第61話
鍋から立ちのぼる湯気とカレーの香り……今すぐにでも食べたい。
食べたいが、まだやるべきことがある。
俺はミュラとコヨミに向かって声をかけた。
「さあ、2人 甘口 辛口、味見して ほしい」
2つの鍋に指をさした。
「そして、好きな方 選んで くれ」
「わかったっス」
「キャハっ! たのしみ~!」
ミュラは、その場で小さくはねた。
「……じゃあ まず 甘口 から」
俺はおたまを持ち、小皿に少しの甘口のカレーをよそった。
そして、その小皿を2人に手渡す。
「どんなあじなんだろ~! ……ずずっ」
ミュラが小皿を口へと運び、一口すすった。
次の瞬間、ミュラの目が見開いた。
「――なにこれ! すごくおいしい!」
「お、そんなにっスか? じゃあウチも……ずずっ」
ミュラに続き、コヨミも小皿を口へと運び、一口すすった。
「……うん……これ……すごいっス……めちゃくちゃおいしいっスよ!」
2人の反応に、俺は思わず両手でこぶしを作り小さくガッツポーズをしてしまった。
「じゃあ 次……辛口」
今度は、もう1つの鍋から同じ量のカレーを小皿によそった。
そして、2人に手渡す。
「どれどれ……こっちはどんな感じっスかね……ずずっ」
コヨミは小皿を口へと運び、一口すすった。
「……うん。さっきと違って、だいぶ辛いっスけど……これも、おいしいっス! 見た目は同じなのに、こんなに味が違うんっスね」
「そんなにちがうの? たのしみ~……ずずっ」
ミュラが小皿を口へと運び、一口すすった。
そして……その態勢のまま動かなくなってしまった。
「…………」
「? ミュラ?」
どうしたんだ。
なんで動かなくなったんだ。
「ミュラちゃん?」
俺とコヨミがミュラに声をかけた。
その瞬間――。
「――っ!」
ミュラの顔が一瞬で真っ赤になって叫んだ。
「……かっ……かかからいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
その場で飛び上がり、食堂を小さく駆け回り始めた。
「みず! みず~!!」
「みっ水 だな!?」
俺は慌ててコップを掴み、水を注いでミュラに差し出した。
「ほら! 水!」
「っ!」
ミュラはひったくるようにコップを受け取り、一気に飲み干す。
「んぐっんぐっ! ……っぷはあ……ひ~、したがひりひりするよ~……」
ミュラは舌を出し、両手で仰いだ。
まさか一口でこんな反応をするとは思いもしなかったぞ。
もしかしたら、どれかのスパイスが雪ん子には強すぎたのかもしれない。
となれば、ミュラの選択肢は1つのみだ。
「ミュラ 甘口 する」
「……うん……わかった……」
流石に、こればかりは素直に言うことを聞いたな。
「ん~……ウチは辛口でいくっス。この辛さ、クセになるっス」
当然、俺も。
「……俺も 辛口 する」
どれにするか決まったことで、やっとカレーを食べられるぞ。
炊けた米を皿によそい、それぞれにカレーをかける。
そして、席に着き3人で顔を見合わせた。
「それ じゃあ 食べよう!」
俺の一言が合図となり、3人同時にスプーンをつかんだ。
「あ~んっ! ん~! おいひぃ~!」
ミュラが顔をほころばせながらスプーンを口に運ぶ。
コヨミも、ゆっくりと噛みしめるようにして頷いた。
「本当においしっスよね。これ」
『ふぅ……』
一方俺は、スプーンを口に運ぶ前から、手がわずかに震えているのを自覚していた。
『……もう……二度と……食べられないと……思ってた……』
それが目の前にある。
カレーライスが俺の前に。
俺はスプーンでカレーをすくい、恐る恐る口へと入れた。
『――っ!』
ああ、間違いない。
これは、俺の知っている味だ。
俺の大好物の一つだ。
そう思うとつい目頭が熱くなり、指で目頭を押さえた。
「……ゴブ?」
ミュラが、不思議そうな顔で俺の顔を覗き込む。
「……なんでも ない。おいしい から つい」
「うん、そうだね! だから、おかわり!」
コヨミも空になった皿を持ち上げ立ち上がった。
「ウチもっス」
「へっ!?」
おいおい、もう2人とも食べてしまったのか。
すごい早いな。
「ふふふ~ん」
カレーをよそったミュラが席へと戻ってきた。
「あれ? コヨミさん は?」
「コヨミおねぇちゃんなら、なにかさがしてたよ」
「何か……探し てた?」
何をだろう。
トッピング……いや、カレーを知らない以上、何が合うとか知るはずもない。
「ふふふ~ん」
しばらくすると、コヨミがミュラと同様に鼻歌交じりで席へと戻ってきた。
右手にはカレーライス、そして左手には何度も見たことのある瓶が握られていた。
「……コ、コヨミさん……それ……まさか……」
「マヨネーズっスよ」
コヨミが笑顔で答えた。
やっぱり、マヨネーズかよ。
「……それ、かける のか?」
俺の心の中では、すでに答えをわかっていた。
でも、聞かずにはいられなかった。
「もちろんっス!」
「ちょっ――」
俺は一瞬、止めようとした。
だが、ふと思い出した。
カレーにマヨネーズを入れる人はいると。
「よっと」
コヨミはためらいなく、カレーの上にマヨネーズをかけた。
白と茶色が混ざり合う。
「……あ~ん!」
そして、コヨミがそれをすくい……一口食べる。
『……』
俺は無言のまま、その様子を見つめた。
「もぐもぐ……おお……! 思った通り、マヨネーズのおかげでマイルドになって、すごくおいしいっス!」
「そ、そうか……」
……まぁ、本人が満足しているなら……それでいいか。
俺があれこれ言うことじゃないものな。
そう自分に言い聞かせたところで、
またミュラが勢いよく立ち上がった。
「おかわりー!」
「っ! 待つ!」
俺は即座に立ち上がり、ミュラに対して声をかけて止めた。
「ん? どうしたの?」
ミュラは首を傾げた。
「今日 ここまで 残り 明日 食べる」
「へっ?」
俺の言葉に、ミュラの目が真ん丸になる。
「だから、明日 残す」
「え~でも、きょうたべた……」
「カレー! 2日目 が 一番 おいしい! 食べすぎ 明日の 分 ない! つまり、一番 おいしい時 逃す!」
「え? あ……うん……わかっ……た」
「なら いい」
俺はゆっくりと椅子に座りなおす。
「「……」」
ミュラとコヨミは一瞬ぽかんとしたまま固まり、顔を見合わせた。
「やっぱり、きょうのゴブ……へん」
「……そうっスね」
俺は2人の言葉を無視し、カレーをすくい口へと運ぶ。
『んー……ああ、1晩たったカレー……明日も楽しみだな』
そうつぶやきつつ、怪訝な顔をする2人をしり目にカレーのトッピングは何をしようかと考えるのであった。




