』
火を使わずにとなると、これが限界だ。
油で和える。
水で戻す。
潰して混ぜる。
以上。
うん……やっぱり、これだけだと寂しすぎる。
食事は味だけじゃない。目で楽しむのも大事だ。
特に野営となると、なおさらな。
『むー……もう一工夫いるよな』
そう思った、そのとき。
食堂の扉が勢いよく開いた。
「ただいまっス!」
振り向くと、顔の汚れたコヨミだった。
手も服も土まみれだ。
あの様子だと、何か掘ってきたんだろう。
「おっ、なんかいっぱい出来てるっスね」
コヨミが厨房に近づき、出来た物に興味を示す。
「出来た……けど、その姿 こっち 来るな……」
「そうですよ、姉さん……」
「おねぇちゃん、きたない……」
俺たちの言葉に、コヨミは自分の体を見る。
「……え? あっ! あははは! そ、そうっスね! 野草を洗うついでに、体も洗ってくるっスよ!」
コヨミは早口でそう言うと、お風呂場の方へと走っていった。
『まったく……まっ、出来る物が増えるのはありがたいか』
はてさて、コヨミは一体何を採ってきてくれたのだろうか。




