第56話
開けたお弁当を前に、ミュラがぱぁっと笑顔を輝かせた。
「おいしそ~~!」
弁当の中で色とりどりのおかずが並んでいるのを見つめ、ミュラはそわそわと体を揺らした。
ああ、目が完全に獲物を狙う獣の様になっている。
「ねぇ、もうたべてもいいよね!? いいよね!?」
ミュラはそう言いながら、お弁当に向かって右手を伸ばした。
「落ち 着く。皆で 一緒に 食べる」
俺がそう言うと、ミュラの手が止まった。
「むぅ~……わかった……」
ミュラは唇を尖らせつつ、右手をひっこめた。
「ふふっ」
その隣で、コヨミが笑いながら水筒を開け、コップにお茶を注いでいく。
「はい、ミュラちゃん」
そして、ミュラにコップを渡した。
「ありがとう~」
受け取ったミュラはお茶を一口飲む。
「でも、その焦る気持ちはわかるっスよ」
「――えっ! コヨミおねえちゃんもそうなの!?」
「もちろんっス。こんなにいい匂いをしてたら、食べたいに決まってるっスよ」
「そうだよね! そうだよね!」
コヨミの言葉にミュラが興奮する。
これはさっさと食事を始めないとミュラが爆発しそうだな。
俺はフォークを手に取り、軽く掲げて言った。
「じゃ、食べる!」
「やった!」
俺の言葉にミュラは勢いよく塩おにぎりを掴んだ。
そして、大きく口を開けかぶりついた。
「はむっ! もぐもぐ……ん~~~~! おいしい~~~~!」
ミュラは満足そうにおにぎりを頬張る。
「それじゃ~……ウチは~……卵焼きっス」
コヨミは卵焼きを一つつまみ、口に入れた。
「もぐもぐ……うん……やっぱり、これ美味しいっス」
じゃあ、俺は……唐揚げを食うかな。
フォークを唐揚げに刺して口に運ぶ。
冷めているが、衣はまだサクッとしていた。
「モグモグ……うん 冷めても 悪くない」
「あっ! ミュラもからあげたべる!」
ミュラは身を乗り出し、フォークで唐揚げを刺した。
「はむっ! もぐもぐ……そして……あむっ!」
唐揚げを一口食べ、すぐにおにぎりにかぶりついた。
「もぐもぐ……――っ!?」
ミュラの目がカッと見開いた。
「おいひいいいいいいい! ゴブのいうとおり、からあげとおにぎり、すごくあうよ!!」
「だろ?」
「え~と、え~と……つぎは……これたべようっと!」
ミュラはエビマヨおにぎりを掴み、口を開けた。
その瞬間、強めの風がふいた。
「わっ!」
その風で花びらが運ばれ、ひらひらと俺たちの頭上にゆっくりと落ちてきた。
そして、ミュラが食べようとしていたおにぎりの上にふわっと乗った。
「あっ……」
ミュラは食べるのを止め、その花びらをつまんだ。
「……ねぇ、これ……たべられるかな?」
おいおい、何を言い出すんだ。
「花 食べられ ない」
俺の世界でも花びらは食べられている。
しかし、それは食用であり野生になっているものは……。
「食べられるっスよ」
「「えっ!?」」
俺とミュラが同時に声を上げた。
「そう なの……か?」
俺が聞くと、コヨミが頷く。
「そうっスよ。ミュラちゃん、ちょっといいっスか?」
コヨミはミュラから花びらを受け取り、少しちぎって口に入れた。
「……うん、甘いっス」
マジかよ。
「ミュラも! ミュラも!」
ミュラはコヨミから花びらを受け取り、ちぎって口に入れた。
「……んんっ! ほんとだ、あま~い! ほら、ゴブも!」
ミュラが花びらを俺の目の前にもってくる。
「あ、ああ……」
俺は恐る恐る受け取り、口に入れた。
たしかに微かに甘い。
子供の頃、学校の帰りにレンゲの蜜を吸ったのを思い出すな。
「ねっ、おいしいでしょ!」
「……そう だな」
俺達は、花びらの舞う中でのんびりとお弁当を食べ続けた。
「ふぅー……おいし かった」
「そうっスね~…………けど、エビマヨとチキンマヨくらいは入るっス。あ~……あれは格別だったっス……また食べたいっス」
マヨ料理は別腹ってか。
こっちもこっちですごいものだ。
俺は横になり、コヨミは尻尾を揺らしながら腰を伸ばしたりしてリラックスしていた。
ミュラはというと……。
「これきれい! これも! こっちも!」
元気よく花びらを拾い集めていた。
「まだ 食う のか?」
「ち、ちがうよ! ちょこっとはたべたいけど……きれいだから、ひろってるの!」
すると、それを見ていたコヨミが口を開いた。
「じゃあ、それを押し花にするっスよ。それなら残せるっス」
「そっか!」
コヨミの言葉を聞いたミュラは、嬉しそうに花びらをポケットへとしまい込んだ。
俺達はそれぞれ思い思いに過ごし、ミュラははしゃぎ疲れたのか舟をこぎ始めた。
それを見たコヨミが立ち上がる。
「それじゃあ、そろそろ帰るとするスか」
「ふえ……? もう……?」
眠そうにしているのに、まだ遊びたいのかよ。
「また 来る」
「……うん……」
俺達は立ち上がり、荷物を片づけ始めた。
「すぅ~……すう~……」
港町へ帰る道の途中、結局ミュラは力尽きて眠ってしまった。
そんなミュラをコヨミが背負って歩いている。
俺はその横でバッグを両手に持ちながら、やや早足で歩いていた。
歩幅が違い過ぎて、歩くだけでも大変だな。
「……ゴブくん、もう少しゆっくり歩くっスか?」
「いや いい。帰り 遅くなる。それに たまの運動 くらい、しないと」
そう返すと、コヨミはクスリと笑った。
「そうっスか、わかったっス」
そう言いつつも、足取りが先ほどよりも少しだけゆっくりになった。
その気遣いに今は甘えるとしよう……。
こうして俺達は、夕暮れを背に帰路についた。
翌朝、俺は体の激痛で目を覚ました。
『うう……これは完全に筋肉痛だ……』
昨日の帰り道はかなりきつかった。
山を越え、谷を越え、川を越え……過酷な帰り道だった。
そのせいで、体中がこうして悲鳴をあげているわけだ。
『と……とりあえず……ゆっくり……起き上がって……』
そう思い、布団から出ようとすると、廊下の方からバタバタと走る音が聞こえてきた。
『……ま、まさか……この、足音は――』
「ゴブ~! おはよう~!」
予想通り、勢いよく扉を開けたのは満面の笑みを浮かべたミュラだった。
いつものパターンならこの後、ミュラが取る行動は1つしかない。
「ミュ、ミュラ……待っ――」
俺の言葉を聞かず、ミュラが俺に向かってダイブをした。
静かな朝の港町……俺の悲鳴が響き渡った。




