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第64話

 船が港へと着き、完全に止まった。


『……はあ、きつかった……』


 地獄のように感じた航海が、ようやく終わった。

 今すぐにでも船から降りたい。


「よし、それじゃあ降りっス」


「うん!」


 コヨミがそう言うと、ミュラがコヨミの手を握る。


「ゴブ、あるける?」


 ミュラの声に、俺は顔を上げた。


「ああ……大丈夫……」


 2人の後に続きタラップを渡る。

 地面に足をつけると、まだ船に乗っているかのように、身体が揺れる感覚に襲われた。


『うあ……今度は陸酔いかよ……』


 ちょっとこのまま歩くのはまずそうだ。


「すま ない……少し 休んで いいか?」


「もちろんっスよ」


「うん、いいよ~」


 2人の言葉に甘え、俺は近くにあった樽の上に座った。


『ふぅ……』


 落ち着く間、俺はゆっくりと町を見渡した。

 港は活気に満ちあふれ、魚籠を運ぶ人間や獣人たちが行き交い、威勢のいい掛け声があちこちから飛んでくる。

 同じ港でも、俺たちが住んでいる港町とはまた雰囲気が違うな。



「……よし……もう、大丈夫」


 しばらく休み、体の揺れがとれた俺は樽から降りる。


「ほんとうに、もうだいじょうぶなの?」


 ミュラが心配そうな顔で俺を見る。


「ああ、大丈夫。行こう」


 港を抜け、俺たちは町の通りへと入る。

 石畳はこの町特有なのか、こげ茶色がやや明るく、日差しを反射していた。

 これだけで、別の町に来た実感がわくな。


「え~と……地図だと……こっちっスね」


 手紙と一緒に入ってた地図を片手に、コヨミが先頭を歩く。


『……ん?』


 いつもゆらゆら揺れているコヨミの尻尾が、垂れ下がっている。

 そして、耳もやや後方気味に倒れている。

 確か犬が不安を感じているときってこういう行動してたよな。

 ……もしかして、友達と会うことに不安を感じているのだろうか。


「……」


 ミュラもそれに気付いたのか、そっとコヨミの手をぎゅっと握った。


「へっ?」


 ミュラの行動に、コヨミが立ち止まる。


「だいじょうぶ?」


 ミュラがコヨミをジッと見つめた。

 一瞬あっけにとられたコヨミが、にこりと笑う。


「……ありがとっス。うん、大丈夫っスよ」


 コヨミがミュラの手を握り返し、再び歩き出した。



 やがて、通りの一角に二階建ての木造の建物が見えてきた。

 ぱっと見ただけで、レストランだとわかる。


 そのレストランの前で、箒を持って掃除をしている女性がいた。

 淡い色のエプロンをつけ、綺麗なオレンジ色の髪を後ろで束ねている。


『オレンジ色の髪……もしかして……』


 そう思った瞬間、コヨミがぴたりと足を止めた。

 そして、口をひらいた。


「……マロン……?」


 その声に反応して、箒を動かしていた女性の手が止まる。

 ほんの一瞬の間のあと、顔が上がり、視線が俺たちに向けた。


「……コヨミ……?」


 次の瞬間、マロンは箒を放り出して、俺たちに向かって駆け寄ってきた。


「コヨミ!」


「マロン……!」


 2人はそのまま、迷いなく抱き合った。


「久しぶり! 来てくれたんだね!」


「うん! 久しぶりっス!」


 お互いを確かめるかのように抱き合った後、名残惜しそうに離れる。

 そして、視線が俺たちに向けられた。


「……ん? 知らない子だね…………えっ!? まっまさか! この子たちって、コヨミの子供!? いつの間に!?」


 マロンの言葉に一瞬、場の空気が止まる。


「――ち、違うっスよ!」


 コヨミが慌てて否定する。

 よほど驚いたのか、声が少し裏返っていた。


「えと、こ、この子達は……その……」


 コヨミのやつ、親戚の子供設定がすっかり頭から抜けているらしい。

 必死に言葉を探しているコヨミを見て、マロンはくすっと笑った。


「クス、冗談。コヨミの子供だったら、こんなに大きいわけないもん」


「……もう……マロンったら……」


 コヨミが肩の力が抜けたようにガクリと頭を下げる。

 そして、一度深呼吸してから口をひらいた。


「……親戚の子供たちっス。訳あって、今はウチが預かる事になったっスよ」


「そっか、そっか。いらっしゃい、アタシはマロンだよ」


 マロンがニコニコと笑いながら、俺たちの頭をポンポンと叩いた。


「いらっしゃいました! ミュラです!」


「ゴブ です。こん にちは……」


「うん、よろしくね。ねぇコヨミ、もうご飯食べたの?」


「ううん、さっきこの町に来たところっス」


「じゃあ、ウチで食べていってよ!」


「言われるもなく、そうするに決まってるっスよ」


 マロンの案内で、俺たちはレストランへと入った。

 レストラン内は思った以上に広く、木のテーブルが規則正しく並んでいた。

 ほとんどの席が埋まっており、店内は賑わっていた。


 マロンが席の間をすり抜け、空いている席へと俺達を案内してくれた。


「ここでいいかな?」


「問題ないっス」


「じゃあ、座って待ってて。水とメニューを持ってくるから!」


 マロンがそう言うと、厨房の方へと駆け出す。

 俺たちが腰を下ろすと、すぐに水とメニューを持ったマロンが戻ってきた。


「はい、どうぞ」


 メニューを受け取り、中を見る。

 …………うん……名前を見ても、どれが何なのかわからない。

 外国のレストランで、知らない文字のメニューを見ている気分だ。


「ん~……どれもおいしいそうっスけど……ねぇ、マロンのおすすめってあるっスか?」


 お、コヨミナイスアシスト。


「え? おすすめ? う~んと……」


 マロンは少し考えてから言った。


「今日は貝のスープかな。今朝、良いの仕入れたの」


「じゃあ、ウチはそれをお願いするっス」


「俺 も、それを……」


「ミュラも~!」


「貝のスープ3人前ね。……じゃあ、ちょっと待っててね」


 マロンが伝票を取り出し、ペンで書きこむ。

 そして、厨房に向かって歩いて行った。


「それにしても、ウチよりひろいね~ここ~」


「――うぐっ!」


 ミュラの悪気ない一言がコヨミの心に突き刺さったようだ。


「うう……こればかりは……何も言い返せないっス……」


 素直に負けを認め、コヨミが泣きながら水を口へと運んだ。

 俺は目をそらしつつ、同じく水を口元にもっていった。



 しばらくして、白い器の中に透明感のあるスープが運ばれた。

 中には、スライムのようにグネグネした形の身がいくつも浮かんでいた。

 この貝……なんの貝だろう。


「わあ……!」


 ミュラが思わず声を漏らし、身を乗り出す。


「さ、どうぞ」


 マロンの言葉に、俺達はスプーンをもってスープをすくった。

 そして一口飲んで、ミュラとコヨミがほぼ同時に言った。


「おいしい!」


「……うん、おいしいっス」


 俺は少し遅れて口をつけ、ゆっくりと味を確かめた。

 この香り、貝の正体がすぐにわかった。


「……牡蠣 か」


 マロンが期待するように、こちらを見て聞いてくる。


「どう?」


「おい しい」


「おいしいっス!」


「すごくおいしいよ!」


「よかった~」


 俺達の言葉を聞いて、マロンは心から嬉しそうに笑った。

 その瞬間――。


「なんだぁ!? これはよぉ!?」


 怒声とガタンッと、大きな音が店内に響いた。

 一斉に視線がそちらへ向く。

 奥の席で、テーブルが倒れていた。


 その席には、白い毛並みを持つ獣人が座っている。

 筋肉質な体と鋭い眼光。

 その視線は厨房へ向けられ、ギロリと睨みつけていた。


 店内の空気が、一気に張り詰めるのだった。

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