第73話
「本当に、ごめんなさいっス!」
床に正座した普段着のコヨミが、俺に向かって勢いよく頭を下げた。
「……ほらっ! ヒヅキも!」
そう言って、普段着のコヨミが鎧のコヨミの頭を右手で押さえ、無理やり下げさせた。
「……あう……すみません……」
鎧のコヨミも頭を下げる。
『……なんだ、これ……』
コヨミとコヨミに頭を下げられる。
まったく同じ顔が二つ並んで、同時に謝っている。
謎の光景が、俺の目の前に……。
「……えと……もう、いい……いい が……そちら 誰?」
俺は恐る恐る鎧のコヨミの方を見る。
「あっ、この娘はヒヅキっス。ウチの双子の妹っスよ」
「……双……子……」
やっぱり、そうだったか。
俺は、改めて2人を見比べる。
身長も、声の質も、その立ち姿も……文字通り鏡写しだ。
『……あー、そういう事か……』
さっき感じた、妙な違和感。
その正体がこれだったんだ。
全く同じ姿かたちでも、コヨミはコヨミ、ヒヅキはヒヅキ。
別人を見ていたから、違和感があったわけだな。
『しっかし、同じすぎて見分けが……あっ』
俺は2人を見比べ続けて、決定的な違いに気づいた。
コヨミの瞳は赤色。
対してヒヅキの瞳は青色。
瞳の色だけは、はっきり違う。
この発見は大きいな。
これで、どっちがどっちなのか非常にわかりやすくなったぞ。
「それにしても……ヒヅキ。どうして、ゴブくんに斬りかかったっスか?」
コヨミが腕を組み、妹を見る。
「……えと……目の前にいたから……つい……」
つい、で殺されてはたまらんぞ。
思い出すだけで背筋が冷たくなるわ。
まったく、助かったからよかったものの……まぁいいや。
これ以上責めたところで意味もないしな。
斬られなかった……それで十分だ。
「コヨミさん。妹 来る、聞いて ない」
「へっ?」
俺の言葉にコヨミが目を丸くした。
「あれ? 言ってなかったっスか? 今日来るって……」
「いってない……おきゃくさんが、くるっていってただけだよ……?」
ミュラの言葉にコヨミが固まる。
「…………ええっ!?」
そして、コヨミが驚きながら勢いよく立ち上がった。
「そうだったっスか!? あっちゃ~……」
「あっちゃ~じゃないよ……姉さん……」
ヒヅキが呆れるように、右手を額に当てた。
「あははは……あっと! この散らかった食堂を、片付けないといけないっスね! 箒とか持ってくるっス! 話はそれからっスよ!」
早口でそう言うと、コヨミは逃げるように店の奥へと入っていった。
「「「…………はあ」」」
その姿に、俺たち3人は同時にため息をついてしまった。
片付けもひと段落し、俺たちは席へと着いた。
そして、視線は自然とコヨミに集まる。
「じゃあ、改めて……ヒヅキ、自己紹介をするっス」
「はい、姉さん。私はヒヅキ。王国騎士団、第三分隊に所属している騎士です」
王国騎士団の騎士か。
なるほど、それでその鎧なのか。
納得。
『……ん? 王国……?』
俺はコヨミがギルドに行った日の夜の事を思い出す。
ミュラの両親が生きているかもしれないと話した……あの夜。
コヨミは確か、こう言っていた。
『ん~……王国にちょっとした伝手がある……と、今はそれしか言えないっスね』
あのときは、何のことかまったくわからなかったが、ヒヅキの事を言っていたんだ。
秘密にしていたのは秘密保持……じゃなく、多分悪ノリだな。
サプライズ的な感じで紹介しようとしたんだろう。
完全に失敗だったけどな。
「そして、今日は任務で港町の近くまで来た為、姉さんの顔を見に来たのと……」
ヒヅキは言葉を切り、ゆっくりと俺に向く。
なんだ、俺の顔に何かついているのだろうか。
「……えと、なに か?」
「……ゴブさんに、あなたに興味があります」
「……へっ? 俺 に?」
思わず俺は聞き返してしまう。
一体どういう事だろう。
なぜ俺なんだ。
「はい。姉さんの手紙で、食堂のこと……そして、あなたが異世界から来た人物と……」
そういうことか。
なるほど……確かに、興味を持つ話題でもあるな。
「だから、教えてほしいんです!」
ヒヅキが身を乗り出した。
その圧で、俺は一瞬身を固めてしまう。
さっき、剣を向けてきた相手だ。
つい警戒してしまう。
「火を使わない料理を!」
「…………火 使わない 料理?」
俺が聞き返すと、ヒヅキが力強く頷く。
「はい。あなたは、何でも作れると姉さんが言っていました。なので、火を使わない料理を教えてほしいのです」
いや、なんでも作れるわけじゃないんだけどな。
「……えーと……どう して?」
「あっ……」
俺の質問に、ヒヅキは体をわずかに震わせ、視線を落とした。
さっきまでの圧が急に消える。
「……あの……火が、怖いから……です」
「え?」
ヒヅキに代わり、コヨミが話を続けた。
「子供のころ、焚火で尻尾を燃やしちゃったんスよ。結構ひどい火傷を負っちゃって……」
ヒヅキは、自分の尻尾にそっと触れる。
今では毛が生え、火傷の跡も見えない。
だが、触れる指先がわずかに震えているのが見えた。
「それ以来、この娘はまともに火の傍に近づけないっスよ」
なるほど、完全に火がトラウマになっているわけか。
「えと、じゃあ 普段 どうして いる?」
「基本は出来合いの物を食べています。野営は仲間に任せています。その間、私は警戒に回っています」
「だったら 問題 ない のでは?」
「あるっス。今回は単独任務っス」
ああ、それで火を使わない料理ってわけか。
一人では、作れないものな。
でも待てよ、騎士なら前から単独任務はあるはずだ。
それなら保存食でいいじゃないか。
「保存食 で いいん じゃ?」
「……飽き……ました」
「はい?」
「保存食……飽きました」
ヒヅキがぽつりとつぶやいた。
あー、そういう事ね。
確かにいつも同じ物だと飽きちゃうものな。
保存食ならなおさらだ。
「ですから、これで色々作れないかと……」
ヒヅキが腰のカバンから袋を取り出し、テーブルに置いた。
中には乾パンなど、様々な保存食が入っていた。
『うーむ、これで火を使わず料理を作る……か』
火を使わない料理はたくさんある。
しかし、保存食を使ってとなると、初めての経験だな。
果たしてうまくいくかどうか……まぁやるだけやってみよう。
「試作 作って いい?」
「おお、さすがゴブくんっス!」
「保存食 無駄 する かも だけど……」
「ゴブなら、だいじょうぶ! ぜったいに、おいしいものがつくれるよ! だから、はやくたべよう!」
まだ出来上がってないっての。
「あ、そこは問題ありません。気兼ねなく使ってください」
ヒヅキがニコリと笑う。
その期待が詰まった瞳を見ると、プレッシャーを感じてしまうからやめてほしいな。
うまくいくかわからないんだし……。
そう思いつつ俺は袋を持ち、厨房へと足を運んだ。




