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第68話

 ワンセのムニエルを食べた客たちの割れんばかりの歓声が続く。

 そんな中、ワンセが俺たちの方に顔を向けた。


「もう勝負は決まったようだなぁ?」


 そう言って口の端を歪めてニタニタと笑う。

 だが、コヨミは負けじとワンセをにらみつけて口をひらいた。


「まだこっちは何も作ってないっス! 決まるどころか、始まってもいないっスよ!」


 そうだ、コヨミの言う通りだ。

 あの長く伸び切った鼻を絶対にへし折ってやる。


「ふぅ……」


 俺は一度だけ大きく息を吐き、厨房へと足を向けた。


『……ん?』


 振り返ろうとした、その瞬間……ふと視界の端にレストランの窓から外が見えた。

 即席厨房の脇にある、木箱の上に無造作に置かれたゴールデンフィッシュの……残骸。

 その姿を見て、俺は足を止めた。


『……』


 身が驚くほど多く残っている。

 ワンセの奴、うまい身の部分しか使わなかったのか。


「ゴブくん、どうしたっスか?」


 俺が急に足を止めたことに気づいたコヨミが、しゃがんで声をかけてきた。


『……よし』


 俺は、ゆっくりとコヨミの方を振り返った。


「コヨミさん……頼み ある」


 声を潜めると、すぐに頷いた。


「何っスか?」


「あの ゴールデンフィッシュ……もう 使わないのか 聞いて ほしい。使わない なら、貰いたい……」


「へっ?」


 俺の言葉に、コヨミが目を見開かせる。

 当然だ。

 この質問は、ゴミを貰う行為に等しい。

 コヨミ的に屈辱以外何でもないだろう。

 だが、これはコヨミとワンセの勝負だ。

 ここで俺が聞くのはおかしい……だからコヨミに頼むしかない。


「えと……いや なら、いい……」


 そう言うと、コヨミは首を振った。

 そして、わずかに笑みを浮かべる。


「任せてほしいっス」


 そう言って、ワンセの方へ歩いていった。

 そして、迷いなくワンセに話しかける。


「ゴールデンフィッシュ、もう使わないっスか?」


 コヨミが外のゴールデンフィッシュに指をさす。


「…………はあ?」


 コヨミの言葉を聞いたワンセが、マヌケな声とともに口をあんぐりと開ける。

 そして次の瞬間、腹を抱えて大笑いをはじめた。


「――くっははははは!」


 同時に、隣にいた取り巻きたちも笑い始めた。

 こいつおかしい奴だ、と視線がそう語っているのがよくわかる。


「――くっははははは! ……はぁ……はぁ……」


 ひとしきり笑ったワンセは、目に涙を浮かべながらコヨミを見る。

 その目もまた、人を見下しているのがよくわかる。


「何言ってんだぁ? お前はぁ?」


「で? どうなんっスか?」


 だが、コヨミは一歩も引かなかった。

 笑い者になろうが、微動だにせず立っている。


「くはっ! 使わねぇよ、あれぁ生ゴミだからなぁ」


「じゃあ、あれ、ウチらがもらってもいいっスか?」


 その言葉に、ワンセと取り巻きたちが一瞬だけ固まる。

 まるで理解できないと、瞬きを繰り返す。


 次の瞬間……さらに大きな爆笑が巻き起こった。


「くっははははは! 雑魚の他にぃ生ゴミまで使うのかぁ!?」

「なんだそれ!?」

「お前、勝つ気ねぇだろ!」


 ワンセと取り巻きたちが笑い続ける。

 コヨミはそれを見ても、表情ひとつ変えずに首を傾げた。


「で、どうなんっスか?」


「くっははははは! いいぜぇ! ゴミがほしけりゃぁくれてやるよぉ!」


「ありがとうっス」


 その言葉だけを残し、コヨミはレストランの外へと向かい、ゴールデンフィッシュを抱え上げた。

 そして厨房へと戻ってくる。


「嫌な 役目 押し付けて すまない」


 俺がそう言うと、コヨミはケラケラと笑った。


「気にしないでほしいっス。けど……これで、絶対勝つっスよ!」


 俺は静かに頷いた。


「じゃあ、味見 する」


 ゴールデンフィッシュの身を少しちぎり口へと入れた。

 うん……淡白な味の中に甘さがある……金目鯛に近いな。

 なるほど、うまいと言われるわけだ。

 けど、これなら俺の考えていたものより、もっとおいしいものが出来上がるぞ。


「じゃあ 作り方 教えて いく」


「了解っス!」




 まずは鍋に水を入れて火にかける。

 その間に、ゴールデンフィッシュの身をできるだけ取り除く。

 取った身は、後で使うため、取り置きしておく。


 湯が沸けたら、ゴールデンフィッシュの骨と頭に熱湯をかける。

 これで血、ぬめり、汚れを一瞬で固めて落とす。

 この作業を飛ばすと、料理の見た目が悪くなり、生臭さやえぐみが出てしまって台無しになってしまう。


 次に、昆布を火で軽くあぶる。

 本当なら乾燥させた方がうまい出汁が出るが、そんな時間はない。

 火であぶって時短だ。

 あぶり終えたら、鍋の中に水を張り昆布を入れる。

 そして、火の上に鍋を置いて……沸騰直前に昆布を引き上げる。


「わ~……良い匂いっスね……」


「ほんと~……ねぇねぇ、のんでみてもいい?」


「いい が、もっと 後の方が うまい」


「そうなの!? ……じゃ、じゃあ……がまんする!」


 出来た出汁に、ゴールデンフィッシュの骨と酒を加えて、弱火でゆっくりと煮やしていく。


「ミュラ、マロンさん。鍋 表面、アク 出てきたら、それ すくって 捨てて いって」


「まっかせて!」


「え? あ、うん」


 鍋は2人に任せ、その間に具材だ。


「具材 作る」


「了解っス!」


 タイの身を包丁で細かく叩く。

 そこに塩をひとつまみ入れて、粘りが出るまで練る。


 タラの身、ホタテ、アサリは粗めに刻む。

 こちらはタイの様に混ぜない。

 形が崩れない程度にまとめる感じにする。


「……今日の 主役、ゴールデン フィッシュ 登場だ」


 ゴールデンフィッシュの残り身、イワシ、アジ、イカ。

 それらの身を粗く刻み、生姜と塩を加えて混ぜる。

 こちらも、形が崩れない程度にまとめる感じにする。


「ゴブ~、もうアクがほとんどでなくなったよ~?」


「お、そうか……」


 ちょうどいい。

 最後の仕上げと行こうか。


 白菜をざく切りにして、鍋底に白菜の芯、その上に葉を載せる。

 そこに出来上がった出汁を注ぎ、弱火で煮ていく。

 そして、順番につみれを落としていく。

 まずはタイの身。

 スプーンで形を整え、そっと鍋へと滑り込ませる。

 次にタラ、ホタテ、アサリを合わせたものを落とす。

 こちらは歯ごたえを残すよう、少し大きめに。

 最後に、ゴールデンフィッシュを混ぜ込んだつみれを少し大きめにまとめて落とす。

 これは……今日の主役だからな。


「わぁ~! なにこれ、おいしそう!」


「さらにいい匂いがしてきたわ~」


 湯気が立ち、レストラン内に匂いが舞う。

 レストランのざわめきが、いつの間にか静まり返っていた。


「……な、なんだぁ……? この……匂いはぁ……?」


 流石のワンセも、この匂いにつられたようで鍋の方を見る。


 最後にざく切りにした長ねぎを入れ、塩で味を調えれば……。


「……完成っス!」


 海鮮つみれ鍋の完成だ。

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