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第67話

 網から回収してきた魚を、俺たちは改めて地面に広げた。

 捕れたてで新鮮、どの魚も実においしそうだ。


 大きな一つ目の鯛。

 下あごが異様に長いスズキ。

 分厚いタラコ唇のタラ。

 黒い斑点が全身に散ったイワシ。

 目玉が口の下についているアジ。

 アンモナイト……もといイカ。

 そして、網に引っ付いていた、向こう側が透けて見えるほど透明なコンブ。

 この世界でわかる種類ばかりでよかった。


 ワンセの言う通り、どれもこれも身近な魚で決して高級魚ではない。

 だが逆に言うと、そのおかげで調理がしやすく、どうすればおいしくなるかもすぐに思いつくってものだ。

 これなら十分、アレが作れる。

 後は、他に必要なものがレストランにあるかどうかだな。

 俺はマロンに目を向けた。


「マロンさん。ホタテ、アサリ……それと、白菜、長ねぎ、ある?」


「へっ? え~と……」


 マロンは一瞬だけ目を瞬かせ、それからゆっくりと頷いた。


「うん……あるけど……」


 マロンが困惑気味に答え、コヨミの方を見る。

 その視線に気づいたコヨミは笑顔で片目を閉じた。


 よかった。

 なら、勝負の行方は全然わからないぞ。


「じゃあ 戻る」


「うん!」


「了解っス」


「あ……うん……」


 俺たちは再度魚を両手で抱え、レストランへと戻った。



 レストランが近づくにつれ、またも人のざわめきが聞こえてきた。


「……? なんだろう。さわがしいね」


「う~ん……これは、また嫌な予感がするっス」


「……同感……だ」


 そんなことを言いつつ、角を曲がった。


「……へっ? えっ? 何よ!? 人だかりは!?」


 マロンが驚き、大きな声を上げた。

 それもそのはず、レストランの前には人だかりができていた。


「あ~……多分、ワンセっスよね……」


「多分 な」


「もう! 人のレストランの前で、何してるのよ! ちょっと! どいて! レストランに入れないじゃない! どいて! 通してってば!」


 マロンが怒りながら、人波をかき分けていく。

 俺たちは、その後を必死に追いかけた。


 そして、視界が広がり、飛び込んできた光景に思わず足が止まる。


「――何よ! これぇ!!」


 マロンが、その光景にまた大声を上げた。

 レストランの正面には、大型のバーベキューセットで作られた簡易な厨房が出来ていたからだ。


「よぉ、遅かったなぁ」


 その厨房の中で、ワンセが腕を組み、勝ち誇ったようにニヤニヤと笑っていた。

 エプロンとコック帽をかぶり、ちゃんとした料理人らしい格好をしているのが妙に腹が立つ。


「こっちはもう準備万端だぁ。あとは調理するのみよぉ」


 取り巻きたちもニヤニヤと笑う。

 人だかりはワンセ達を中心に円を作り、期待と興奮でざわついている。

 まずいな……場の空気が、完全に向こうにもっていかれているぞ。


「そんじゃあ、始めるとするかぁ」


 ワンセが足元に置いてあった二つの大きな革製のカバンを、これ見よがしに開いた。

 一つには、鈍い銀光を放つ手入れの行き届いた調理器具たち。

 もう一つには、一般の店ではまず揃わないであろう調味料、オイル、酒が詰まっていた。


「まっ料理で使うのはぁ、これだけどなぁ」


 そう言って小瓶とオイル、酒瓶をつかみ出す。


「んじゃ! 見てろよぉ! 俺様の調理をぉ!」


 ワンセが包丁を掴み、くるりと回す。

 そして、空中に投げて、落ちてきたところを尻尾でキャッチする。

 客席から小などよめきと拍手が起こった。


『……完全にパフォーマンスじゃないか……』


「はっはぁ!」


 ワンセは包丁を右手に持ち替え、ゴールデンフィッシュをまな板に置いた。

 そして、迷わずゴールデンフィッシュに包丁を入れる。


 まるで包丁の先が吸い込まれるようにスッと腹部に入り、内臓が取り除かれる。

 今度はエラに包丁を入れ、背骨に沿って滑らした。

 あっという間に、ゴールデンフィッシュは3枚におろされる。


「おい、邪魔な奴をどかせぇ」


「へい」


 ワンセの言葉に、細身の男が内臓と骨をまな板からどかす。

 残った分厚い身を丁寧かつ大胆に切り落とし、一切れ一切れ均等に切り分けていく。

 その身の断面は滑らかで、繊維を傷つけていないのが遠目からでもわかった。

 完璧な包丁さばき……こいつ、性格は最悪だが、技術は間違いなく本物だ。


『認めたくないけど……こう、見せつけられたらな……』


 ワンセは切り身に軽く塩を振り、小麦粉を薄くまぶす。

 そして、余分な粉をトントンとはたき落とした。


「おい、フライパンの準備はいいかぁ?」


「はい、良い頃合いです」


 並べたフライパンを温めていた、もう1人の取り巻きがその場からどく。

 それを合図に、ワンセがフライパンの前に立ち、手をかざす。


「…………ばっちりだぁ」


 ワンセはオイルの蓋を開け、フライパンへと流し込む。

 オイルを馴染ませ、皮の方を下にしてゴールデンフィッシュの身をフライパンへと入れる。

 その瞬間、ジュッと焼ける音と匂いが辺りを包んだ。


「良い音……」

「うまそうだなぁ……」

「おなか減ってきた……」


 観客がどよめく。


「お、おいしそう……じゅるり」


 そのどよめきの中にミュラの声も混じる。


「……」


 ワンセは動かず、ジッとゴールデンフィッシュの身を見続ける。

 まさに料理人の姿そのものだった。


「……よしっ」


 皮が焼け、裏返す。

 火を弱め、じっくり火を通す。

 空気に香りが満ちていく。


 そして、酒瓶を手に取った。


「へっ、後で飲もうと思ってたがよぉ……今日は特別だぁ!」


 酒瓶の蓋を開け、次々とフライパンへと注いだ。

 その瞬間、ボッと炎が立ち上がった。

 当然のごとく、歓声も上がる。


「ははっ!」


 その歓声で気持ちよくなったのか、ワンセは片足を一歩引いて片手を胸に当て、お辞儀をする。

 その姿にさらに歓声が上がった。


『……あいつ、完全に調子に乗ってやがる……』


 火が消え、ワンセはゴールデンフィッシュの身を並べてあった大皿へとのせていく。


「さぁ、最後の仕上げだぁ」


 レモンを手に持ち。


「ふんっ!」


 力を入れてレモン汁を数滴、身の上へと落としていく。


「これでぇ……完成だぁ!」


 その声と同時に、取り巻きが大皿をとってレストランの中へと運んでいく。


「さぁ! お前らも入れやぁ!」


 ワンセがレストランに入っていく。

 俺たちは顔を見合わせて、その後に続いた。



 レストラン内に入ると、客たちの前に大皿が並べられていた。


「さあぁ! 食いなぁ! ワンセ様特製、ゴールデンフィッシュのムニエルだぁ!」


 ワンセの言葉に、客たちは大皿から身を取り、口へと持っていく。


「……もぐもぐ……っ! なんだこれ! うまいぞ!」

「……身が甘い……! こんな美味い魚、食ったことねぇ!」

「さすがシェフ、ワンセだ!」


 次々と称賛が渦を巻き、場の空気が完全にワンセのものになる。


「……ゴブ……」


 その空気に、ミュラが不安そうに俺を見る。


「……」


 コヨミは無言のまま、レストラン内を見つめ……。


「っ」


 マロンは唇を噛みしめていた。


 確かに技術、食材、調理法は完璧だ。

 勝てない……と普通は思うだろう。


『まだだ……』


 俺は拳を強く握りしめる。


「勝負 は、ここ からだ!」

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