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第65話

 それまでレストラン内にあったざわめきが、消えて静かになる。

 まるで氷の魔法をかけられたかのように、肌寒さがレストラン内全体を覆った。


「チッ! まじぃったら、ありゃしねぇ……」


 白い毛並みを持つ虎の獣人が、大きな舌打ちをする。

 ただ椅子に腰掛けているだけだというのに、周囲を圧するような存在感があった。


「そうですねぇ」


「まったくです」


 その両脇には、人間の男が二人座っていた。

 1人は細身で、ニタニタと軽薄そうな笑みを浮かべ、もう1人は腕を組み、まるで見世物でも眺めるかのように客の反応を楽しんでいる様子だった。


「……」


 客たちの視線を浴びても、白虎の獣人は眉一つ動かさない。

 ただただ、獲物を見据えるような目で厨房の方を睨みつけていた。


「あ……あの……ど、どうなさいました……?」


 厨房の奥から、おずおずと年配の男性が顔を出した。

 額には、うっすらと汗がにじんでいるのが見える。


「お、お父さん……」


 マロンが男性の方を見て、つぶやく。

 あの人がマロンの父親なのか。


「何か……お気に召さない点でも……?」


 場の空気を察し、父親は無理に笑顔を作ろうとするが、声が震えているのがよくわかる。


「――まじぃ」


 白虎の獣人が、切り捨てるような一言を言い放った。


「えっ……?」


 マロンの父親は、その場に立ち尽くす。


「だからよぉ、まじぃって言ったんだぁ! 食材が悪りぃ! 下処理が甘めぇ! 調理法が稚拙! 味付けが雑! こんなもんを客に出すたぁ……詐欺もいいとこじゃねぇかぁ!!」


「そ……そんな……詐欺なんて……」


「何か文句あるのか? 事実を言っているだけだぜ?」


「まったくだ」


 白虎の獣人の取り巻き共がうなずき、父親を見つめている。


『なんだ……あいつら……』


 これはただの言いがかりじゃない。

 あいつらのあの目……本気で人を見下し、侮辱している。


「……!」


 マロンの顔色が真っ赤になっていく。

 さっきまで、あんなに嬉しそうに笑っていた口元が歯ぎしりへと変わっていた。


「――っ!!」


 そして、マロンが一歩踏み出した……その瞬間だった。

 俺の横からガタンッと椅子が倒れた音がした。


「…………」


 横を向くと、コヨミが立ち上がっていた。

 その瞳は白虎の獣人をにらみつけている。


「……へっ? コ、コヨミ?」


 マロンが驚いたように振り返る。


「…………」


 コヨミは無言のまま一切の迷いもなく、ズカズカと白虎の獣人の席へと歩いて行った。

 その尻尾はぴんと立ち、毛が逆立っているのがよく分かった。

 あれは完全に怒っているよな。


『……おいおい……まさかっ!』


 まずい、ここで騒動を起こすのはよくないぞ。

 俺は慌てて椅子から降りる。


「あん?」


 白虎の獣人が、近づいてくるコヨミに視線を向けて眉をひそめた。


「……なんだぁ? お前ぇ?」


「……」


 コヨミは白虎の獣人達の席の前で立ち止まる。


「すぅ~…………」


 そして、息を大きく吸った……次の瞬間。


「……っお前みたいな、根性の腐った奴が! 料理の美味しさなんて、わかるわけないだろうが!!」


 と大声で白虎の獣人達を怒鳴りつけた。


「…………」


 まるで時間が止まったかのような静寂。

 白虎の獣人と、コヨミがしばし無言でにらみあう。


「……くっ」


 静寂を破ったのは細身の男だった。


「くっくっ……くっははははは!」


 大きく口を開け、馬鹿笑いをする。


「ははっ!」


 つられて、もう一人の男も笑いだした。


「……何がおかしいの?」


 コヨミが、真っ直ぐに睨み返す。

 その言葉をきいた細身の男が笑い堪えながら、一歩前に出た。


「くはっ、何がおかしいってか? そりゃあ笑えるに決まっているじゃないか……なあ?」


 もう一人の男も一歩前に出る。


「ああ、とんだ笑い話だ。このお方に対して、料理の美味しさだと? 俺だったら口が裂けても言えないな」


 薄く笑いながら、芝居がかった口調で言う。


「?」


 コヨミがわからないといった表情を見せると、細身の男が獣人の方に向かって手を伸ばした。


「この人を、どなたと心得ている? ワンセ様だぜ!?」


「……っ!?」


 その名が出た瞬間。

 レストラン内が、ざわついた。


『……? ワンセ……?』


 誰だろう。

 全く知らない名前だ。

 ミュラもわからないようで、俺と顔を見合わせた。


「そんな……ワンセが、なんでここに?」


 マロンは驚いた様子で、両手で自分の口を押さえる。

 なんだ、いったいあいつは何者なんだ。


「ねえ……マロンおねぇちゃん」


 ミュラが、マロンの服を引っ張る。


「あのひと……だれ?」


 マロンは一瞬、言葉に詰まったあと、小さく答えた。


「……高級なレストランのシェフ、だよ」


「はあ!?」


 あんな格闘技の種目に出てそうなムキムキの奴が……高級なレストランのシェフ。

 エプロン姿が到底似合わないんだが……。

 いずれにせよ、それでレストラン内がこの反応ってわけか。


「ふんっ! だったら……そのレストラン、たいしたことないわね!」


 コヨミが、一歩も引かずに言い放つ。


「ウチの方が、数倍おいしいのが作れるわよ!」


 いやいやいやいや、何を言っているんだ。

 まだまともに料理できないだろ。

 そもそも、そんな高級なレストランみたいな味を出せるなら、あの食堂は繁盛しているっての。


「ほう? お前の方がうまくぅ? ……お前、料理人なのかぁ?」


「そうよ!? なんか文句ある!?」


 それを聞くと、ゆっくりとワンセの表情が歪んだ。


「そうかぁ……料理人かぁ……クックックッ! いいねぇ、お前みたいな威勢のいい馬鹿は嫌いじゃねぇ! ならよぉ料理人らしい勝負ってのがあんだろぉ?」


 ワンセが、ゆっくりと立ち上がる。


「料理人らしい?」


 あれ、この流れ……嫌な予感がひしひしと……。


「そうだぁ! 料理勝負で決着をつけようじゃねぇか! お前が二度と包丁が持てなるよう、叩きのめしてやるよぉ!」


 やっぱりそう来たか。

 となると、今のコヨミの返しは絶対……。


「望むところよ! 覚悟しなさい!」


 と、一切迷わず即答した。

 それと同時に、俺は思わず頭を抱えてしまった。


『やっぱりそうなるよな……ああ……なんで、こうなるんだよ……』

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