第62話
いつもの昼下がり。
食堂の窓から差し込む光の中、俺は無言で鍋を出し、水を汲み、かまどに火を入れた。
まな板の上に置かれた野菜を包丁で切り、切り終えた野菜を鍋に入れた。
そのまま中火で煮ていく。
しばらくすると鍋から白い湯気が立ち始め、野菜の匂いが広がる。
そんな匂いに俺は目を細めた。
『……はあ……野菜スープは、こういうのでいいんだよな……こういうので……』
野菜スープはシンプルなのがいい。
まさにシンプル・イズ・ベストの料理のひとつだ。
「ここをこうして……」
視線を向けると、ミュラが食堂のテーブルに座り、絵を書いていた。
椅子の上で足をぶらぶらさせながら、上機嫌に描いている。
「ん~……この薬草の補充はしないといけないっスね……」
ミュラの反対側の席では、コヨミが帳簿を広げていた。
羽ペンを走らせながら、時折それを止めて、天井を見上げて考え込む。
「……これは、まだあるからいいとして……ん?」
コヨミが耳をピクリと動かし、食堂の入り口の方を見た。
すると、コンコンと誰か扉を叩いた。
「……!」
俺は慌てて、台所の陰になる位置へ身を隠した。
コヨミはそれを見て、席から立ち上がった。
「はいはい、今出るっス」
そして、カーテンを開けて、入り口の扉を開けた。
「おはよう、コヨミちゃん」
そこに立っていたのは、立派な角を持つヤギの配達人だった。
「あ、おはようございますっス」
「はい、コヨミちゃん宛てだよ」
「ありがとうございますっス」
コヨミは封筒を受け取って、入り口の扉を閉めた。
「え~と……誰からかな?」
コヨミはその場で差出人を確認する。
すると、顔がぱっと明るくなった。
そして、すぐさま封を切り、中の手紙を広げて文字を追う。
「コヨミおねぇちゃん、どうしたの?」
ミュラの問いかけに、コヨミは手紙から顔を上げて俺の方を見る。
「今から話すっス。ゴブくん、ちょっと来てもらってもいいっスか?」
そう言いながら、コヨミが先ほどの席へと歩いていく。
「あ、ああ」
俺は鍋を火から外し、テーブルへ向かう。
そして、ミュラの横の椅子に座った。
俺が席についたところで、コヨミは手紙を広げた。
「差出人は……マロンっス」
「マロン?」
俺が聞き直すとコヨミがうなづく。
「港町にいた幼馴染っス。親の都合で、別の町へと引っ越していったっス」
そう言ってから、コヨミが手紙を読み上げる。
「コヨミ、元気?
私は元気にやってるよ。
実はね、お父さんが念願だったレストランをやっと開いたの。
毎日バタバタしてるけど、すごく楽しいよ。
でさ、もしコヨミが良かったら、食べに来てほしいなって思って手紙を書きました。
コヨミの顔も見たいし、しゃべりたいな。
体調には気を付けてね。
それじゃあ。
マロンより」
読み終えたコヨミが苦笑いをする。
「……って感じっス」
コヨミの幼馴染か。
どんな人かちょっと気になるな。
あとレストランにもひかれるものがある。
「ねぇねぇ、おさななじみってなに?」
ミュラが首をかしげる。
「小さい頃からよく遊んでいた友達の事っスよ」
「そうなんだ。じゃあじゃあ、そのおともだちはどんなひとだったの?」
「綺麗なオレンジ色の髪の、人族の女の子っス。すごく活発で、毎回ウチは振り回されてたっスよ。もう5~6年はあってないっス」
コヨミが懐かしそうに目を細める。
すると、ミュラが少し考える素振りもなく口をひらいた。
「じゃあさ、あしたあいにいこうよ!」
「「へっ?」」
ミュラの言葉に、俺とコヨミの声が重なる。
「たべにきてってかいてあるでしょ? だから、いこうよ! ジュルリ」
ミュラ……言葉とよだれで、お前の考えていることが1発でわかるぞ。
「で、でも……船に乗らないといけないから、ちょっとした旅行になっちゃっスよ」
「ふね!? りょこう!? ミュラのりたい! いきたい!」
ミュラが目を輝かせながら、興奮気味に両手を挙げる。
それを見て、コヨミが困ったように頬をかいた。
「ええ……ど、どうしよう……」
「ゴブもいきたいよね!?」
ミュラがいきなり俺の方へと視線を向ける。
「え?」
「ゴブも、いきたいよね!? ね!?」
そして、至近距離まで顔を寄せてきた。
「あ……えと……」
「っっっ!」
ミュラは目を見開き、徐々に距離を詰めてくる。
「そう……だな……」
俺はミュラの圧に負けて、頷いてしまう。
すまないコヨミ。
「ほら! ゴブもいきたいって!」
ミュラがコヨミの方に視線を戻した。
同時にコヨミが俺の方をジッと見つめてきた。
「……ゴブくん」
痛い。
視線がすごく痛い。
「おねえちゃん! いこうよ! ねっ!」
「……はああ……わかったっスよ」
コヨミがため息をつき、降参とばかり両手を小さく上げた。
「ただし、明日は流石に無理っス。いろいろ準備をしないといけないっスから、明後日になるっス」
「うん! わかった! たのしみだな~!」
その楽しみの言葉に、色んな意味が含まれているな。
夜になり、俺は自分の部屋で布団へともぐりこんだ。
そして、なんとなく天井を見つめる。
『……船か……そういえば、この世界では乗るのは初めてだな』
そう思うと、胸が躍ってきた。
こんなことで胸が高鳴るあたり……つくづく男だと思うな。
『…………自分のレストラン……か』
人間のころは進路について深く考えてなかったけど、この世界で料理していると、改めて俺は料理を作るのが楽しいと思っている。
だとすれば、俺の夢は――。
『ハハッ……ゴブリンが、開けるわけないよな』
俺は苦笑いをしつつ、ランプの明かりを消した。
そして、目を閉じると隣の部屋から声が聞こえてきた。
「ねえねえ、ふねってのくらいゆれるの?」
「ん~その時の波次第っスね」
「じゃあ、うみにおちちゃう?」
「落ちないっスよ~……たぶん」
「たぶん!?」
ミュラとコヨミが楽しそうに話している。
ミュラのやつ、よっぽどうれしくて寝れないんだな。
『……騒がしいな』
けど、不思議と不快は感じない。
そして、どんどん2人の声が遠のいていき…………。
『……くかー……』
俺は深い眠りについた。




