第66話
2人のやり取りに、客たちがざわめき始める。
野次の入り混じった視線が、2人に集まっていた。
「ルールは簡単だぁ」
ワンセが、見下すような視線と共に笑いながら口をひらいた。
「審査員は、このレストラン内にいる客たちだぁ。材料、何を作るのかは自由。調理器具等は各自で用意すること……」
そう言って、肩をすくめる。
「文句はねぇよなぁ?」
その問いに、コヨミは一瞬も迷わず言い放つ。
「ないわ! 受けて立つわよ!」
ワンセはそれを聞くと、満足そうに口角を吊り上げた。
「クックック……いいねぇ……それじゃあ、先に準備してくるとするかぁ」
そう言うとワンセがレストランの入り口へ向かう。
その背中を追うように、取り巻きの男たちも後に続いた。
すると、細身の男が客席の方に振り返る。
「運が良かったなぁ! お前ら!」
細身の男が、店内をぐるりと見渡しながら、わざとらしく声を張り上げる。
「なんせ、あのワンセ様の料理を、タダで食えるんだぜ? 普通なら、予約待ちで何ヶ月だと思ってる?」
もう1人の男も、肩をすくめつつ口を開く。
「ありがたく味わえよ? こんな機会、二度とないからな」
そう言って、ワンセと取り巻き達はレストランを出ていった。
レストラン内の空気が重たく感じられた。
「ど、どどど、どうしよう!? ゴブくんッ!」
が、そんな空気を吹き飛ばすかのように、どたどたと足音を立てて、コヨミがこちらに駆け寄ってくる。
「勢いで言っちゃったっスけど! 相手は高級レストランのシェフっスよ!? ウチ、どうすればいいっスか!? 勝てるわけないっス!」
さっきまでの勢いはどこへやら。
涙目で俺の服を掴み、前後に揺らしてくる。
完全にパニック状態じゃないか。
『……はぁ』
それを見て、俺は思わずため息が出てしまう。
『……なんで、いつもこうなるかな……』
とはいえ、ここで文句を言っても仕方がない。
やると言った以上、もう逃げ場はない。
『……やるからには、勝つ……しかない』
俺はコヨミの手をつかんだ。
「任せろ。だから 落ち着く」
「あ……うん……」
コヨミを落ち着かせ、俺は思考に入った。
『相手はプロだ……明らかに、技術も経験も格上……』
そんな相手に、正面からぶつかればまず勝てない。
そうなると、単純に力比べではなく、別の方向で攻めるしかない。
『うーん……ん?』
ふとテーブルの上に置いてあるスープが目に入った。
周囲を見ると、他の客のテーブルにも、似たような器がいくつも並んでいる。
これは、もしかして……。
「……マロンさん」
俺はマロンに声をかける。
「ん? なに?」
「この 町 もしかして……」
「…………うん、そうよ。君の言う通りだけど……それがどうかしたの?」
「どういうこと?」
「さあ?」
マロン、そしてミュラとコヨミも俺の質問を聞いて不思議そうな顔をする。
だが俺はというと、勝てる可能性が出てきた事に口角が上がった。
「勝てる 可能性 上がった って事だ。行こう、ワンセ 追いかける」
俺は速足でレストランの入り口へと向かった。
戦法が決まれば、次は視察だ。
ワンセ達が何を作るか、材料を見て予測しなければ。
「え? あれだけで? どういうことっスか!?」
レストランを出て、辺りを見渡す。
すると、港の方角が妙に騒がしいのが見えた。
「港 か」
俺たちは急いで港へと向かった。
港に着くと、予想通りワンセの姿があった。
その目の前には、大きな漁船があった。
「この船はなぁ、俺様がチャーターした船よぉ。今日はプライベートだからよぉ、ちょっとした高級魚を食おうと思ってたんだがなぁ……まぁいい……おい、例のアレはぁどうだったぁ?」
ワンセが船員の一人に聞くと、船員が両手をこすり合わせながら笑顔で答えた。
「はい、ワンセ様。1匹ですが、揚がりましたよ」
「そうかぁ! ならぁさっさと網をあげてくれぇ」
「はいっ! おい!」
船員たちが慣れた手つきで、網を引き上げる。
網の中には、大小さまざまな魚が入っていた。
そして……その中に、一際目を引く存在があった。
『なっ!? なんだあれ!?』
それは黄金色に光る、大きな魚だった。
ワンセがそれを見るなり、ニヤリと笑った。
そして、迷いなくその魚を掴み、手早くその場で絞めた。
動きに一切の無駄がない。
やはり高級なレストランのシェフなんだなと嫌でもわかる。
「いいかぁ、よく聞けぇ?」
ワンセは黄金の魚を自慢するかのように掲げ、言い放った。
「こいつはぁゴールデンフィッシュ! 王族の晩餐会にも並ぶほど、うまい高級魚なんだぜぇ?」
マジかよ。
あいつ、そんな魚を使って勝負するのか。
本気でコヨミをつぶす気だ。
「フンッ!」
ワンセは満足そうに鼻を鳴らし、踵を返した。
「さてぇ……戻るとするかぁ」
そのときだった。
「……あれ? ほかのおさかなは?」
ミュラが、ぽつりとつぶやいた。
その言葉に、ワンセは足を止めて振り返る。
「……あぁ? これだから庶民はよぉ……いいかぁ、このゴールデンフィッシュが揚がった以上、他の魚なんてただの雑魚だ雑魚ぉ! 料理する価値はねぇ!」
『っ!』
その言葉に、俺は思わず目を見開いてしまう。
ミュラも驚いた様子で、ワンセの方を見つめていた。
「……で、ゴブくん……ウチらは何作るっスか?」
コヨミがしゃがみ、俺の耳元で聞いてきた。
『……』
俺は少しだけ考えてから、ワンセを見た。
そして……。
「コヨミさん。あいつに 聞いて ほしい」
俺は、ある言葉をコヨミに言った。
「さてぇ……それじゃあ……」
「ちょっと待つっス!」
1歩前に出たワンセを、コヨミが呼び止める。
「……あぁ? まだなんかあるのかぁ!?」
「その残りの魚、全部もらってもいいっスか?」
コヨミの言葉に、一瞬の沈黙。
その沈黙の後に、ワンセが腹を抱えて笑い出した。
「ガッハッハッハッハッハッ! まさかぁその雑魚で俺様と戦うってかぁ!? 」
「悪いっスか?」
「いいやぁ……好きにしろよぉ! 雑魚で何ができるかぁ、見ものだなぁ! ガッハッハッハッハッハッ!」
ワンセは再び笑いながら踵を返し、歩き始める。
「くはははは! これはもう、料理するまでもなく決まったんじゃないですか?」
「かもな、ゴールデンフィッシュと他の雑魚とは勝負にもならんぞ」
取り巻き達もワンセの後に続いて歩いて行った。
「じゃあ、もらう」
俺はそう言って、魚に手を伸ばした。
「ミュラももつ!」
ミュラも魚に手を伸ばした。
「……コ、コヨミ……大丈夫なの?」
マロンが不安そうに、コヨミに声をかける。
「大丈夫っスよ」
コヨミは、力強く頷いた。
「だって、ゴブくんがいるっスからね。あ、ウチも持っスよ」
そう言って、コヨミが俺たちの元へと駆け寄ってくる。
「ええ……本当に……?」
困惑するマロンをよそに、俺たちは魚を抱えた。




