第71話
ある日の昼前。
俺とミュラは、港町の大通りを並んで歩いていた。
ミュラは鼻歌を歌いつつ、機嫌よく体を揺らしている。
「……思った より、今日 人 多いな」
大通りはいつもより賑わっていて、人通りが多かった。
俺がそう言うと、ミュラが頷く。
「そうだね~。ゴブ、きをつけてね? まいごにならないようにね?」
「あ……ああ……」
それはこっちの台詞だっての。
前の祭りみたいに、人波にミュラが流されないように気を付けてるんだからな。
「それにしても、こよみおねぇちゃん、おるすばんでひましていないかな?」
そう、コヨミは今日は一緒に買い物に来ていない。
「今日 人 来るって、言って たからな。暇 ないだろ」
「それもそうだね……だれがくるんだろう?」
ミュラが首をかしげる。
「さあ? 聞いて ない」
俺たちは八百屋の前で足を止め、店先を見渡してジャガイモ、ニンジン、ピーマンを買った。
ピーマンが苦手だったミュラも、いまではちゃんと食べてくれるようになったのはかなりうれしい。
まぁ物によってはまだ鼻をつかんで食べるときもあるけど……。
そのあと、パン屋の前を通ると、ミュラは焼きたての香ばしい匂いに足を止める。
「……じゅるり……」
そして、いつものようによだれを垂らした。
視線は完全に店の中に吸い寄せられている。
仕方ないな……パンを買う予定はなかったんだが。
「パン 買うか?」
「いいの!? わ~い!」
ミュラは一切迷わずパン屋へと入っていった。
その背中を見て、俺は思わず小さくため息をついた。
『はぁ……まったく……』
俺は呆れながら、ミュラの後を追いかけた。
買い物を終えて食堂へ戻る頃には、太陽はかなり高くなっていた。
「おきゃくさん、もうきているのかな?」
「どう だろうな?」
そう言いつつ、俺は食堂の扉を開けた。
その瞬間、俺とミュラは同時に足を止めた。
『……え?』
「……え?」
そして、俺とミュラの声が同時に漏れる。
食堂のテーブル……そこには椅子に座ったコヨミが眠っていた。
そこまでは問題ない。
問題なのは、金属の鎧を纏ったコヨミの格好だ。
俺たちが出かけた時は、間違いなく普段着だった。
だが、今のコヨミは鎧を纏い、腰には剣をぶら下げている。
テーブルの上には騎士がかぶるようなフルフェイス型の兜まで置かれている。
明らかに異質。
ここは食堂であって、戦場じゃない。
そもそも、今までの生活の中であんな姿のコヨミを見たことがないし、着ている鎧があったことすら知らない。
「……どういう 事だ?」
俺は思わず少し距離を置いてしまう。
「え~と…………おこす?」
困惑したミュラが俺の方を見る。
「……どう するか……」
異様すぎて、近寄りたくない。
これはもう、自然に起きるのを待つ方がいいかもしれんな。
うん、そうしよう。
「もう すぐ お昼。とりあえず、料理 できたら 起こす」
「……うん。わかった」
今は余計な事をしない方がいい。
そう判断した俺は、台所の方へと静かに静かに向かった。
『……』
鎧姿のコヨミは、相変わらず椅子に座ったまま動かない。
そもそも、寝方も異常。
腕を組み、背筋を伸ばし、頭だけ上下に揺れている。
まるで、眠りながらも周囲を警戒しているかのようだ。
ミュラは音を立てないように食堂の扉を閉め、カーテンをそっと閉める。
その瞬間――。
「……ん……?」
微かな声とともに、コヨミの椅子が軋んだ。
反射的に、俺はその場で固まる。
「……んん……?」
コヨミがゆっくりと目を開け、俺たちを見た。
眠りから覚めた……というより、何かを察知して起きた感じがする。
「……あなた……たち……は……?」
コヨミの視線は定まらず、俺とミュラを何度も見る。
「あちゃ……おこしちゃった。ご、ごめんね?」
ミュラがそう言って、小さく頭を下げた。
その動きに合わせるように、コヨミの頭も下がる。
「……ふえ……? ……あ……いえ……気にしないで……ください……」
起きたばかりのぼんやりした様子は確かにある。
けれど、それだけじゃない。
『……んん?』
どうも、さっきから妙に何かが引っかかる。
まぁコヨミが鎧姿でいること自体が引っかかるけど、そこじゃない。
他にも、言葉にできない何か不自然さを感じる。
俺はその違和感を覚えつつも、フードとスカーフに手を伸ばして外した。
その瞬間——。
「——っ!?」
コヨミが目を見開く。
そして、食堂内の空気が一気に張り詰める。
「ゴ、ゴブリン!?」
コヨミが大声を上げ、椅子を倒して立ち上がった。
「……はっ?」
一瞬、俺は何を言われたのかわからず、言葉を失った。
「え?」
ミュラも目を丸くして、コヨミと俺を交互に見る。
おいおい、何を今さら俺の姿に驚いているんだ。
毎日顔を合わせてきただろう。
これは、寝ぼけて……。
「なぜ……なぜ、ゴブリンがここにいる!?」
言葉と同時に、コヨミの手が鞘へと伸びた。
そして、剣の柄が強く握られる。
その動きを見た瞬間、背中に冷たいものが走った。
あれは寝ぼけていない……冗談でも……勘違いでもない。
本気の目だ。
「どう した!? コヨミさん!」
青い瞳がギロリと俺を睨み、場の空気が一気に殺気立つ。
その視線は鋭く、明らかな敵意と殺意がにじみ出ている。
あの瞳……初めてコヨミに襲われたときと同じだ。
……血も凍るほどの恐怖を、俺はまた感じていた。
「斬る!」
そう言って、コヨミは鞘から剣を勢いよく抜いた。
『はああああああああ!?』
「えええええええええ!?」
ここまで来ると、もはや別人だ。
一体、コヨミの身に何があったというんだ。




